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紫光の意味

「邪神もどき」の増やした腕は、実に厄介だった。

 胸元から生やした腕は胴への攻撃を阻害し、また獣の前足と同様に地を掴んで、機動力の補助にもなる。

 背から生やした腕は背後と上方の隙を消し、時に打撃、時に掴み攻撃も繰り出す。

 相変わらず主武器は握った剣であり、増えた腕が飛び道具を放つような真似はしてこないのが救いではあるが、今まで以上に攻撃が届かなくなったのは絶望的だ。

 届いたところで瞬間的な肉体再生が待っている。急所らしきものもない。

 勝つのは不可能ではないか。そう思えてしまう。

 ……普通なら。


「だが無限ではない」

 マード翁は厳かに否定する。

「無限ならば、出し惜しみする必要などあるものか。楽しむため? そんなはずがあるものか。加減をして楽しいのは、された側だけじゃろう。奴があの形態を最初から出さなかったからには、アレにはリスクとデメリットがあるんじゃ」

「そうだな」

 フルプレさんが身構えながら頷く。

「ドラゴンと同じだ。死を迎えなければ蘇れるというなら、完全に跡形もなく殺せばいい。そこまで手が届いていないだけのことだ」

 かつて不可能を可能にしてみせた冒険者たちが、いる。

「ユーカ! いけるか!」

「やらなきゃ負けなんだろ。やるさ」

 やってみせた女が、いる。

 青空の下、血泥と瘴気に染まる戦場の中で。


“邪神殺し”の二つ名で呼ばれた女が、進み始める。


「兄さん! 代わる!」

「クロード」

「私はまだ戦える……この国の者でも騎士でもないアインさんが戦っているんだ、逃げるわけにいかない!」

 クロードが戦線復帰して、アテナさんと連携して「邪神もどき」の妨害にかかる。

 そしてフルプレさんはロナルドとともに、奴の剣を真正面から受け止め、やり返す。

 鎧に傷を負っても、フルプレさんは怯まない。彼が身に纏う物は、魔力さえ足りれば壮絶な防御力を発揮し続ける。

 受ける角度や腕での補完をうまくやれば、戦い続けられる。

 肉体の損傷はマード翁がいる限り、どうとでもリカバリーが利く。

 その勇猛さが翳る理由は何もありはしない。

 そして、騎士四人による包囲攻撃の隙間を縫って、最大限の筋肉を身に纏ったマード翁の攻撃も炸裂する。

「必殺! マードキャノン!!」

 魔力の代わりに筋肉。

 治癒術の極みによる、後先考えない筋肉強化の最大出力を叩き込む一撃が、爆裂するように「邪神もどき」に叩き込まれる。

 しかし「邪神もどき」は即座に損傷を立て直し、マード翁へ反撃。

 歪なほどに太いマード翁の手足も、「邪神もどき」の斬撃に耐えることはできない。斬り飛ばされる。

 が、斬られながらもマード翁は笑った。

「ワシも慣れっこなんじゃよ……でもって、な!」

 彼が斬られることで生じた隙に、小さな少女がナイフを振るう。


 その一撃は、未だ弱く。


 僕は、「ゲイルディバイダー」で戦線復帰する。

 すっかり移動技と化しているが、これは本来突撃技。

 そのまま相手に剣を突き立てるのが本来的な用法だ。

 それを「邪神もどき」に、そのまま見舞う。

「僕を忘れるなよ!!」

「待ちかねていたぞ!!」

 食らいながらも「邪神もどき」は、増やした腕で連続攻撃を返してくる。

 僕はそれを捌く。

 二本の剣も足も使い、斬撃と打撃、掴み攻撃を冷静に対処。

 振るうほどに、死線をくぐるほどに、「黒蛇」と「刻炎」は体の一部になっていく。

 そして、馴染めば馴染むほどに、僕の中から「もう一人の僕」が、攻撃の着想を増やしていく。

 ただ一つの目的に向かって、僕という武器が研ぎ澄まされていく。


 ──お前を殺す。


 その時、僕は瞳の光の意味を、朧げに理解する。


 少女の斬撃が、ふたたび、みたび。


 ユーカさんに攻撃が行かないように、僕はさらに手数を増やす。

 左回りの螺旋を両の剣に行き渡らせて、さらに僅かに“破天”状態にして。

 概念上の仮想剣。その切っ先を分裂させる。

 あのエラシオたちとの共闘中に使った「ゴーストエッジ」で、とっさのデタラメで使った技術。

 それを、自己魔力を浪費しつつ再現する。

 分裂させた切っ先による攻撃量の増加。それを、双剣で。

 当然消費はただごとじゃない。あまり長く続けると虚魔導石から補充する前に枯渇昏倒だ。

 技の起動に時間がかからない体質で助かる。

「食らえ……『ダブルバスター・ゴースト』!!」

 威力を三倍にする「バスターストライク」、それの攻撃数を増やす「ゴーストエッジ」を、さらに二本の剣で連続して叩き込む。

 もう何倍攻撃なんだか自分でもよくわからない。

 払いのけようとする「邪神もどき」の腕をミンチのように砕き引き裂き撒き散らし、爆風剣もねじ伏せて、奴の肉体を半壊させる。


 その黒い血の嵐の中で、少女はそれでもナイフを振るう。

 二度、三度。

 怪物の肉体に、軋みが走る。


「かはははははは」

「邪神もどき」は、バックステップで距離を取る。

 僕の攻撃で破壊されかけた肉体を、それでも数秒で再生する。

「畳みかけるぞラングラフ!」

「…………」

「ラングラフ!! くそ、マード! ラングラフの手当てを!」

「ちいと……厄介じゃな……!」

「マード!?」

「この感じは……弱化呪術(デバフ)じゃな……ちと調子に乗って肉体強化に全振りし過ぎてしもうた。ワシ自身の治癒に手間がかかっちまっとる……」

 苦しげに膝をつくマード翁とロナルド。

 僕の方に影響がない……奴の斬撃をモロに食らうとかかるタイプのやつか。

「クロード君! 君は大丈夫か!?」

「平気です……!」

 クロードも動きが鈍っている。

 ……前衛が半分機能不全か。

「ファーニィ! ジェニファー!」

「りょ、了解っ!」

「ガウウッ!」

 僕の呼びかけに、一人と一頭が素早く反応する。

 マード翁が癒せないならファーニィに頼むしかない。

 治癒時に少しでも安全を確保するために、ジェニファーに位置を移動させる。

 その意図を理解してくれる彼女らは本当に優秀だ。……生き残ったらしっかり労わないとな。

「アイン。怯むなよ」

「怯まないよ」

 黒い血を浴びながら、少しずつ存在感を増している小さな師匠と、僕は二人で並び、構える。

「話は簡単だ。奴にありったけ叩き込んで殺す。二人でだ」

「僕だけでやっちゃっても恨みっこなしで」

「いいね」

 少女は。

 大英雄の顔で、唇を吊り上げる。

 その瞳に、薄紫の光が宿る。


 魔術的に「用途」は重要な意味を持つ。

 魔力を注ぐ際、多くの用途を持つものを一つに絞って使うのは難しい。

 ……もしも、それが「人」……いや、「己」であるならば。

「己」を、命すらも、ただただ一つの目的に集約するなんてことを受け入れられるのなら。


 それは「邪神」をして、化け物と呼ぶに値するのだろう。

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