狂戦
ロナルドの剣は、僕と戦った時よりも格段に速い。
というより、手投げと弓射くらいの瞬発力の差を感じる。
片手が閃くと同時に剣が到達し、それを確認する前に元の位置に戻る。
まるで剣の重みを感じない、鞭のような剣捌き。
しかし威力はそれでも十二分。
僕の「パワーストライク」と、素のままで渡り合ったのを思い出す。
ロナルドほどの剣豪にとっては、魔力で威力を上げる必要は必ずしもない。
そして、先ほどまでに負っていた負傷は、僕が稼いだ時間でマード翁かファーニィに繕ってもらったらしい。
その動きにもはや淀みはなかった。
「さあ、そこまでか!? まだ終わりではあるまいな!?」
「ぐ……くふふっ、やってくれるな!」
腕が飛び、さらに胴と足にも一撃ずつ受けたところで「邪神もどき」は体勢を立て直す。
斬られていない方の手で剣を打ち振るい、ロナルドの斬撃と打ち合い始める……が、ロナルドの軽やかでしたたかな剛剣には、片腕ではいかにも劣勢。
手傷も深く、黒い血が激しく振り撒かれる。
このまま押し切れる……か?
「油断をするな、小僧! 『邪神』に等しいモンスターだぞ!」
僅かな期待が挙動に表れていたのか、フルプレさんに叱咤される。
「そんな簡単に押し切れる相手が『邪神』などと言われるものではない……勝つまで気を緩めるな!」
「はい!」
メガネを押し、改めて剣を構え直す。
そんな僕をよそに、ロナルドに押し込まれたかに見えた「邪神もどき」は、口から瘴気のような黒い何かを吐きながら、身を低くして。
「よかろう……こちらとて芸の一つも見せねばな!」
先のない腕を真横に広げ……グシュッ、と黒い血を噴射したかと思えば、内側から突き出したような勢いで、生やした。
「肉体再生か」
「おうとも。……異物のおかげよ」
再生したばかりの、黒い血まみれの腕を握ってみせる「邪神もどき」。
……シルベーヌさんの言葉を思い出す。
アレは合成魔獣。それも、ドラゴンの要素を組み込まれている。
……つまり。
致命傷に近い深手すら戦闘中に再生を始めていた水竜と同じく、モタつけば瀕死から全快すらしうる再生能力を備えている。
「さあ、再開といこう」
「もとより一筋縄でいくとは思っていなかったが……これは面倒だ、な!」
「はははははは! 人を捨てた化け物どもと戦うのだ、この程度は譲ってもらわんとな!」
ロナルドと「邪神もどき」の剣戟が再開する。
ロナルドの異様な剣速はそれでも「邪神もどき」の身に届き、その肉体に傷を刻んでいくが、その攻撃に慣れ始めた「邪神もどき」は、徐々に防御成功の割合を増やす。
届いても深手までは与えられない。
逆に、負傷を恐れない「邪神もどき」の交叉法が、ロナルドに再び負傷を強いる。
「つぅっ……!」
「貴様は良い剣士だ。だが人の範疇だ……!」
「そうだろうな……だが、通じぬわけではない!」
「良い返事だ」
さらに加速して挑むロナルド。
その動きは獣のようでありながら冷徹で、狂的な攻撃性と同時に幻惑する戦術性も見せる。
最初からこのスタイルで来たら、僕はなすすべもなかったかもしれない。
あるいはずっと、この全力を出せる相手を求めていたのだろう。
そして、同じくその戦闘力のぶつけ先を求めている節のある「邪神もどき」は……時に腕を飛ばされ、時に顔面を割られ、鎧を貫いて深々と胸を刺されながらも、ロナルドへの反撃を続ける。
……強い。
どちらも、恐ろしく強い。
単純な手数と技量ならロナルドだ。普通の勝負ならとっくに勝っている。
が、「邪神もどき」は、普通なら致命傷となる損傷を幾度も受けながら、数瞬後には高笑いとともに剣を振りかざしてくる。
どう見ても脳に剣が届いている。肺臓に、心臓に、肝臓に、切っ先が入っている。
手も足も何回も落ちているのに、「邪神もどき」は、それを忘れたかのように戦いを継続している。
「どうやったら死ぬんだあれ……」
そう思わざるを得ない。
が、マード翁やフルプレさんは驚いている様子はない。
「『邪神』に、人のサイズで並ぶのであれば、これくらいは予想のうちじゃよ。人間と同じような調子で殺せるなら世話はない」
「“邪神殺し”は人類には不可能な所業と言われていた。現にユーカ以外には成し遂げられていない。……それをやろうというのだ。腹をくくれ、小僧」
「っ……それもそうですね」
簡単に終わるわけがない。
わかっていたけれど。
……どうすれば倒せるのかに全くメドが立たないというのは困る。体力も魔力も、限りはある。
だが、それこそ「無限ではない」というのも、水竜をユーカさんが倒したことで見せてくれたはずだ。
死なないなら死ぬまで殺す。
「行くぞ小僧。ラングラフに殺せないからといって誰にも殺せないはずはない」
「ですね」
フルプレさんと頷き合い、彼らの剣戟の間に飛び込む。
さしものロナルドも反撃が決まるたびに猛攻が鈍っている。今はようやく均衡、これ以上もらえば天秤が逆に傾く、といった感じだ。
その前に、僕らで前面を奪い取る。
ロナルドもマード翁に癒してもらえば、まだまだヘバるには早いはずだ。
「ぬおおおおおおおお!!」
「僕らの相手もしろよっ!」
フルプレさんが「フルプレキャノン」で勢いよく「邪神もどき」を吹っ飛ばし、僕はそれを「ゲイルディバイダー」で滑空して追う。
手加減なしで放つ「フルプレキャノン」の威力は壮絶だ。城壁だって数発も当てれば崩せるだろう。
それを受けて吹っ飛んだ「邪神もどき」に、僕は「ゲイルディバイダー」でつけた勢いから「バスターストライク」両剣同時振り下ろしで追撃する。
「くははははは!! 無論だ!!」
それをあえて腕で受け、切断されながらも肉体の方はズラして直撃を免れる「邪神もどき」。
そしてすぐにまた腕を生やしながら、僕に爆風剣を返してくる。
が、それは僕には届かない。
「ここだ!!」
マキシムが踏み込み、「嵐牙」をタイミングよく振り抜いて暴風を叩きつけ、相殺してくれた。
距離は10メートル近く離れていたが、「嵐牙」の特性、風をかき乱す「魔力の扇」の発生距離は、ある程度遠くまで融通が効く。
それでも、踏み込むのはかなりの勇気が必要だったはずだ。ありがたい。
「かあああああっ!!」
僕はその暴風が稼いだ一瞬で構え直し、「バスタースラッシュ」を飛ばしつつ突進。
それを受けて胴斬りになりながらも、「邪神もどき」は腕の力で跳ねて転がり、下半身をも再生して立ち上がる。
モンスターだからか、その新しい下半身も裸ということはなく、鎧ごと再生していた。
もう驚かない。
何度だって斬る。叩き潰す。
そのために新しい技を編み出し、叩き込む。
「ははははは!! そろそろ全開でいかせてもらおう!! 使わせてもらうぞ、全ての異物を!!」
高笑いしながら、「邪神もどき」は、唐突に体中から黒い血を噴出。
いや。
歪に巨大な腕を背中から、胸元から、計4本増やし、いよいよ化け物の風体に変化した。
その腕を勢い良く突き出して僕の右腕を捕まえる。
「!」
「そろそろ痛い目を見てもらおう」
空中に、勢いよく投げ飛ばされる。
あっ。
やばい。
半壊屋敷に向かって投げられた。
このままいくと、叩きつけられる。
「ゲイル……っっ!?」
「ゲイルディバイダー」をやろうとして、腕がヘシ折られたことにも気づく。
左だけの推進力で衝突から免れられるか?
間に合うか?
と、瞬きの間に考えて。
「ガオオオウッ!!」
野太い咆哮がすぐ近くで聞こえ、僕は大きなゴリラハンドでがっちり捕まえられて、次の瞬間にはジェニファーに抱えられ、包まれる形でゴロゴロと一緒に地面を転がっていた。
目が回る。
が、なんとか……助かった。
「いててて……ジェニファー」
「ガウ……」
ジェニファーといえども、その巨体で地面に背から落ちて転がるのは相当に痛いらしい。
呼びかけに応える声には元気がなかった。
「助かった。さすがに一発で死ぬとマードさんやファーニィでも助けてもらえないし」
「ガウ」
折られた腕をだらりと下げながらなんとか立ち上がる。
すぐにファーニィが走ってきて、僕の右腕に治癒術をかけてくれる。
「大丈夫ですか!?」
「死んでないよ。……ようやく化け物っぽくなってきたね、奴も」
転がっている途中で右手の「黒蛇」は手放してしまった。折れた腕で握り続けることはできなかった。
それを探すか、左の「刻炎」だけで戦線復帰するか迷う。
が、落とした「黒蛇」は、シルベーヌさんを乗せたブラ坂が前足で拾って持ってきてくれた。
「ゴウッ!」
「あ、ありがとう」
「ゴウゥッ!」
「ガウ!」
「ゴウッ」
なんかブラ坂とジェニファーが吠えあっている。
どっちが役に立っているかと主張し合っているんだろうか。
なんだかんだで可愛い奴らだ。
「そういえばリノは……」
「ユーちゃんと一緒です。アイン様が投げられた瞬間に、とっさにユーちゃんが引っ張り下ろして、すぐにジェニファーが走り出して」
「……ほんといい仲間たちで助かる」
というか、そういう連携って練習してないというか想定もしづらいのに、すごいよねユーカさんもジェニファーも。
腕は十数秒で治った。これでも普通の治癒師なら考えられない速度だ。
マード翁なら折れるどころか千切れてても同じ時間で再生しちゃうんだろうけど、ファーニィも十分すごい。
見れば、六本腕の怪物と化した「邪神もどき」に、アテナさんやマード翁も参戦して総力戦の様相だ。
「ありがとう。また行く」
ファーニィの頭を撫でて、僕は再び双剣を握り、魔力を込めて、飛ぶ。




