邪神級
「外に出るのは久方ぶりです。……やはり空気が違いますね」
ダンジョンから踏み出したロゼッタさんは、言葉とは裏腹にあまり嬉しそうな様子もない。
まあ、当然か。これから自分の祖父を殺した因縁の怪物と対決するのだから。
いや、対決するのはロゼッタさん本人じゃないけど。
「すぐにブラッドサッカーちゃんで連れて行くわぁ。アイン君たちも早く来てねぇ♥」
シルベーヌさんがロゼッタさんを空輸する。
僕とユーカさんとリノ&ジェニファー以外の仲間は、ロゼッタさんがこれから待機することになる屋敷で既に待っている。
僕たちは最低限の護衛であり、その屋敷周辺が決戦場という想定だ。
「ロゼッタと同じ移動方式なら、空間のひずみをデタラメに使って適当に目的地に近いところから徒歩、ってことになる。ロゼッタを即座に捕捉したとしても、そのデタラメを試す時間と徒歩移動で、どうしても一日か二日は時間差が出るはずだ。……最悪なのは、たまたま近くにいる場合なんだが」
「それでも、ブラ坂なら屋敷まであっという間だ。心配し過ぎだと思うよ」
僕たちはロゼッタさんの「眼」で索敵と、ついでに逆探知誘発によるおびき寄せを行いつつ、これから数日待つことになる。
もしかしたら「邪神もどき」は、ロゼッタさんから興味を失っているかもしれないが、その時はその時。
損傷して性能が落ち、魔力を大量に食うとともに痛みを発するようになったとはいえ、彼女の「眼」は、奴を探せる。
待っても来ないならこちらから向かえばいいのだ。
絨毯のおかげで機動力も大幅に上がった。国内なら追うことだって不可能ではない。覚悟を決めているロゼッタさんも堂々と連れ歩いて索敵を継続できることだし。
「ロゼッタ、奴の場所は探せるか。……痛いだろうが、やってみてくれ」
「お任せ下さい。ダンジョン内で訓練を重ね、この状態の眼と付き合う方法も模索しました」
そのうち、彼女の眼の素材となる「天眼」も、また取りに行かないといけないだろうな。
ユーカさんにとっても、御用商人である彼女の眼をこのままにしておくのは損失だ。そして僕がユーカさんの願いを袖にすることは有り得ない。
うまく取るのには苦労するらしいけど、僕と相性がいい戦い方があったらいいな、なんてぼんやり考えていた。
が。
「……えっ」
ロゼッタさんが、呆然とした声を上げる。
「どうした」
「そんな……まさかっ」
「近いのか!? おいシルベーヌ、離陸……」
「近いですが私ではなくっ……ユーカ様、アイン様、行ってください! 急いで!」
「!?」
「皆様が待つ屋敷の方に……かの者が! 『邪神もどき』が、今まさに!」
先手を、取られていた。
「どうしてあっちを……何を考えてるんだ、『邪神もどき』は……!?」
リノの後ろに僕がしがみつき、その後ろにユーカさんがしがみついてジェニファーに乗る。
バランスの問題で、あまり後ろに一番重い僕が乗るとよくないらしく、こうなった。
「モンスターの考えるこたーわかんねーよ。深く考えんな!」
「でも、魔獣合成師のシルベーヌさんも、千里眼のロゼッタさんもあそこじゃないのに……何を追って!?」
「あいつらを追うって前提がまず憶測なんだよ! ロクに見てもねぇ奴を理解した気になんな!」
「っっ……」
ユーカさんの言う通りだ。僕は勝手な仮置きの想定を信じすぎていた。
こう動くはずだ、こっちの意図にハマるはずだ……なんて「何を根拠に」という奴だ。
その辺の野生動物だってもう少し複雑に動くのに、相手をシンプルに考え過ぎていたかもしれない。
「ね、ねぇ! 私とジェニファーって前にいても邪魔だよね!? リーダーたち下ろしたらさっさと離脱する方がいい!?」
リノが焦った声で訊いてくるが、ユーカさんが即座に怒鳴り返す。
「それで見逃してくれるならいいが、ジェニファーの脚で逃げ切れなかったらなすすべもなく殺られるぞ! 味方にかばってもらえるトコで見てた方が安全だ!」
「そんなめちゃくちゃ足速い鎧武者とかアリ!?」
「ナシじゃねーのがモンスターだろがよ! 何狙うかも、どういう隠し芸があるかもさっぱりわかんねー奴に対抗するには、仲間同士で補い合うしかねーんだ! 敵はそれが一番やりにくいんだ!」
「わ、わかった……そうするっ!」
戦いを捨てて逃げる奴が実は一番狩りやすい、とは、戦場でよく言われる話らしい。
ただただ闇雲に離れようとするだけの、反撃も回避もしない奴に苦労する要素はない。味方から離れるならなおさら好都合、深追いしても何も心配ない。全く気兼ねのない獲物だ。
そうなってしまうよりは、味方の攻撃が届く位置で身構えていた方が、まだしもいい。敵を集中攻撃にかけられるし、治癒術などのサポートも期待できる。
壮絶な脅威である「邪神もどき」を相手に、攻撃ができるわけでもないリノがその場にいるのは怖いだろうが、結局それがいつも通り、一番安全なのだ。
「忘れるなよ。モンスターはなんでもアリなんだ。こっちの常識なんて向こうはお構いなしだ。どんな雑魚に見えたって予想外のことをしてくることはある。『邪神』クラスとなりゃ、やることなすこと全部が予想外だ」
「……忘れそうになってたよ」
冒険生活が順調にいきすぎるのも困りものだ。そんな当たり前のことを見失いかけるなんて。
「……だが、それは向こうも同じだ。きっとこっちのことを雑魚だと思ってる。ブチかます余地は、いくらでもある」
「まずは間に合わせないとね」
「急いで、ジェニファー!」
「ガオオオッ!!」
久々に聞くジェニファーの本気の咆哮。
間に合え。
僕より先に、誰も死なないでいてくれ。
辿り着くと、屋敷はひどい有様だった。
デルトール市街地からほどよく離れたその屋敷は、領主の一族が持つ別荘の一つらしいのだが、立案段階で訪問した時には綺麗で立派だった外観は僅かな間に災害に見舞われたように半壊している。
そして、屋敷の庭ではフルプレさんとロナルド、さらにアテナさんがそれぞれ手傷を負いながらも「邪神もどき」と思しき鎧武者を油断なく囲み……クロードは?
と、ジェニファーから飛び降りながら探すと、両足を失った状態で伏しているのが見えた。
「クロードっ!!」
「アイン様! アレは私たちが何とかしますから!! ほら手伝って感じ悪い人!! アンタの弟でしょ!?」
ファーニィがマキシムパーティを指揮してクロードを回収にかかる。斬られた脚もその辺に転がっているので、一度集めないと治癒術もかけられない。
マード翁にやらせれば数十秒で生やしてくれるのだろうけど、そのマード翁は前面だ。前衛組を支えつつ敵の猛攻に耐えるのは、他の仲間には荷が重い。
「く……聞いた話以上だな……!」
「弱音かラングラフ。しばし見ない間に衰えたな!」
「かもしれんな」
フルプレさんは既に剣を放り出し、「フルプレキャノン」一本槍態勢。
それを決める隙を作るため、アテナさんとロナルドがジリジリと「邪神もどき」相手に迫り、動きを誘っている。
相手はそれに対して奇妙なほど落ち着き払った様子で、構えを取りもせずに間合いに入るのを待っている感じ。
いや。
……僕とユーカさんを、見ている。
「待たせたみたいだね。……ユー、アレを相手に“邪神殺し”出すのはできそう?」
「どーかね。もうフルプレが手傷負ってるくれーだ。出すまで身が持つか……手数を重ねる余裕があればいいけど」
「なるほど。つまり……」
両の剣、「黒蛇」「刻炎」を抜き放ち、広げて。
お前の相手は僕だ、とばかりに、アピールする。
砕けて炎上する屋敷を背に、僕は初めて会う、今までで最強の敵に向かって。
「僕がさくっと殺るのが一番いいわけだ」
過剰な自信に満ち満ちた発言で、場を支配する。
戦いは、ここからだ。まだ敗勢の気分になってもらっては困る。
……敵は、そんな僕を見つめて。
「……なるほど……そういう、ことなのだな……?」
喋った。
しかも、何か意味ありげに。
なるほど? なるほどだって?
そういうこととは、何だ?
僕の何を見て何を納得した?
……いや。
見切ろうとするのはやめよう。相手を理解するのは諦めよう。
目の前にいるのはモンスター。
全てが予想外で当たり前の存在。
「納得いただいたようだ。じゃあ、僕と踊ろうか」
「ふっ……面白い! これぞ、実りある時間よ!!」
僕が斜めに左回転しつつ、手始めとばかりに放った「バスタースラッシュ」二連発を、「邪神もどき」は避けず。
だらりと下げた剣を、無造作に振り上げる。
……オーバースラッシュじゃ……ない……!!
来る!
爆風。
奴の攻撃で、屋敷が「半壊炎上」しているという事実をしっかり考えるべきだったかもしれない。
ただの斬撃でそうはならない。
奴の剣は、どういう魔力剣技なのか……いや、そんなの考察する意味ないな。相手は遥か高い魔法技術があふれていた時代の残党だ。
オーバースラッシュとは根本的に原理の違う攻撃だって気軽に打てても驚くに値しない。
……なんて、僕が思考していられるのは「バスタースラッシュ」が爆風を裂いてくれたおかげでもあり。
「……させ、ない……!」
クロードが這いながら強引に差し伸ばした「嵐牙」の力が、爆風を受け流してくれたおかげでもあり。
「クロード! 無茶をするな!」
「……大一番に、無茶もしないでいられないよ……兄さん、あとは……!」
クロードは「嵐牙」をマキシムに押し付けて、後を託す。
ファーニィの治癒術が彼を復帰させるのは何分かかるか。
僕たちが入った分、マード翁にも余裕ができるはずだから、もう少し頑張っていれば彼も手を貸して何とかしてくれるだろうけど。
「……くそっ」
「マキシム、君も無茶はするなよ」
「……身の丈は思い知っているさ」
マキシムが、クロードから受け取った「嵐牙」を手に、僕の背後で構える。
クロードが見せたように、味方への攻撃を逸らすサポートに徹する腹積もりだろう。
ありがたい。
そして。
「その分は僕が暴れる」
視界に色がついている。
メガネに内側からの光が色を付けている。
……どうやら。
ユーカさんより、僕の“邪神殺し”のような何かは、だいぶ火の点きがいいらしい。
二本の剣を翼の如く広げ、僕は「邪神もどき」に向かって、突進開始した。




