決戦を前に
フルプレさんと駐留の火霊騎士団による領主との調整は、三日ほどかかった。
もちろん作戦はいい顔はされなかった。
当然だ。
仮にも他国との戦争を独力で掻き回し、お開きにするほどの戦闘力を持つ「モンスター」を、わざわざ自分の領内にまた呼び込むなんて、好き好んで引き受ける貴族はそうそういない。
が、結局のところ、デルトール周辺で決行するしかない。
おそらく、ロゼッタさんはダンジョンから外に出した時点で捕捉される。されていなくても彼女の「眼」で探せば、それこそが一番の誘引の合図になる。
だが、ロゼッタさんを向こうが見つけ、寄ってくるタイミングをこちらで選べない以上、最悪の場合すぐに向かってくることも考えなくてはならない。
それなのにデルトール以外の土地まで出て待ち構えるのは、充分な迎撃態勢を取れない可能性がある。
領主としたところで、「邪神もどき」に好き勝手暴れ続けて欲しいわけではない。仕留められるならそれに越したことはないのだ。
ならば、計画的な迎撃ができるデルトール周辺で戦闘区域を提供するしかない。
とはいえそれを簡単に呑んではそれはそれで問題、という側面もあるらしく、だいぶ不毛な押し問答が繰り返されたとか。
貴族の世界は大変だ。
僕たちは少しずつ段取りが決まっていく間も「慣らし」のために冒険依頼をこなしていた。
僕もクロードも慣れない得物を少しでも手に馴染ませるために積極的に敵を譲ってもらい、新しい戦闘スタイルをモノにしようと奮闘し、それを侯爵公子ルザーク・スイフトは相変わらず家付きの魔術師の魔術を通して見物。
そして僕の戦果を積極的に斡旋所の役人に話し、あっという間にデルトールにおける「妖光の鬼畜メガネ」の地位を不動のものにしてしまう。
「せめて鬼畜じゃないメガネにしてほしかったなぁ……二つ名は」
「でもメガネってだけなら他にもいなくもないしなー。リリーだってかけるし」
「……そういえば目の治療技術って、マードさんが不得意なだけでちゃんとあるんだっけ?」
「あるとは聞くぜー。アタシ目に関しては苦労したことねーから詳しくは知らん」
ユーカさんは本当に興味なさそうに言う。
「僕もそれ受けて、メガネなしで戦えるようにしたほうがいいよね」
「ま、確かに外れるとマジで役に立たなくなるよなお前。でも今さらメガネ外して冒険しても二つ名は変えられないと思うぜー?」
「……そ、そうかなあ……」
「まずあの侯爵公子と双子姫が広めてるんだから、あいつらの口を塞がないと」
「……塞げない、よね……」
うん。貴族相手に言うことを聞かせる苦労はまさにフルプレさんが実演している最中だ。
向こうが持ち掛けてくるならまだしも、こっちから取引しようというのはだいぶ難しそうだ。
……まあ、我慢しようと思えばできなくもない範疇ではあるし。
諦める。
そんな話をしている僕らに、すっかり調子の戻ったロゼッタさんが話しかけてきた。
「ここでの生活も馴染んできたところです。街よりかえって防犯がしやすいですし、いっそゼメカイトの店を引き払ってこちらに本拠を置いてしまおうかと思っていたくらいなのですが」
「別にいいんじゃね? 『邪神もどき』の件が片付いた後も、元のダンジョンに戻すってわけにはいかねーんだし。そのまま『ダンジョン商店のロゼッタ』でいってもよくね?」
「……しかしダンジョンの中にいると、たとえ眼が万全でもユーカ様の行動を拝見できないのですよね」
「お前そんなにアタシばっか見てたの……?」
「まあそれほどでもありませんが、一日の半分ほどは……」
「そんなに見てたのかよ。せっかくすげえ能力なんだからもっと商売とかに使えよ」
「正直、ほぼユーカ様の資産で店が成立しているようなものですので、そのユーカ様を放置して小銭稼ぎに血道を上げるのも道義にもとるといいますか……」
「別にそういうつもりで預けてるわけじゃねーよ!? そりゃタイミングよくいろいろ調達してくれるのは助かるけどさ!」
ロゼッタさんの場合、ただの趣味だと思う。ユーカさん観察。
とはいえ同性恋愛という感じでもなく、なんというか崇拝って感じの執着に見えるけど。
……そもそもエルフは結婚の形態も人間とは違うっていうし、僕の関係認識が正しいとも限らないけどね。
「とはいえ、まずは勝利しなくては何も始まりませんね。……というより、作戦決行となれば、私はかの者に見つかることになります。負ければそこまででしょう」
「一応、いざ戦闘になったらシルベーヌに頼んで退避してもらうつもりだけどな」
「ユーカ様たちまで倒されれば、もう私が逃げ続ける意味もありません。現実問題として、再びダンジョンに飛び込んでも生き延びるのは困難でしょう。覚悟は決めます」
「……まあ、勝つつもりではいるけどな。アインも充分強くなったし」
「充分かどうかは保障しかねるよ」
メガネを押す。
僕は伝説の“邪神殺し”パーティに並ぶほど……凌駕するほど、強くなれているだろうか。
フルプレさんやマード翁、アーバインさん、クリス君……何より、あの強かったユーカさんには、まだ届いた気がしない。
それでも、出来る限りの態勢は整えた。
もう存在しないパーティを理想化して、それに足りないからと怖気づいていても仕方ない。
現実はこうなっているんだ。あるもので勝負するだけだ。
「勝算はあるさ。アーバインとクリスは土台、大物に二人だけで戦えるコンビじゃない。だけどフルプレやロナルド、マードも揃ってる今のアタシらは、敵を押さえ込む体裁は十分整ってる。それに邪神ってのは自分のテリトリーにいる時が一番強いんだ。だが外に出てきているなら、怖さはそれほどじゃねえ」
「……好材料ではあるね」
それでも数千の軍隊同士の戦いに割って入り、どちらからも傷を受けることなく荒らしていったのだ。
どこまで安心していいのやら。
「今のお前なら、ゴリラの頃のアタシだって安心して背中預けると思うぜ。自信持っていけ」
「怯えてるわけじゃないよ。……無茶は慣れたからね」
今さら、「邪神もどき」と戦うのが怖いとは思わない。
まだ不明な要素は多いが、それはぶっつけ本番で戦ってきた今までと大差ない。
……それに。
死ぬのは、さほど怖くもない。
ここまでユーカさんに引っ張ってもらった分が失われるのは勿体ないが、それだけだ。
死の彼方で、先に行った妹に会える……なんて夢想をするほど、妄想家でもないけれど。
僕は未だ、命を惜しむ理由が足りない。
いや、あるといえばあるか。
ハルドアの奇妙な噂。あまりにも妹の死に符合する「人食いガディ」のこと。
僕はこの戦いを越えて、そいつへの復讐に向かうのだろうか。
……やはりどこか現実感がないな。
「俺たちはバックアップとして参加させてもらう。叔父貴やローレンス王子が前を張る戦いに正面から参戦するのはさすがに荷が勝つが、少しは役に立たないと気が済まない」
マキシムたちがいつの間にか集まってきていた。
僕たちがいない間、このダンジョン生活空間を維持してくれた彼らは、それだけでも功労者。
だけど、仲間が殺された恨みが、何もしないで待っていることを許さないんだろう。
……僕も、やられたアーバインさんやクリス君を仲間だったと言ってもいいはずなんだけど。
それをあまり戦いのモチベーションに感じないのは、ゼメカイトの頃から変わらない「死を軽く感じる」心境のせいだろう。
冷静であるといえば聞こえはいいけど、それを重大事と受け止める感性が欠如しているだけでもあり。
彼らの表情に宿る、どこか暗くも熱い感情を、少しだけ羨ましくも思う。
「頼りにしてるよ。……本番になったら、後ろを見てる余裕は、多分ないから」
「ああ。任せろ……とまでは言わないが、できることはさせてもらう」
翌日。
僕たちは、ロゼッタさんをダンジョンから連れ出した。




