大貴族の接触
ルザーク・スイフトは椅子に座って足を組むと僕たちを見回し、手を広げた。
「こうして見ると実に普通の若者たちだな。いや、悪い意味ではないよ。うちの私兵は実力の如何に関わらず、威圧感だけは一丁前の連中が多くてね。彼らのいる空間は実に息苦しい」
「照れるのう」
「『若者たち』から除外されなかったからって何図々しく照れてんだマード」
多分、面倒だしいちいち言うまでもないから言わなかっただけだと思うけどね。マードさんが若くないなんて事実。
あるいは貴族的な世辞の使い方かもしれない。どうでもいいけど。
「女性が多いというのもあるかもしれないな。昨今は女性騎士や女性兵も増えてきているが、一度現役を退いた後に貴族に仕えてもうひと働き、なんて連中は、どうしてもむさ苦しい男ばかりになる。女性には他に人生の使い道があるからね」
実にどうでもいいことを調子よく喋り続けるルザーク。
その突然の登場と接触に、全くついていけない仲間たちは、ただ怪訝そうな顔をするしかない。
一方で、僕は少しだけ心当たりはある。
あの王都での傲慢男クレスキンとの試合の際、まるで冷やかすように双子姫の取り巻きの中から聞こえた口笛。
使用人にしては無礼だが、そもそも双子姫は彼らをみな使用人だと明言したわけでもない。
多分、あの中に紛れていたんじゃないか。
それでも貴族的な恰好をしていれば目立ちそうなものだが、ややこしく思われないために執事にでも扮装していたのだろう。
……だが、そんな場所にいたなら、ここにいるのはおかしい。
王都からここまでは普通の手段なら一週間以上かかるのだ。それに僕らの目的地だと向こうで誰かに言ったわけでもない。
なんで、ここにいる?
……ある意味、みんなより僕の方が混乱は大きいのかもしれないな。
「……貴方が僕らに興味があるというのはわかりました。でも、何でここにいるんです?」
「何で、というのが多義的だが、まあ何のことはないさ」
ルザークは肩をすくめる。
「金を積めば普通じゃない手段なんていくらでも取れる。魔術でも魔導具でもそれ以外でも。……良く知ってるだろう?」
「…………」
「君が不思議に思ったことを解消するためには、充分な金とツテがあればいい。君らがここに来ることを知るのにも、君らより速く王都からここまで来るのにも、別に優秀な冒険者である必要はない。まあそういうことさ」
あとは御想像、とばかりのジェスチャーをするルザーク。
……まあ、言われてみればその通り。
空飛ぶ合成魔獣でもいいし、空飛ぶ魔術を習得している魔術師でもいいし、なんなら空飛ぶ絨毯に推進機関をなんとかしてつけて一人で乗り回す、なんてのも、莫大な財産があれば好きにできること。
僕たちにジェニファーと空飛ぶ絨毯があることだって、世界で唯一の特別なことじゃない。
あくまでありふれた技術の結集で、一般とは比べ物にならない移動速度になっているだけだ。それ以上がありえないとは誰も言っていない。
そして僕らが何を当てにしてどう動くかなんて、本気で僕らを調べれば予想はつく。
デルトールに来たのは決して気まぐれではないのだから。
「僕らがさっきの仕事でどう戦ったかを知っているのも、似たような理由ってわけですね」
「それに関して種明かしをすれば、遠見の魔術ってのがあるんだよ。君らがアテにしてる千里眼のエルフ商人、それほどではないにしろ、ちょっと遠くから屋外戦を眺めるのは大した難易度の魔術じゃない。ウチで飼ってる魔術師にとっても、ね」
金とコネ。それによって実現される魔術や魔導具。
大抵の不自由は、それでいくらでも解決できるんだ、と、改めて思い知らされる。
「そして、俺がここにいるのは改めて援助を表明するためさ。双子姫は手回しがいいが、いたずら者で厄介な娘たちだ。君も全面的に依存はしたくないだろう、アイン・ランダーズ」
「…………」
「素直には頷きづらいか。まあ敵にも回したくないよな。……だが、そんな娘たちのご機嫌を窺いながら、ともすれば求婚すらかわしながらでないと支援を得られないのは不自由だろ?」
足を組み替えて、身なりのいい青年はこなれた所作で僕に反応を迫る。
高慢な動作だが、それを鼻につかないようにやってみせるのは生来の大貴族ならではだな、と思う。
「そこで俺という支援者が、そろそろ必要だろうと思ったわけさ。いくら王家の者に気に入られていると言ったって、王家だからこそ頼れない場面もあるだろう」
「……あまりしがらみは増やしたくないんですけどね。僕らは自由に生きるために冒険者を選んでいる面もある」
「自由を妨げようという話じゃない。むしろもっと自由を与えたいと思っているんだ。そして今まで以上の伝説を生み、語らせてくれればいい」
「……それで貴方にどんな得が」
「おそらく、君が思うよりは得は多いのだけれどね。迂遠な話だというのは否定しないが」
青年はあくまで僕たちに嬉しいだけの話をしてくる。
それがどうも受け入れづらい。
僕は困り果ててユーカさんに視線を振り……ユーカさんも大きく溜め息をついて。
「前置きはもういい。本題に行け。アインはそういうのわかんねーから」
……え、これなんかの前置きだったんだ?
と、少し驚いていると、ルザークは苦笑いして立ち上がる。
「頷いてもらってからの方がスムーズなんだけどねぇ。……それ以上の話は、館に招待してから、ということにしたいんだが」
「オメーの面子の問題なんか知るか。……場所を変えるってんなら飯くらい出すんだろーな?」
「それはもちろん」
ユーカさんが話をどんどん進めてしまう。
……こういうのでボサッとした反応しかできないのが、今の僕の一番の弱点かも。
ルザークの館……いや、もしかしたらこの館自体は領主家の所有なのかもしれないけれど、とにかく彼の案内した邸宅にみんなでお邪魔する。
ルザークは腰を落ち着けて、一息。
そして「本題」を切り出す。
「今回の件が片付いた後でいい。力を貸してほしい」
「戦争なんかはお断りだぜ」
「そういうことはミルドレッドを頼る。“邪神殺し”に迫る君たちの力が必要な事態なんだ」
ルザークはチャラチャラしていた態度を一変させ、真剣な顔で。
「スイフト家の治める地域に、ドラゴンの存在が確認された。……この前の水竜が子供に見えるほどの大物だ。今は刺激を避けてやり過ごしているが、領民に知れたら終わりだ。領地からの追い出しか討伐が叶えば、報酬は望むままに出そう」




