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見物人

 元々クロードはヘルハウンドに苦戦はしないだろうと思っていた。

 初期こそちょっと精神面に少年らしい弱さ甘さはあったものの、最近ではそういうヘタレ感は鳴りを潜め(相変わらず過剰にグロい行為は嫌がるけれど)騎士としての基本性能の高さが発揮されてきていたところだ。

 あのマキシムを、歳の差を無視してまるっきり下に見るような才能の持ち主でもある。

 ヘルハウンドは獣らしい敏捷性と勘の良さはあるが、ブレス攻撃はあくまで奥の手。初手から撃ってくるなどの予想外はあまりやらない。

 初見のクロードに厳しい点はさほど出てきづらいし、マード翁という保険もある。思い切ってやれる要素は揃っていた。

 が。

「かああっ!!」

 ザンッ、と振り下ろされた緑色の刃が、まるで抵抗を感じさせずにヘルハウンドの巨体をばっくりと斬り開く。

 肩口から胴体の半ばまで。首をすっ飛ばすような残酷さはないが、そんな風に割れたらもう生存はできないだろう、と確信できる深い深い傷。

 食らいつこうとしたヘルハウンドは、あまりのダメージに急に動きを鈍らせ、血を激しく噴きながらそれでもなんとか四肢を泳がせつつ、すぐに横倒しになる。

 それに一瞥もくれずにクロードは次のヘルハウンドに向かい、思い切りのいい踏み込みで斜め左から右上への斬り上げを放つ。

 ヘルハウンドはクロードの壮絶な一撃をなんとかかわそうとしたが、それは叶わない。

 リーチとパワー、そしてスピード。三拍子が揃った一撃は、多少の防御行動を全く無視する。

 大剣初心者とはとても思えないその一撃は、中途半端に身をひねったヘルハウンドの胴体に豪快な切れ込みを加え、構造的に姿勢を保てなくなるほどの損傷を与える。

 そういう風に刻まれてしまっては、筋肉だけではどうやっても踏ん張れない深刻な損壊。

 それを与えられたヘルハウンドは、もはや四つ足で立ち続けることも難しく、まるで腐ったテーブルが崩れ落ちるように地に腹を落として、情けない声を上げながらそれぞれの脚をバタつかせる。

 そんなクロードに横から食らいつこうとする最後のヘルハウンド。

 だが、派手さはない分、奇襲への目配りは怠らないのが水霊騎士の本領。

 振るった剣の無理な切り返しをあえてせず、信じられないくらいに身を低くしてヘルハウンドの打点を外しながら、ヌルリと身を起こしてヘルハウンドの横面に接近。

「剛把の腕輪」のはまった左手をその顔に叩きつけ……ゴキッと音を立てる。

「ギャウッ!?」

「私に不意打ちなんてそう成功しない!」

 あの腕輪の効能は握力の上昇。

 クロードは剣の保持の補助にしているが、元々それ単体で攻撃として機能するほどのパワーだ。

 ヘルハウンドの巨大な顎の一部を握り潰し、顎関節がバカになってしまう、肉食獣にとって致命的なダメージを瞬時に加えたか。

 こうなってはもうヘルハウンドが勝つチャンスは残っていない。虎の子のファイヤーブレスだって口を開けられなければ思うように吐けないのだ。

 そして、クロードはその間に再び剣を高々と振り上げて、絶望的な一撃を叩き込む。

「かぁっ!!」

 ドンッ!!

 ヘルハウンドの分厚い肉体を問題なく貫通し、地面まで切り裂く斬撃が繰り出される。

 クロードが動き始めてからここまで、全く動きが妨げられていない。まさに斬られに来たような呆気なさで、牛の巨体にも匹敵する肉食獣が次々に叩き斬られていく。

 僕は墜落を「メタルマッスル」で凌いだことによる動きの鈍化もあったが、それ以上にクロードの流れるような、それでいて茶々を差し挟む隙の全くない動きに圧倒されて動けずにいた。

「……クロードって、こんなに強いのか」

「一皮剥けたな。もともと力や技巧に不足はなかったが、攻撃力が劣るからと援護に偏りがちだったのがクロード君だ。むしろ小技の使えない大剣のほうが彼には合うのかもしれない」

 アテナさんは構えを解かないまま、満足そうにそう評する。

「死にかけの奴らの処分は頼めるかの、アイン君」

「……了解」

 ようやく立ち上がって二本の剣を構え直した僕に、マード翁がそう言うので、僕はクロードの一撃で起き上がれなくなっていたヘルハウンドたちに左右それぞれで「オーバースラッシュ」をヒュヒュッと振る。

 それぞれの首が落ちて転がり、その黒い巨体はただの肉塊となった。

「相変わらずリーダーの方がエグいけどねぇ」

「ガウ」

「一方的に攻められる状況なら僕だけでも不安はないんだけどね」

 ただただ順番に一撃で殺す、というのが自由に叶う状況ばかりではない。

 敵がそれをさせない強さを持つ場合や、あまりにも数が多い場合、あるいは敵の動きを引きつけ、味方を守り切る方が重要な戦闘目標である場合。

 僕には、そんな状況をコントロールする力はない。

 もちろん、それで愚痴ってしまえば「なんと贅沢な」とクロードにもアテナさんにも苦笑されるだろうけど。

 アテナさんやクロードにその能力があるというのは頼もしいことだ。

 クロードには今まで「僕が他に手を取られている間の時間稼ぎ」みたいな役ばかりを押し付けていたが、これほどの制圧力を見せた今なら、もっと丸ごと敵を片付けてしまうことも期待できる。

「改めて……ゼメカイトの頃に組めてたらなあ、クロードもファーニィも」

 そう思わずにはいられない。

 別にユーカさんに拾ってもらい、変な形で力を手にした今を不本意だとは思わないけど。

「普通」にステップアップする順調な冒険者人生には、ほんの少し憧れる。


 真っ二つにした蛇飛龍(フライサーペント)が、もう死んでいることも確認して。

 ……真っ二つと言ってもそんなに正確に顔から尻尾まで正中線まっすぐってわけじゃなく、片方の羽根を肩口から切り落としただけだったしね。まあ、高速墜落の衝撃で背骨が盛大にヘシ折れてたので、ほぼ即死だったっぽいけど。

「一応、依頼主には蛇飛龍(フライサーペント)のことも報告しとく?」

「言っといた方がいいだろ。まあないとは思うが、つがいで繁殖してる可能性もなくはないし」

 ユーカさんは腕組みをして頷く。

「あー……そういやあったね。フィルニアで」

 緑飛龍(ウインドワイバーン)が報告より多く、しかも卵まで産んでた依頼。

 あの時はアーバインさんにだいぶ頼ったよなあ。

「討伐証明、何持っていきますー? ヘルハウンドって耳で通じますかね?」

「そんなに数もいないし、首持っていこう。『空飛ぶ絨毯』もあるから運ぶのは楽だよ」

「えー。絨毯にヘルハウンドの首乗せてくんです? 汚くならないかなあ……」

 ファーニィは嫌な顔をしているが、まあそれは布でも敷いてなんとか汚れないようにしよう。

 今回の空中足場といい、「空飛ぶ絨毯」は意外な活躍だ。

 今後も「あれを使えないか」という選択肢を考える際に優先して思い出すようにしよう。せっかく苦労して作ったんだし。


 そして斡旋所に戻ると、何故か僕たちが依頼を片付けたことを役人たちがみんな知っている感じで、ワッと群がるようにしてねぎらわれることになった。

「さすがだね! ヘルハウンド三頭に加えて厄介な蛇飛龍(フライサーペント)まで倒したとか!」

「マリス姫たちのお気に入りなだけのことはあるな!」

「え、えぇ……なんでそんなの知ってるんですか……」

 討伐証明の首、今から提出するんだけど。なんでそういう証拠持ってきてない(一応牧場の人には言ったけど)蛇飛龍(フライサーペント)のことまで知れ渡ってるんだ……?

 と、困惑していると、役人たちの向こうから手を叩きつつ現れた青年が種明かしをする。

「俺が見ていたんだ。いやあ、夕焼けに糸引く魔導石の光! 実に美しい戦いぶりですっかりファンになってしまったよ」

「……どちらさまですか?」

「ああ、申し遅れた。俺の名はルザーク・スイフト。こう見えて侯爵公子だ」

「…………侯爵公子」

 いや、まあ、えらい人なのかもしれない、というのはわかるのだけど。

 なんでそんな人がこのデルトールの斡旋所に?

 なんで僕たちの戦いを見てるんだ?

 っていうかスイフト? ミリィさんの関係者かな?

 などと、色々疑問が渋滞して、何から聞けばいいのか迷う。

 結局アテナさんやクロードに視線を振り、説明と相手を頼むことにした。

「ラングラフ家以上に騎士を多く輩出するスイフト家の本家筋だな。水霊のミルドレッド団長の従兄弟にあたるはずだ」

「とはいえ、デルトール領主のイドリス伯爵家とは血縁も遠いはずですね……」

「ははは、ミルドレッドは従妹ではなくて実妹だよ。親戚同士で養子の融通してる関係でね?」

 な、なんか面倒そうな関係の面倒そうな人というのはわかったぞ。

「そんな人がどうして」

「なあに。あの双子姫の主宰する茶会によく顔を出している。それだけの話さ」

 青年はそう言って、その辺にあった椅子にどっかりと座り。

「双子姫も言ってなかったかい? 我々貴族は結構退屈でね。冒険者の話なんて特に刺激的で面白いのさ。そういう趣味の、同好の士だよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] クロードがかなりパワーアップしましたが 今回の戦いは良いとして今後もこのスタイルを追い求めるつもりなら、腕輪なしで大剣を自在に操れるように筋肉鍛えなきゃいけませんね
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