空を舞う
敵は何者か。
空中で姿勢も定まらない中で、しかもこっちに突っ込んでくる相手を見分けるのはなかなかに難易度が高い。
まずはその突撃を何とかかわすことを目標にしよう。
幸い、「嵐牙」がある。風属性の武器を使ったことはまだないけれど、属性付きの剣というだけなら最近まで使っていたんだ。風を操れるなら、うまく噴射して身をかわすことだって……。
「……ん?」
手にした「嵐牙」に魔力を込めて、違和感に眉を上げる。
魔力は良く通り、何かに変換されている感触はある。
が、どうも違う。噴射してる感じではない。
どうなってるんだ、と、メガネを押さえてそれをよく分析してみる。
「嵐牙」に流れた魔力は、どうなっているのか。
魔力の流れをもうっすら映すメガネで見た感じ、剣から直接風が暴れている感じではない。
どうも、剣の先端から伸びた先……数メートル離れた場所で、スーッと筋状に伸びた魔力が爆発的に乱れている。
ああ、なるほど。
剣に魔力を込めただけで自分の体も吹っ飛ばされるような剣だと、斬り合いに向かないな。
これはあれだ、剣で指した先の空間に仮想的な「魔力の扇」を作る感じか。
これなら豪快に剣を振り回す自分は直接姿勢を乱されることなく、周囲に強烈な気流を生むことができる。
しかも、その扇は剣に返ってくる空気抵抗が、ない。
つまり、剣速に沿った風速が容易に出る。
使い手によってはまさに周辺を嵐のようにかき乱せるし、飛び道具も自在に薙ぎ払える。
……のはいいとして、つまりこれは今、僕自身の姿勢制御には甚だ向かない。
「アテが外れたぁ……!!」
どうする。
モンスターはぐんぐん迫ってくる。
僕は空中でばたばたするまま、何もできない。
今からでも無詠唱魔術で風を編むか。
……って、こんな状況でそんな集中力がいる作業できるか。
ただでさえ自分の向きも安定しない中で、敵がぶつかるまでにそんな真似をするのはあまりにも離れ業。
「メタルマッスル」でまずは受けるか。どこまで吹っ飛ぶか分かったものじゃないし、相手が掴んでくる可能性もある。
一瞬のインパクトには強いが、締めあげてくるタイプの攻撃には充分な効果を望めないのが「メタルマッスル」だ。硬化した部分は血も全く巡らなくなる関係上、数秒以内に解除しないといけないので、それ以上の時間を締め続けられると形勢逆転が難しくなる。
できればかわしたい。なんとか動けないか。もっと単純な魔力の噴射とか……あっ。
あれがあるじゃないか。
と、僕は魔力の込め方を変える。
敵は突っ込んでくる。眼前でもスピードを緩めないあたり、衝突するタイプの攻撃手段があるのか。
だけど。
「『ゲイルディバイダー』!!」
剣自体に推進力を持たせる、僕のオリジナル技。
これは属性に関係なく使えるうえに、僕自身を引っ張り、位置を変えるのに十分な牽引力がある。
「嵐牙」自体がいつもの剣よりデカいのもあり、その推進力はうっかりすると振り落とされそうなほどに強く。
僕は間一髪で激突を免れ、斜め上空に逃れる。
上からそのシルエットを見て、ようやくどういうモンスターかが確定する。
細い胴体に、骨の間に翼膜が張られた翼。尻尾も長い。
「蛇飛龍……!」
研究者によってワイバーン種だったりそうでなかったりする、少し格落ちのモンスター。
ブレス攻撃もできないし、それ以外の魔力を使った搦め手もない。鋭利な翼端で奇襲斬撃するのだけが取り柄のやつ。
一度地に落としてしまえば、壁貼りの冒険者でも手に負える程度の相手だ。
……が、逆に言うと地に落とせればの話。
僕が今地面に立っていれば、ちょっと隠れたり伏せたりすればいいだけなのだけど、空中だと奴の速度を殺せない。
捉えきれない。そして、僕が地面に降りるまで相手は待ってくれるだろうか。
「メタルマッスル」で固まったまま地面に落ちる……うーん、素直にいけばいいんだけど、ファーニィは僕を空中にしばらく飛ばす前提で風を起こしているわけだから、まだしばらくは落ちようにも落ちられない。
このまま「嵐牙」で叩き落とすか?
この「魔力の扇」で真上から暴風を直撃させれば、いくら飛ぶのが達者とはいえ飛行が乱れるのは間違いないけど……でも。
「……剣を、振る……それだけのことなのに……!」
足場がないと、剣を動かそうにも身体が泳いでそれどころじゃない。
思った以上に空中戦、無茶だ。
せめてもう一手、何かがないと……!
「アイン!!」
その時、意外なほど近くでユーカさんの声がした。
驚いてそちらを見ると、数十メートルの高さだというのにユーカさん……と、クロードが空中に立っている。
どうして。
……あ、そうか、とその足元を見て納得。
「空飛ぶ絨毯」。そして、「高度を上げる」魔術式の部分をユーカさんは手で押さえていた。
本来なら飛行する合成魔獣にでも引かせる時に使え、とシルベーヌさんに言われていた魔術式。
自分で魔術は使えないが、単純に魔導具を起動する程度ならユーカさんでもできる。
「ユー……!」
「こっち来れっか!」
「少し待ってて……それより、アイツが来たら、絨毯が……!」
「やらせねェ、よ!」
飛んでくる蛇飛龍に、拳大の石をサイドスローで投げつけるユーカさん。
小さな体には不似合いなほどの剛速球で、接近を相手はいったん諦める。
「チッ。当たれば落とせたのに」
その間になんとか「嵐牙」の向きを調節して「ゲイルディバイダー」を小刻みに発動し、なんとか絨毯に着地する。
「……くはっ。そ、そっか、『旋風投げ』で投石か」
「柔軟に考えろアイン。手段なんてその場で作りゃいいんだぜ。人間、筋肉がありゃ何でもできる」
「クロード、ありがとう。これ返すよ」
「風、使えませんでしたか」
「僕が思ってた感じの風と違ったんだ。これなら二刀流のほうがいい」
クロードに剣を返し、代わりに預けていた「黒蛇」と「刻炎」を受け取る。
その二刀の鞘を腰に収めるのももどかしく、鞘は絨毯の上に置き捨てて、僕は二刀を握って構える。
「……うん。こっちの方が空中で動けそうだ」
「お前まだ直接やり合うの!? もう接近待ちオーバースラッシュでよくねえ!?」
「それはそうなんだけど、さ」
僕は再び空中に踏み出す。
風の力を借りずに「ゲイルディバイダー」で強引に空を飛ぶ。
推進機関が二つあるので、さっきまでより格段に姿勢制御できる。これならいける。
「さあ……勝負しようか!!」
「クエエエエエエ!!」
蛇飛龍も、僕に狙いを定めてくる。
推進の一刀、攻撃の一刀。その分担ができるだけでもかなり自由だ。
はは。
そう、つまり。
僕は、魔力消費を厭わなければ、とっくに空を自由に舞えるのだ、ということで。
……こういう一発勝負なら、負けない。
「はぁっ!!」
左の「刻炎」を逆手持ちで回転力にしつつ、右の「黒蛇」から空で放つ至近距離「オーバースラッシュ」。
放った後は回転しながら墜落するだけ。あとは「メタルマッスル」でなんとかする。
……狙い通りに真っ二つになる蛇飛龍を目の端で確認しながら、僕は墜落し。
「ぐあっ……あ、やべ……」
落ちたところには、騒ぎを聞きつけたのかヘルハウンドたちが集まってきていて。
しかし、それはアテナさんとマード翁が即座に割って入り、対峙している間にふわふわ高度を落とした絨毯からクロードが華麗に舞い降りて。
「あとは私にお任せを。……試し切らせてもらいます」
取り戻したばかりの「嵐牙」を大上段にスラリと構えたクロードは、まるでそういう舞踊のように滑らかに、飛び掛かる三頭のヘルハウンドを次々に叩き斬ってみせた。




