通常依頼
久々の通常依頼。
「どこかのダンジョンからの脱走個体と思われるヘルハウンド三体……まあ、冒険者ほとんどダンジョンに入れる腕のこの街だと大した話でもない、かな」
「ヘルハウンドって準ワイバーン級ですよね……」
「まあ、ユーカさんに師事したての僕でもギリ勝てたくらいだからクロードならかなり余裕だと思うよ。ブレス攻撃だけ注意して。あまり泥仕合にならなきゃ問題ないとは思うけど」
かつて、オーバースラッシュもロクに使いこなせず、そのへんの木くらいの硬度になると切断もままならなかった頃に戦った、なつかしい「かつての強敵」。
まあ、それから一年も経ってないんだけど。
ユーカさんも片腕食いちぎられたりしたな。今ならあれくらいの怪我を負ってもマード翁どころかファーニィで治ってしまうかもしれない。
が、それはあまりにも色々足りなかった時の話。
当時の僕から見れば、今の僕は単純な攻撃力はもちろん、装備によるものや「メタルマッスル」を含めた防御力は文字通り桁が違うし、何より仲間の数と頼もしさが比べ物にならない。
あの時、クロードやファーニィがいたらあんなに苦戦することはなかっただろうし、リノとジェニファーも単独なら真正面からやり合えるくらいには強い。アテナさんは言わずもがな。
ユーカさんは見た感じあんまり変わってないけど、あの頃とは随分戦闘スタイルが変わった。下がった身体能力を無鉄砲さで強引にカバーして、負傷を厭わず不安定な戦い方をするしかなかった彼女だが、今はそこまでケガをせずとも無難に凌ぐスマートな戦法を体得している。
が、ユーカさんは何か不満そうな顔をする。
「それにしてもさー……一応、割と因縁のモンスターなんだから普通もう少しテンション上がるとか下がるとかありそうなもんなのに」
「まあ、当時はどうしたもんかと思う相手だったよ確かに……あの時の僕じゃ一発や二発じゃとてもじゃないけど倒せなかったし」
「ゴミみたいな革鎧しか着てなかったしな。カジられたらまあ死んでたよな、あれ」
「ゴミとか言わない。そりゃあゴブリン相手にも充分とは言えない程度の鎧だったけど」
そのゴブリンだって、石棍棒がいいところに当たれば、人間の頭くらいカチ割る程度の力はあるのだ。
それをほとんど気にしなくていいくらいの防御力がある今の鎧が凄いんであって。
……まあクロードやアテナさんの着てる鎧だって、そのくらいで凹むような安物には見えないけど。
今考えるとマキシムって、本当にスタート時点で難易度が違ったんだなあ……。
そういう鎧と切れ味鋭い上物の剣を持ち、精鋭の水霊騎士団で何年かの剣術の鍛錬を経てから冒険を始めたんだから、そりゃ強いに決まってる。
そのうちの一つでも僕にあったら、無能のアインと罵られることもなかったのかな……とか、少しだけifの妄想をしつつ、フルプレさんやロナルドを抜きにしたいつものパーティで依頼の現場に向かう。
現場は郊外にある牧場近くだった。
「羊を牧草地に移動している最中に出くわしたんだ。一頭でもシャレにならないのに三頭もいたんじゃ逃げるので精いっぱい、大事な羊たちを身代わりにしちまったよ」
「それはいつのことですか」
「おとといだ。それ以降、その付近には近づいてない。でも、いつ住居まで来るか……」
「わかりました。それじゃあ、見つけたら倒しておきます」
僕はそう言って依頼者に手を上げ、離れる。
「本当に大丈夫か! 牛みてえにデカかったぞ、あいつら!」
二つ名が謎の浸透をしているとはいえ、そんなことは一般人には関係ないらしい。
いまいち荒事が得意そうに見えないメガネの僕に、心配するようなそぶりをする依頼主。
「日暮れまでに片付くとええのう」
「なに、日が暮れたら暮れたでいい鍛錬の機会になる。ダンジョンでは常に夜戦のようなものだろう」
アテナさんが楽しそうに無茶を言う。
「あえて不利な状況を選ばないのも冒険者の大事な資質の一つだぜ。腹積もりは立派でもモンスターは感心してくれねーし、しくじったら油断したバカと同じ扱いなんだ」
「なーんて言っとるユーカじゃが、ゴリラ時代はまさしく油断してクソ条件の戦いに何度突っ込んだかわからんバカじゃったという」
「だいたい勝ってただろーが!」
「ワシいなかったら10回は死んでたじゃろ」
「お前がいるのを含めていけるって判断しただけだよ! 仲間の能力も勘定に入れるのは別に問題ねーだろ!」
「そういうのは先に相手の底が測れる状況で言う話なんじゃよなあ」
いつものようにたわいない口喧嘩を始めるユーカさんとマード翁。
その一方で、ファーニィはあちこちの地面や木などに目を配り、警戒を怠らない。
「どう? 近くにまだいそう?」
「……どうでしょうね。ある程度高位のモンスターってわざと痕跡残さなかったりするんで……それより」
「?」
「依頼はヘルハウンドだけですよね?」
「……なんか違う奴の痕跡ある?」
「はい。まあ、わざと隠したってわけじゃないと思いますけど……」
討伐依頼の数が過少だったとか、別のが絡んでいた、というのはよくある。
僕らも何度か既に出くわしている。
依頼には見た数しか報告しないので、ゴブリンなら推定数と実数が倍違っても仕方ない、というくらいだ。
「片付けるか、引くか……相手によるけど、推定できる?」
「なんでしょうね……見た感じ……でもこんな平地にいるのかなぁ?」
「何? 印象だけでもいいから言って」
「……あのあたり、わかります?」
ファーニィが藪を指さす。
鋭利に薙がれているように見える。
「普通に藪を整えた感じに見える……けど」
「牧場の人がやったにしては場所が半端で意味が分からないんです。でもヘルハウンドの爪や牙ではこうなることはまずない……と、思うんですけど」
「……だと、何かな」
「ライトゴーレム……かな? あるいは、普通にここらを通った冒険者が試し切りでもしたのかな」
「ライトゴーレムは遺跡の奴だよね? ここらに遺跡はないはずだし」
「……じゃあなんでしょうかね……?」
ファーニィと首をひねる。
剣や槍を持つモンスターも珍しくないが、それとヘルハウンドは同一地点には共存しない。ダンジョンの外では別種のモンスターは食い合うのだ。
ゴーレム系ならヘルハウンドと互いに「食う」ことはないので縄張りの共有もなくはないのだけど、一般的にダンジョン産の「ゴーレム」は重量型で大味なもので、「ライトゴーレム」という軽量で敏捷なやつはダンジョンにいるのは見たことがない。
そもそも普通のゴーレムだと、ここらの管理されたダンジョンからは出口が狭すぎて出られないだろうし。
となると……魔術?
魔術だとわりとなんでもアリだ。が、魔術を使えるモンスターも生身であるならヘルハウンドとの生存競争は避けられない。
「これが実は結構前のものっていうなら、まあ何かしらの悪戯ってことで納得できるんだけどね」
「違いますね。昨日か今日ってところです。断面がまだ乾いてない」
「……うーん」
ヘルハウンド以外の謎の第三者。
まさか僕らより先に冒険者が来てヘルハウンド相手に暴れた、なんてことはないだろうけど……。
「微妙に面倒な状況だね。……ああ、ブラ坂がいたらなあ」
「あの合成魔獣ですか?」
「あいつで空からぐるっと偵察出来たら簡単なんだけど」
「あー……なんだったら空から偵察、してみます?」
「え?」
「『ウインドダンス』で。二人で飛ぼうとするとあれですけど、アイン様だけなら上に飛ばすのは難しくないですし。アイン様、空から落ちても平気ですし」
「ファーニィもわりと僕の扱い雑になってきたね……」
「あっ、いえ、やりたくないなら別にいいんですよ? ただアイン様がやってみたいならお手伝いできますっていう」
「……やってみる」
空からの偵察。
実際、それが一番手早いのは事実で、でもブラ坂を借りてくるのは日が暮れてしまうし。
「メタルマッスル」なら落ちても平気なのは間違いない。
……ちょっと怖いけど、確かに有効なんだ。
と、いうわけで。
クロードに念のため、風属性大剣「嵐牙」を借りて、空中偵察してみることにする。
「嵐牙」を持つのは、僕自身の無詠唱魔術の風では姿勢制御できそうにないからだ。
集中力をそちらに振っていては周りを見る余裕がないし、まだしも風属性剣で噴射する方が思うように動ける気がする。
「重い……」
「一緒に『剛把の腕輪』も使いますか」
「いや、魔導具まで使うと剣の方の魔力制御が怪しくなるから。頑張る」
いい剣のはずだけど、万一にも落として折ったり曲がったりしないように大事に使おう。
と、決意しながら、ファーニィの「ウインドダンス」による打ち上げを待ち。
「いきますよー! 『ウインドダンス』!!」
ゴウッ、と強烈な上昇気流で息ができなくなる。
ほどなくして体が浮き上がると、そのまま加速して空中高く……といっても数十メートルという感じの高さに、僕は両手を広げて浮き上がり。
視点を安定させるのに苦労しながら周辺を見渡そうとして……あっ。
……夕空に、黒点。
「……なるほどっ……!!」
縄張りが空中のモンスター。盲点だった。
なら、ヘルハウンドと食い合わずにいられるわけだ。
僕が離陸したことで、その「空の縄張り」を犯されたと感じたらしい謎のモンスターが、迫ってくる。
僕は風に嬲られながら緑色の大剣を握り、どう動くか、と短い時間に思考を加速させた。




