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三度目の迷宮都市

 デルトールには夕方というには少し早めの時間に到着する。

 ライオンが引っ張る絨毯にぎゅう詰めで乗る僕たちの姿は傍目に異様だったろうけど、いちいち人目を気にしてもいられない。まあ噂になっても放置でいいだろう。

 それはともかく、付近まで行ってから気づいたこと。

「どういう感じで泊まろうか……」

「ワシらは前に建てた掘っ立て小屋があるがのう」

「フルプレさんやロナルドをあそこに……ってわけにはちょっとね」

 かつての“魔獣使いの宿”跡地には、まだ僕らが自分で建てた小屋が残っている。

 が、僕たちは普通の宿で拒否されがちなジェニファーとリノをそこに置き残せないという事情があるからともかく、直接は関係ないうえにお金にも余裕があるフルプレさんやロナルドを付き合わせる必然性はあまりない。

「そんなに長居するわけでもないけど。……二人は街の宿に泊まりますか」

「吾輩は領主に宿を用意させる。王子の身(このたちば)だと、話を通さぬのも何かしらいざこざになりがちでな」

「私も知り合いがいる。数日程度ならなんとかしてくれるだろう」

「……反王家の者か」

「いいや、本当にただの古い友人だ。これでも追放されるまではそこそこ人づきあいがあったものでね」

 フルプレさんはヌゥ、と機嫌の悪そうな声。顔色は例によって兜で見えない。

 意外とロナルドの交友が普通に広いことに納得がいかないのか。

 ……まあ僕も不思議な気分ではあるけど。

 山賊としてまかり通るほどに無法かと思えば、相手によってはそうでもなく、普通に旧交を温められる。

 でも、それも僕ら冒険者としてはあんまり珍しいパターンでもないな、と思い直す。

 冒険者も、食うに困れば山賊行為をする。

 冒険者として身分を捨てた時点で、もう信用や安定はない。手元にあるのは武器と荒んだ心。

 それで生活が立ち行かなくなっても、誰も助けてくれない。

 ならば犯罪行為で当座を食いつなぐ、というのは本当によくあることで、だからこそ「冒険者の酒場」では新人冒険者に厳重に戒められる。

 だが、仕事が上手くいかないときは密かに副業として盗みや追い剥ぎをやる冒険者は後を絶たない。

 二面性、というほどでもない。

 必要な時なら迷わずやる。不要な場面ならやらない。それだけなのだ。

「明日、またここに来る。それでいいだろう」

「……ああ。今日はゆっくり休んで」

 僕の社交辞令にも背を向けたまま片手を上げるだけで応え、街に消えていくロナルド。

「一応、尾けておきます?」

 ファーニィがまるで当然のように言うが、僕は首を振る。

「そういうことをしても僕らにメリットないだろ。あっちの機嫌を損ねたらどちらにしろ共闘はおじゃんだ。もしこのまま逃亡を決め込まれたって、僕らが打てる手もないし、無理しても何もいいことないよ」

「……それもそうですね」

 しかし、ファーニィはナチュラルにアーバインさんみたいなことを言うようになってきたなあ。

 元々「攻撃寄りの万能型」のアーバインさんと「治癒術込みの後衛万能型」のファーニィ、みたいな違いで、エルフかつマルチタレント同士という共通項はあったけど。

「しかしフルプレさんも、あのダンジョン交渉の後なのにまた泊めろって言いに行けるのは肝が太いですね」

「こればかりはな。気まずいから行かぬ……というのも後始末が面倒なことになる。貴族の世界というのはそういうものだ」

「はあ……」

 想像がつかない。

「それに、結局この辺りを再び戦場にするという魂胆だ。相手は単独とはいえ、邪神にも匹敵する化け物。大戦(おおいくさ)になるかもしれぬ。話をつけぬわけにもいくまい」

「…………」

 ……言われてみれば、そういうことでもある、か。

 僕らは単に対決して終わり……と考えているし、今までの「邪神もどき」の行動パターンからして、デルトールの市街が巻き込まれるようにも思えないけど、それは希望的観測でしかなく、相手が少しその気になったら大惨事の可能性も捨てきれない。

 立場ある人間として、フルプレさん……ローレンス王子が、その事実を知っていて黙っているというのもあとあとまずいか。

「今はまだ余裕もあるけど、ロゼッタを外に出すにしても慎重に計画しないといけねーな」

「何か案があって言ってたんじゃないの?」

「ロゼッタ引っ張り出せばお互い探知しあって対決がシンプルになる、ってだけだ。それ以上に細かいことは考えてねーよ。……いきなり遭遇するよりはロゼッタがいるだけ楽に迎撃できるよな、とは思うけど」

 ユーカさんの物言いに「そんなトコだと思ってたけど」と呆れるリノ。

 とはいえ、こちらから他に打てる手もそうはない。

 冒険者の酒場の情報網で強引に追跡するか、イスヘレス派の生き残りを探し回って待ち伏せるくらいしかないだろう。

「まあ、相手が網にかかるまでの待機場所を、街に迷惑のかからないところに用意する……くらいでしょうね」

「普通にダンジョンの入り口で迎撃すりゃいいんじゃね? ダンジョン内を後退スペースにできるじゃん」

「それも一案ですけど、戦力展開を優先してもっと広い場所で、というのもアリですよ」

 クロードは実に騎士団らしい視点。

 冒険者としては数人の人間で前衛後衛の役割分担ができればいいので、極論すれば二、三人程度が剣を振り回せるスペースがあれば充分。あまり広いフィールドは、かえって後衛をかばいにくくなる。

 が、もっと人数をかけるという発想は集団戦の概念がある彼ならではかもしれない。

「まあ、戦力展開っつったって雑魚をいくら参戦させても意味ない相手だけどなー」

「とはいえ、王子の『フルプレキャノン』や、アテナさんの“破天”を生かすには、あまり狭いのも問題でしょう。味方への遠慮が勝ってしまいます」

「……まあフルプレはなー……アイツ一人でほっとくならともかく、一緒に戦おうってんなら巻き添え食らわないスペースは必要になるか」

 特にフルプレさんは「フルプレキャノン」を差し引いても身体が大きく、リーチも広い。

 周囲にスペースがないと戦いづらいだろうな。

 特に今回はフルプレさん、ロナルド、アテナさん、クロード……僕は中距離戦の方が得意なので必ずしもゴリゴリ行く必要は無いにしても、前衛が多くて同時に戦うにはちょっと手狭になりそうだ。

「そのあたりに関してはあのお色気ねーちゃんにも知恵を借りるとしよう。地元の目線は大事じゃ」

 マード翁がそう言ってまとめる。お色気ねーちゃんとは言うまでもなくシルベーヌさんのことだろう。


 そんなに長い期間離れていたわけでもないので、僕らの作った小屋はまだ充分使えそうだった。

 ブラ坂が強引に入ろうとしてちょっと壊れた男子小屋の入り口は修理が必要そうだけど、まあそれは急がなくてもいいか。別に防犯に気を使うような面子でもないし。

「いきなりやり合うわけでもないなら、どうしようかのう。フルプレたちの調整が終わるまで酒かっ食らっておってもええんじゃが」

「ダンジョンで少し試してもいいかもしれませんね。私もアインさんも武器を変えたばかりで、手応えを確かめたいところですし」

 自分たちの寝床を整えながらマード翁とクロードが言う。

 そこでふと思いついた。

「ああ、それならダンジョンじゃなくてもいいんじゃないかな。ダンジョンは今からじゃ入れてもらえないし」

 正確にはロゼッタさんたちのダンジョンならいつでも入れるけど、もうブラ坂やシルベーヌさん、それにマキシムたちが掃除はあらかた済ませているだろう。試し振りにはもう旬が過ぎている。

「確か、ここの斡旋所って普通の依頼もあっただろ」

「……手ごろなの、ありますかね……」

「あんまり歯ごたえがあってもらっても困るよ。クロードの言う通り、慣れてないんだから」

 ちょっとだけ、ゼメカイト時代の冒険感覚が恋しくなってきたところもあり。


「この依頼だね。……アンタがたには少し物足りないかもしれないね。アンタ“妖光の鬼畜メガネ”だろう?」

「……ええまあ。そう言われることもありますが」

 斡旋所では、どこ経由なのか僕は唐突に新しい二つ名で呼ばれてしまった。

 いや、滞在時に何度顔を合わせても覚えてくれなかった役人なんだけど、なんでそれで覚えちゃうの。

 あと、いくらなんでも早くない? 早すぎない?

 その名前が出てからまだ数日で、たとえ王都でそれ知っても徒歩でここに辿り着けないはずでは。

 ……空中便の手紙とかで噂が広がってるのかな。

 でもいくらなんでもそんな噂、どういう流れで出るんだろうな。貴重な速達便の手紙の中で。

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― 新着の感想 ―
[一言] “妖光の鬼畜メガネ”が早くも定着している……長いのにww フルプレさんもそうですがアインもけっこう攻撃を飛ばすので そこそこ広くて人に迷惑のかからない戦場は必要そうですね
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