ラングラフの剛剣
晩の見張りは人数がいるので随分楽だ。
ファーニィは「モンスターや野盗が近づいてきたらそこらの木が教えてくれますよ」というものの、まあそれを全面的に信用するのは(エルフを騙すトレントの例もあるし)遠慮して、持ち回りで数時間ずつ、数人ずつで番をする。
とはいえ、普通の徒歩の旅と違って全然疲れていないので、丸一晩寝ろと言われても困るくらいには体力が余っている。
当番同士の暇つぶしの雑談に、寝るはずのメンバーも混ざってきたりして、なかなかピタッと寝る感じにならない。
「酒持ってくるんじゃったのう」
「さすがに酔っぱらって騒ぐのはナシですよ」
「寝づらい野宿は強めの酒で無理やり寝ちまうってのも有効なんじゃぞ。まあクロード君にはまだ早いか」
「確かにここって安眠はしづらいですが。もう少しいい場所探すべきでしたかね」
「いちいちこだわっとったら冒険できんぞ。……後詰冒険隊を毎回使って寝床丸ごと設営させるんならその限りでもないが」
「それって我々くらいのパーティなら、もう難しくないのでは」
「まあのう……こういう旅でないならな」
クロードとマード翁が焚火をつつきながらお喋りしている。たまにユーカさんやファーニィがムクッと起きて乱入する。
アテナさんやロナルド、フルプレさんはそれぞれすぐに動ける体勢で就寝中。一晩二晩くらいなら横にならなくとも問題ないように鍛えるのが騎士団の伝統なのだそうで、本格的に休むのはデルトール入りした後で充分、という腹積もりのようだった。
そしてリノとジェニファーは牽引役としてしっかり働いたので熟睡中。ジェニファーが寝床を必要としないのはもちろん、リノはジェニファーの横っ腹に埋もれるようにして寝るのに慣れているので、もしかしたら一番安眠しやすいのかもしれない。
僕はというと、星を数えながら眠気を待っている。
まあ僕も最近は体力ついてきたので、一徹くらいならなんとか支障はない。でもさすがに元気いっぱいというわけにはいかないしな。
……星を見ていると故郷を思い出す。
家畜の番の手伝いをした時に、近所のおじさんたちから星の名前を教わって、それを家で妹にそのまま披露したっけな。
それもそんなに遠い昔の話じゃない。確か十四の時……六年前か。
たった六年。もう六年。
まだ二十歳の僕には、長いとも短いとも言えない時間だけれど……マード翁やファーニィからすると、やっぱり瞬きのような時間だったりするのかな。
僕もいつか、六年の時間のことをそう言うようになるんだろうか。
……なんてことを考えているうちに、いつのまにか瞼が重くなっていく。
翌朝。
起きてみると近くでオークが数体死んでいた。
「うわっ」
「あ、アイン様、おはようございまーす」
「何あれ」
「あ、夜中にこっちを襲おうとしてたらしくて。ロナルドとアテナさんがさっくりやっつけちゃったみたいです」
「えぇ……オークって戦う時結構うるさくないっけ」
「だから騒ぐ前に全員首すっ飛ばしたらしいですよ。……ロナルドもアレですけどアテナさんも最近仕上がってますよね」
死体を改めて見ると、確かに全部首がない。
しかし、オークも奇襲を意図して静かに近づくことはあるにしても、仲間がやられたら普通に騒ぐだろう。
その隙すら与えずに5、6体を全部斬首。
しかも夜目の利く相手に対して、夜中の出来事。
ただごとではない。
……改めて、剣豪二人が本気出すと結構シャレにならないな、と思う。
「おはようアイン君。今日は朝の鍛錬をするかい」
そしてちょうどアテナさんがどこかから帰ってきた……どこかから、というか、しっとりしているのは見ればわかるので、このオークたちの返り血でも落としに行っていたのだろう。夜明けにならないと水浴びも危ないし。
……相変わらず、鎧を脱ぐと普通に華麗な美女なんだけどなあ。
「やりますけど……襲撃があったら起こしてくれていいんですよ。そのための見張りなんですから」
「はっはっはっ。まあ、ロナルド殿がさっさと動き始めてしまったのでな。慌てて追ったら鉢合わせだ。そして戦闘時間は五秒もなかった」
「いや、それでも念のため起こして下さいよ。残党がいるケースもあるんですから」
「すまない。不慣れでな」
言いながらも朝の鍛錬の準備をする。
今日も大半は絨毯移動。体力を少々使ったところで問題はない。
二刀流にも慣れていないし、決戦が近い今、少しでも慣らす機会は多い方がいい。
クロードは今までの長剣を実家に置き、背中に背負わないといけない長さの大剣を代わりに持ち出して来ている。
見るからに何かしらの曰くがありそうな緑色の剣だ。
「その剣、何か特殊な効果とかあるの?」
「最初から強力な風属性を付与してあるそうです。アインさんのような魔力剣技の使い手が持てば、振り回すだけでその場を風の荒れ狂う嵐のように変えることもできるはずです。……私はそこまで使いこなせませんけど」
「できるとしても結構アレな効果だね……場の仕切り直しにはいいのかな」
僕たちがそんな会話をしているのを聞いたロナルドは、剣を磨きながら口を挟んできた。
「ラングラフ家は水霊一筋でもなくてな。かつては風霊や火霊にも騎士を輩出していた。その『嵐牙』は風霊にいた頃に、有名な魔剣鍛冶に作らせたもののはずだ。……飛び道具を潰し、場の支配権を握る良い剣なんだが、あまりにも象徴性が高すぎて水霊や火霊では大手を振って使いにくい」
「へえ」
そういうのあるんだな、と思う。
やっぱり水霊だと水を使う剣とかが正道なんだろうか。想像つかないけど。
「しかし、その剣をお前が使うようになるとはな。水霊の模範剣術一筋のつまらん使い手と思っていたが」
「ロナルド……」
「単純な大きさも問題だが、『嵐牙』は重心にクセがある。生半な鍛え方では思うように振れんはずだ」
「少しズルをさせてもらっている」
クロードは腕につけた「剛把の腕輪」に軽く触れながら言う。
ロナルドはそれを見て、魔導具に詳しいのか、あるいは話の流れで効果に見当がつくのか、フッと笑う。
「やはり、冒険者というのはいい経験のようだ。扱いきれない武器でも道具に頼ってモノにする……というのは、騎士の流儀ではないが、戦いのやり方としては面白い」
「邪道正道にこだわっていては、このパーティについていくのは難しい。私は元々段飛ばしで上を目指そうとしているのだから、生意気にやり方を狭めていては取り残されるばかりだ。ただでさえアテナさんにもアインさんにも後れを取っているのに」
「それがお前の生き方か。……否定はせん。世の中、最後には成した結果しか残らんものだ」
複雑に、互いに喧嘩を避けつつもどこか棘を見せながらも評価し合う叔父と甥。
いつか仲直りをするのか、それともぶつかり合うのか。
……僕にはどちらがいいとも言えないし、想像もできないけれど。
「二人とも、そろそろ始めようか。……二人ともその変則的な得物では、いちいち木剣を用意するのも難しい。今回は真剣でやろうか。死ななければマード殿が元に戻してくれることだしな!」
「うっ……!」
「……できるだけ当てないでくださいね、アインさん」
クロードはユーカさんとアテナさん指導を受け、確実に進化している。
僕も負けてはいられない。
……腕や首がすっ飛ぶのは「メタルマッスル」のおかげでなんとか免れました。




