アウトローとの野営
方針が決まったら、もうウダウダすることもない。
待てば待つほど不確定要素が増える。
それに元々身軽な冒険者、そしてロナルドも単独行動上等の放浪者だ。準備に時間がかかることはない。
翌日には空飛ぶ絨毯+ジェニファーによる高速移動を開始する。
デルトール~マイロンへの前回の移動が一日半だったので、それを逆に行くだけの今回、移動予定は一泊二日。
長めに見ても四日分以上の食料は必要ないだろう。
旅で地味に問題になるのは飲み水だが、それはもう僕とファーニィ、それにリノという水生成魔術要員がいるので何も問題ない。あの発明家のバルバスさんから買った「熱湯リング」のおかげで炊事はかなりの時間短縮もできるし。
「ファーニィもお茶飲む?」
「いえ、私お湯はちょっと」
「……そういえばそんな話あったね」
宿泊予定地で、ついて早々手早くお茶が出せるのが嬉しくて、つい勧めてしまったが……そういえばエルフ文化的にはお湯はダメなんだった。
「冒険者は便利な道具を用意しているものだな」
ロナルドはそういう輪に意外と馴染んでいる。
クロードとは微妙な緊張感が続いているが、フルプレさんは苦々しい顔をするものの「昔なじみの扱いにくい奴」程度の態度で接しているし、アテナさんは素なのか努めてそうしているのか、全く気にした様子もなく、ミリィさん相手とあまり大差ない距離感だ。
「それに、そのライオン。相当に頭がいい。馬やロバよりも言うことを聞くんじゃないか」
「ジェニファーは賢いよ。多分僕より頭が回ると思う」
「ガウ」
ジェニファーを撫でてやると、彼は得意そうに胸を張る。
それを見たロナルドは、撫でてみたいのか、微妙に手をそわそわ上げて、思い直した感じに下ろす。
ちょっとだけ安心した。こいつもモフモフ党だったらちょっと対応に困る。女性陣はともかく、いい歳の中年男が動物にデレデレしてるところは曰く言い難い雰囲気になりそうだし。
「……人を連れ歩くのはこの身の上だと面倒だが、合成魔獣を飼うのはいい選択肢かもしれんな。暇潰しにもなりそうだ」
「まあ、合成魔獣はそういう魔術師から譲り受けることはできるらしいから止めはしないけど……放浪生活ってそんなに退屈なのか」
「やりたくないことをやらずに済むのはいいが、退屈しのぎには困るな。山賊どもの頭領に祭り上げられていた時には連中なりに余興を見せてきたが、品性のない連中の娯楽は品性のない奴にしか楽しめん」
「……内容は聞かない方がいいんだろうね」
「タガの外れた連中の面白がることだ。茶がまずくなるだけだぞ」
そう言いつつも、そういう奴らを斬り捨てずに一応頭領として行動を共にしていたあたり、この男が正義漢ではないのはわかる。
まあ、元々そういう「世のため人のため」という価値観が希薄なんだろう。
それらと縁遠いということなら冒険者だって似たようなものだけど。
「その山賊どもはどうした。結局、すべて死んだのか」
フルプレさんが気にする。
が、ロナルドは肩を軽くすくめて。
「元々ただの烏合の衆だ。冒険者か傭兵か、それですらない食い詰め者か……ただ強い暴力に相乗りすれば食い扶持にありつけるという、それだけの理由で集まっていた者たちだ。別にそうあることに誇りも理由もありはしなかった。風向きが変わればそれまで。また素知らぬ顔で世に紛れているだろうよ」
「それで許されるはずがあるか」
「ならばどうにかして捕まえて裁け。私を含めてな。……無論、裁かれてやる気もないが」
「…………」
「立場の弱い民は、ほんの少し掛け違うだけで容易に窮する。もちろん生来の邪悪もあるだろうさ。だが、腹をすかせた子を前に、他人から奪って与える邪悪となるか、それとも見殺しか……という選択を迫られる者は少なくない。……山賊団など、言うまでもないどん底の連中だ。そうやって生きることに行き詰まれば、また別の泥を啜って生きようとするだけのこと。キリのない地獄の道を行く彼らを許せとは言わんが、岩をどけてまで踏み潰すより、他にやることが貴方にはあると思うがね」
「……口達者な奴よ」
「そうか? 初めて言われたな」
「まあまあまあ」
フルプレさんとロナルドの間に、アテナさんが割って入る。
「理想を言えばどうしようもない類の話を吹っ掛けるものではない。それは此度の戦いが終わった後にでも、存分に言い合ってくれ。ロナルド殿もわかっているだろう。王子をつついてどうなる話でもないと」
「…………」
「王子もだ。そんなことのために彼を招聘したわけでもないだろう」
「……しかし、看過してはいけないことだ」
「だが看過してくれ」
「ストライグ!」
「言い方を変えようか。彼と喧嘩するしかないならここで終わりだ。彼を外してアイン君やユーカの勝算をいたずらに下げるなら、討伐の話はナシだ」
「ぐっ……!!」
「王者たるもの、大事のために小事を棚上げすることも当然にできなくてはならない。王は神ではなく、時間は有限だ。違うかな」
「……くっ」
さすがアテナさん。フルプレさんを冷静にやり込めた。
まあフルプレさんは正確にはあくまで王子でしかなく、王様になるのはいつの話かも分からないし、なれるかも完全には決まってないんだけど。双子姫とか、彼に王位継承して欲しくなさそうだし。
「なかなか王子の手綱を引くのが上手いな、ストライグ。いっそ夫婦になってはどうだ」
ロナルドがニヤつきながら言うが、アテナさんは。
「ううむ……遠慮しよう。少々好みでない」
えっ。
……アテナさんに好みってあるんだ?
あ、いや、当然あるだろうけど、自分をねじ伏せられる男なら嫁になってもいいとか言ってたし、フルプレさんはその可能性がある数少ない男なうえ、結構なハンサムだから、条件的に言うことないんじゃ……。
「私は強くてまっすぐな男が好きなのだ。王子は強いが、まっすぐというより考えが浅いだけだ」
「吾輩本人を前に随分な言いようではないか……」
「他ならぬ我が身の振り方だからな。嫁になるからには支え甲斐のある相手がいい。王子を支えるのは徒労ばかりが多そうだ」
「ぐぬぬ……」
言い返せないフルプレさん。
遠慮なく笑うマード翁とユーカさん。
「うひゃひゃひゃひゃ。アテナちゃん言うのう」
「すげー的確で笑うしかねーわ」
……アテナさんはそのマード翁にいい笑顔で振り返り。
「マード殿なら、本気であるならまあまあアリだぞ」
「……いやワシもやめとく。というかワシ、女の子に関しては基本一晩の関係でええわ」
「残念だ」
……矢印が基本的に一致しないね、うちのパーティ。




