狂戦士の視線の先に
今現在のロゼッタさんは、せっかくの千里眼も損傷し、あまり遠くから物を探すことができる状態ではない。
だが、「邪神もどき」をおびき寄せるエサとしては、やはり大いにアテになる存在でもある。
せっかくダンジョンを潰してまで生活拠点を作り、なんとか探知を避けるようにしてはいるが……それを外に出すということは。
「相手は人間大で一体。戦争に割り込んで悠々と好きにするくらいだし、こっちの頭数を揃えたって無駄、モンスター相手の戦闘術はほぼ無意味。やり合える人間を今以上に揃えるアテはねえ」
と、ユーカさんが言う通り、少数精鋭で迎撃する態勢を整えてロゼッタさんの近くで待つ……というのが、今は一番確実な「決戦」の起こし方だろう。
「他の騎士に声はかけているのか?」
ロナルドの問いに、フルプレさんは首を振る。
「地霊の連中は集団戦が本領だ。ちらほら腕のある奴もいるが、本質的に不向きな戦いでしかない。風霊団長のジャービスはモンスターとの戦闘経験がほぼない。ぶつけるには不安がある」
「ふっ。まあ、残るはスイフトだが……スイフトも俺に引き合わせるのは具合が悪い、ということか」
「スイフトは吾輩に何かあったら王都の守りの総指揮を執ることになっている。地霊や風霊では取りまとめには向かん」
「どちらも上に立つには癖が強いからな。……直衛四騎士団以外にも剣の使い手はいるはずだが」
「吾輩と貴様、それにストライグがかかって負けるなら、それ以上は誰を呼んでも生贄でしかないだろう」
「それと、アイン・ランダーズ、それにユーカ・レリクセン……か」
「ヒヨッコに頼るのは最後にしたいところだが」
苦々しく言うフルプレさんの脛をユーカさんは蹴飛ばす。
「ちょっと手に詰まったら体当たりしかしなくなるテメーに比べりゃ、アインの方がよほど頼れるっつーの」
「ぐぬっ。……しかし、吾輩のような耐久力はあるまい」
「そこで負けるようならテメーに頼りやしねーよ」
フルプレさんの本当の強さは、その防御性能を長時間維持し続けられること。
あのクレスキンの鎧も厄介だったが、フルプレさんは自前でどんな鎧もあれ以上の性能にしてしまう。正面から戦う限りにおいては難攻不落としか言えない。
さらにその身体能力は、なんの魔術も使わなくても驚異的なパワーとスタミナに溢れていて、こと壁役・囮役においては今も全冒険者の頂点と言っても過言ではない。
相手を問わず、小型から大型まで、どんな相手でも足止めは彼に任せておけばいい……と断言できるのが、冒険者としてのフルプレさんだ。
だからこそ、後衛多めのユーカさんたち“邪神殺し”パーティは、なんだかんだ言ってもフルプレさんがいてこそ安定した、と言える。
ユーカさんは攻撃面では冗談のように強いけど、負傷も多くて安定感はイマイチだったみたいだしね。
そして、そのフルプレさんにすら「吾輩と互角以上」と言わしめる正統派の剣の使い手がロナルド・ラングラフ。
僕と戦った時すら、まだ底を見せていなかった。
敵に回すと恐ろしい相手だったが、味方としてならこれ以上頼れる騎士もそういないだろう。
「デルトールまでは徒歩か?」
「いや、ウチの合成魔獣のライオン使えば倍速以上だ。……狭い絨毯の上にフルプレやクロードと同乗することになるが、喧嘩はすんなよ」
一番無駄な喧嘩しそうなユーカさんが釘を刺すが。
「はっはっは、私が仲裁しようじゃないか」
アテナさんが買って出る。
……っていうか、一枚の絨毯の上にフルプレさん、ロナルド、アテナさん、クロード……重装騎士が四人もひしめく上に、マード翁や僕、ファーニィ、そしてユーカさんも乗るわけだ。
「めちゃくちゃ暑苦しくなりそうですねぇ……」
ファーニィがぼやく。
「なんならファーニィ、こっちに乗る? ジェニファーの上」
「魅力的な提案だけど、私が抜けるとアイン様がずっと減速術式担当しなきゃいけないからさ……」
「あー」
暑苦しいうえに魔術要員が少なすぎる。
っていうか絨毯、保つのかな。離陸できなかったらどうしよう。
ロナルドに対する報酬の話は簡素なもので、端的に「金」だった。
「赦免など望むつもりはない。今でも困っているわけではないからな」
あくまで彼を捕らえようとする相手は薙ぎ倒し、悠々とまかり通っていく腹積もりらしい。
王家側もそれをみすみす放置しているというのを公にはしづらい。
結局、ロナルド側は声高に自らを喧伝して敵対しないでいるうちは、王家も全面戦闘を避けられるうちは避ける……という、微妙なバランスで彼は自由を維持することになる。
「そうやっていつまで国内を荒らすというのだ」
「市中に私がいるだけで荒れるのは体制側の勝手な都合だ。もとより水霊を追放した時に後悔すべきだったな、王子」
「…………」
兜の中から重低音の唸り声を響かせるフルプレさん。
まあ、実際多少無理をしてでも王家が彼に与えた立場を守っておけば、こんな事態にはならなかったのだ。
「ロナルド。……お前は何が望みなんだ。何を求めて、今も騎士の恰好でウロウロしてるんだ。誰と戦うわけでもなく」
疑問に思ったので問いかけを投げる。
ロナルドは薄く微笑み。
「……まさに、それだ」
「?」
「水霊の団長に収まっている時も、それ以前も。……この私は、何をすれば正しかったんだ。誰と戦い、何に勝てばよかったんだ。……努力して、模擬試合の虚ろな勝利を重ねて、私は人生をかけてどこを目指せばよかったんだ。……団長に上り詰めた時には、ここが自分の目指した場所だと己に言い聞かせていた。そこに座ったから何だ、と問う己の内の声を聞かぬふりをして、退屈な騎士団同士の見栄の張り合いに付き合っていた。……追放にはむしろ感謝している。あの場所には何も意味などなかった。太平の世は、少なくとも私の居るべき処ではなかった」
ロナルドはそこまで語り、ふと何かに醒めたように息をつき。
「その先は、もう語る意味もあるまいよ。……少なくとも、この戦いに臨めば、答えの一つにはなる」
「…………」
僕は、メガネを押して。
……冒険者の引退にも通じるところがあるな、と、頭の片隅で思う。
ユーカさんも同じく、極限の彼方にありながら、そこで手に入る栄光と末路に人知れず悩んでいたように。
彼は「その力を持った意味」が、欲しかったのだろうか。
僕は……僕の人生は、どこに落着するんだろうな。




