追う者、追われる者
港町マイロンに再び船で渡り、酒場につくと、カウンターにロナルドが普通にいた。
「……ロナルド」
「先に一杯やらせてもらっている」
とりあえず、もう斬りかかってくるつもりはないらしい。
いや、話の流れ上当たり前ではあるけど、本当にもう一応仲間……というか、味方のつもりになってくれているのはやっぱり意外で、妙な気分だ。
「それで、何か分かったか」
「今そこの店主に結果を聞くところだよ」
僕が目線で訴えると、店主は溜め息をつき。
「報告しちまっていいんですか」
「聞かないことには始まらない」
「……大した発見はありませんよ。ただ」
僕たちにも酒を注ぎ、配りながら、店主は。
「……やっぱり何かしら怪しいと思えるのは、水竜事件。それに、例のラウガン連合によるデルトール侵攻……邪推ったら邪推なんですが。全く今である必然性のない数十年に一度の大事件が、狙い澄ましたタイミングとしか言いようがなく旦那方にブチ当てられている」
それでもやっぱり偶然じゃないかな、と思うのだけど、マード翁やフルプレさんは頷いている。
「言うからにはその『裏』も、ある程度はつついておるんじゃろ」
「ええ。水竜はレンダー湖にずっと住み着いていたとは思えません。少しでもそういう動きがあったら沿岸の我々にとっちゃ死活問題だ。何かしらの噂は水運に関わる連中に流れているはず……でも、直前まではその気配がなかった。……誰かが遠くからおびき寄せたんじゃ、って考え方もできますな」
「ドラゴンをおびき寄せる……!?」
「不可能でもねえぞい。……奴らも所詮動物じゃ。接触できれば誘導はできるじゃろ」
マード翁は特に慌てもせずに言う。
フルプレさんはヌウウウ、と低音を兜の中から響かせて。
「けしからん。王都を危険にさらすとは」
「問題は狙う意味……いや、とりあえずそれは後にするかの。んで、ラウガン連合のほうも」
「ええ、誰かが向こうで煽った形跡があるようです。タイミング的には旦那方がデルトールにいついた前後ってとこでしょうか。旦那方は先に気づいて戦火を避けちまいましたが、巻き込む気だった……と、取ることもできますな」
「……つまりあれじゃな」
マード翁がユーカさんに視線をやると、ユーカさんは溜め息をつき。
「じゃあ何か? アタシらを追跡して、デカい戦いを意図的にぶつけようとしてるバカがいる……って話かよ」
「意味が分からない」
僕が思わず漏らし、その説明を店主に求めるが、店主は首を振り。
「意味なんてこっちが知りたいくらいですよ。いち冒険者パーティを付け狙うにしては、やることがデカすぎる。これだけのことを本当に狙って起こせる実力があるなら、直で襲う方が全然簡単でしょう。それに旦那方は今はともかく、水竜の時にはまだ危なっかしいパーティだったはず。あのアーバインがいたとはいえ、水竜をつつけるような実力者が手を出しあぐねるってことはないでしょうよ」
「……それは」
「だから、大発見とは言えない。ただの偶然かもしれない。見ようによっちゃ……って具合なんですよ。そういう流れを探せって依頼だからそういう目で見ますが、偶然じゃない、狙われてる! なんて冒険者が自分で言い出したら、笑って流すような話です」
「……で、じゃ。本命の『邪神もどき』の噂もそれに関係しとるんじゃな?」
「貰った情報をこっちで飲み込んで再配置、ようやく、って感じですがね。……合成魔獣作りの魔術師を重点的に確認、その周辺も洗って……まあ、こっちも目新しくはない。イスヘレス派の魔獣合成師ばかりが重点的に狙われているだけで、他の被害が妙に少ない。それが迷宮を脱した邪神だっていうなら、町の一つや二つは無くなるのが当たり前の話だ。よほど知性があって、ヒューベル王国にバレたくない、という意図があるっていうならそれでも辻褄が合いますが……もし旦那方の言うとおりに合成魔獣だっていうなら、旦那方を追っていた誰かが主人、なんでしょうよ」
「…………」
何かが。
僕たちの冒険を……強くなるための足跡を追い、隙あらば過大な敵をぶつけ、試そうとしていた。
「心当たりは……ある? ユー」
「さぁな。恨まれる理由がねーとは言えねーよ」
ユーカさんは不貞腐れたように言う。
まあ、ゴリラ時代もカラッと明るい人ではあったけど、もし喧嘩を挑まれれば率先して買ってたとこはあるし、妬まれても仕方ないくらいには活躍し、稼いでいた。
その時代に関わった誰か、となると、誰それに違いない……とは、とても言えないほどの候補が出る。
フルプレさんやマード翁に目を向けても、首を振るばかり。
「まあ、はっきりしたじゃないか」
ロナルドが杯を置いて皮肉げに笑う。
「追われていたのはお前たちだ。追っていたのではなく。……『邪神もどき』とやらを倒しても一件落着ではない。その後ろの誰かの胸倉を掴まねば、話は終わらん。次はもっと厄介な何かを用意しているかもな」
「……最初から、それを言っていた……のか?」
「お前の成長は異常だ。アイン・ランダーズ。……私への危機感が助長した面はあるにせよ、こうまで急成長するには、誰かの作為がなければ材料が足らん。話に聞く限り、水竜が何かの転機……なのだろう」
「…………」
「あるいは、相手はそれが目的かもしれんな。……さて、それを踏まえて、これからどうする。ひとつところに腰を落ち着けていても、いつかはカチ合うだろうが」
「考えがある。デルトールだ」
ユーカさんは腕組みをして、座っていてもまだ目線の高いロナルドを睨み上げた。
「アーバインの孫……千里眼のロゼッタ。アイツを外に出す」




