ゴリラの後継
稽古が一通り終わったところでユーカさんが来た。
「おー。やってんな」
「ユーカ。遅すぎるぞ」
「うっせーよ。アタシはオメーとやりにきたんじゃねーっつーの」
フルプレさんの苦言を雑に返し、ユーカさんは練習剣を一本取ってミリィさんの前に出る。
「この姉ちゃんとまた戦る約束しちまったからな」
「ありがとうございます」
知らない話だけど、ここ数日の間にまた何か話したんだろうな。
ミリィさんは以前、ユーカさんに変則戦法でさんざんに転がされている。
そのリベンジマッチを願い出た、というところか。
「こっちとしても肩慣らしが欲しかったとこだ。あれからだいぶ戦って、このカラダもけっこー馴染んできたからな」
「そうなのですか」
「おー。まあいつもはアインたちに任せっきりだけど、アタシだって成長しねーとな。そう考えれば筋肉が減ってやり直しってのも楽しいもんだ」
前向きだ。
とはいえ、冒険者としてまたゴリラを目指してもらっても困る。せっかくそれ以外のものを目指すチャンスなのに。
でも実際のところ、このパーティでユーカさんの果たす役割は戦闘面以外のところでも大きいし、やめてもらうわけにはいかないからなぁ……。
「んじゃ、やろうぜ。言っとくがアタシに剣術は期待すんなよ。あくまでゴブリンかなんかだと思ってくれ」
「……それもどうかと思いますが」
「ゴブリンなめてっと熟練者でも死ぬぞ?」
と、ユーカさんはミリィさん相手に軽快なステップで攻勢に入る。
さすがにそれで何度も翻弄されたミリィさん、冷静に構えて動じない……が。
「打って来なくていいのか? 溜まっちまうぜ?」
「?」
「ほらよっ!」
唐突に繰り出されたユーカさんの剣をミリィさんはいなし……いや、いなそうとして出した剣を、突然ヘシ折られる。
「えっ!?」
打ち合った角度は決して真っ向ではなく、斜めに力を逃がす角度であったはずなのに。
全く無関係にボキンと折られる練習剣。
直観に反する現象に、ミリィさんは驚いて動きが止まる。
そこにユーカさんの返す刃が叩き込まれて、ミリィさんはたたらを踏んで後ろに下がり。
それ以上の追撃はアテナさんが制止する。
「そこまで。……今ので死んだぞ、スイフト団長」
「くっ……い、一体」
「『ソードブレイカー』だ。そんなに驚くほどのもんじゃねーだろ。斬撃や衝撃を捨てて、破壊に魔術的意味を集約しただけの技だ」
「そんな技を使うゴブリンがいますか!」
「いねーけどさ」
ユーカさんはさらりと言う。
……そうか。魔力を注ぎ込んで本来の剣の性能を増強するばかりじゃなく、他の「意味」を切り捨てて特化し、傍目には理不尽な現象にする……というのも、初歩の魔術。
方向性としては、拳を固めて打撃武器にする「拳士の腕輪」などと同じ種類の魔術だ。
とはいえ、普通の戦士が簡単に思いついて実践できるようなものでは、もちろんない。
ただシンプルに魔力を注ぎ込めばいいというものではないし。
「ゴリラだった時にはとりあえず全力でブチ込めば大抵の相手の武器ごとヘシ折っちまったから、こんな小賢しい魔力の使い方なんてしなかったんだけどな。どうしてもそうはいかないとなれば、結構やりゃあできるもんだ」
「お前だけだ、そんなデタラメは」
「アインだって似たようなモンじゃん。あいつのレパートリーもうアタシが教えてない技ばっかじゃん」
フルプレさんに舌を出すユーカさん。
「ってわけでアタシに攻めあぐねるとこんなんも出す。モタモタはさせねーぜ?」
「……わ、わかりました。またもう一本お願いします」
ミリィさんは新しい練習剣を取りに行く。
一方で、フルプレさんと打ち稽古をしてさんざんにやられたクロードが治癒師の治療を受けて復帰してきた。
「マードさんやファーニィさんだと一瞬なんですけどね。やっぱりあの二人はモノが違う」
「マードさんはともかく、ファーニィもちょっと見ないでいる間にどんどん治癒速度早まってて凄いよね……」
もうシンプルな治癒だと通常の10倍速を超えたらしい。
治癒師のそういう鍛錬は患者がいなくても空いた時間にできるんだそうで(もちろん患者がいた方が効果を実感しやすい)、つまりファーニィはあんなお気楽呑兵衛女子してるだけに見えて、結構真面目に地味な練習を続けていることになる。
しかし10倍速まで習得というのはかなり凄いことらしく、マード翁も最近は「ワシもう前衛に専念しちまおうかのう」と言っているほどだ。
手足の切断などのよほどの大怪我ならともかく、ちょっとした怪我ならもうファーニィ任せで全然問題ない。
……僕よりよほど凄い掘り出し物なんじゃないかな彼女。王都みたいな平和な地域じゃ無用の長物の冒険者と違って、治癒師の需要はどんな世の中でも絶えることはないし。
という話をしているところに、ユーカさんが声をかけてくる。
「なー、クロード。……お前もっとデカい剣使った方がいいんじゃね? あの温泉の時のおっさんみたいな」
「はい?」
温泉の時のおっさんというと、マード翁の知己だった渋いヒゲ冒険者ウォレンさん。
彼は結構な迫力のグレートソードを得物にしていたが。
「ええと……私が、ですか」
「ああ。お前、優等生過ぎてイマイチ迫力足らないんだよなー。後ろから見ると前衛としては充分なんだけど、魔力剣技もあんまり使えねーしさ」
「それはアインさんが異常なだけです」
「まあそーなんだけどさ」
二人とも真顔で言うので僕はツッコミを入れたくてしょうがない。
でも我慢する。話のポイントはそこじゃない。
「もっとデカい剣を持つようにすれば、魔力剣技に頼らなくても素の威力でもっとゴリゴリいけんだろ。アインはまた変な方に行き始めたけど、お前もともとカラダできてっから、ゴリラっぽい戦い方に向いてるし」
「いつも思うんですけど、ユーカさんって色々聡明な方なのにゴリラ戦法推しが強すぎませんか」
「戦いはパワーだ。圧倒的パワーがあればワザなんていらねーんだ。ワザはそれで足りない時の間に合わせだ。アインはゴリラの素質ないし、近づこうともしねーから諦めたけど」
僕を横目で見上げ、はぁー、と残念そうに溜め息をつくユーカさん。
いや、僕もこれでも頑張ってますよ。クロードも努力を欠かさないから相対的にまだヒョロく見えるだろうけど、ゼメカイトの頃よりは人に見せられる身体になってきたんですよ。
食うや食わずで、農場警備依頼のまかない飯に期待して受けるほどの貧乏生活だったから、今みたいに筋肉つける材料すらなかったんだけど。
「お前はもっとパワーの申し子になれる素質がある。そのためにはデカい剣だ。デカい剣とデカい筋肉でデカい夢を勝ち取る! そんな男にこそ女も惚れるってもんだろ」
「そ、そうですかね」
「少なくともあの双子姫は、今のパッとしねーお前のままじゃ残念な顔しかしねーと思うぜ」
「うぅ……!」
かなりユーカさんの偏見が入っていると思うが、まあ双子姫もかなり戦闘力偏重の気があるのは間違いない。
クロードは悩んだ様子を見せたが。
「……い、今のパーティは……前衛にアテナさんもいることですし、私が技巧派を気取ることも、確かにないんですよね」
「そうそう」
「大剣も、実家が業物を数本死蔵していたはずですし……」
「いいじゃんいいじゃん」
ニコニコしているユーカさん。
「ロナルド相手の戦いも当分しなさそうな流れですし」
「うんうん」
……そういえばロナルド戦の戦力になるって触れ込みだったね、クロード加入時。
習熟度の高い長剣にこだわる理由はそこにもあったか。
「……わかりました。私も……転向、します」
クロードは首を縦に振り。
この日を境に、大剣使いとしてデビューすることになった。




