二刀流の鍛錬
どうも僕の新しい二つ名の主な出どころは貴族筋らしく、宮廷内で冒険者が話題になるというのはなかなかのことだというのもあって、訂正しようにも難しいらしい。
「双子姫から流してるってわけじゃないんですよね」
「違うっぽいのう。そもそもあの二人はそれを聞くたびに、なんじゃったかな、別の名前を推す側らしいが」
「……“ヒューベルの”のほうかー……」
フルプレさんの付き合いで(ついでに伝説の治癒師ということで高額でも治療してもらいたがる一部貴族に応える形で)マード翁は宮廷に出入りしている。
その彼の感触ではそういう感じらしい。
「しかしあれじゃな。妖光とはまたおどろおどろしい。ワシから見るとむしろおめでたい感じに見えるが」
「おめでたい感じ出されてもそれはそれで困りますね……」
「あと“邪神殺し”や“女ったらし”に比べるとちとクドいのが気になるのう」
「それは確かに。そのうち略されますかね」
「うーーーむ。それはどうかのう。ただの“鬼畜メガネ”だと一般名詞過ぎるが、“妖光”じゃと人の異名としてぼんやり感高すぎるからのう……」
「……二つ合わさることで邪悪感がすごいんですが」
「ま、ええじゃろ。わざわざヤバげな二つ名自分で考えて名乗る連中も多いんじゃ。冒険者なぞビビられてナンボじゃろ」
「えぇ……」
……まあ、そういう面もあるのは否定できないんだけど。
カミラさんに絡んでいたチンピラが比較的あっさり退散してくれたのも、“鬼畜メガネ”の異名が広がってくれていたおかげでもある。
もっと有名になれば、わざわざ揉めるまでもなく話が終わることだろう。
でもなあ。僕にそんなやばい振る舞いを期待しないでほしいなあ。
一応それっぽく振る舞う方が話が早くなるから、たまにはそういう演技もするけどさ。
「それよりクロード君が最近元気ないのが気になるがのう」
「……あの一件、クロードに何も話が行ってなかったのが結構こたえたらしくて」
「あの双子姫のことじゃし、考えがあってのことじゃねーかの」
「まあそうだと思うんですけど」
正確には、双子姫は「王都内で僕の能力を披露するのにちょうどいい獲物」としてあのクレスキンを「キープ」していたのであって、クロードはどのみち関わらせてもらえなかったと思うけど。
でもクロードとしては、あわや望まぬ結婚を強いられるところのマリス姫を自分で助けたかったわけで。
もしそれが叶っていたら、冒険者としてのキャリアを積み上げるまでもなく「ゴール」に至れた可能性だってあったわけだ。
……本当、残酷だよなあ。ああいう謀略好きの女の子に純愛を向けるっていうのは。
「どうするんじゃアイン君。もしかしてこのままフルプレの義弟になっちまうつもりか」
「その気は全くないです」
「即答じゃな」
「僕、他国の農奴ですから。お姫様と結婚したって、苦労以上のいい目が見られるとは思えませんよ」
「……まあ、ユーカですらあれじゃしの」
「ただ、あの二人を敵にも回したくないんで、現状要請には応えますよ。……支障のない範囲で」
「そこんところは心得てくるのがあの姫様たちじゃよなぁ……」
「『邪神もどき』やロナルドを放置してしまって、現状一番困るのって王家ですしね」
あの二人は自分が「王女」であることをよくよく理解している。
王家が危うくなっては権力も謀略も何もありはしない。国家と王家の安定あっての自分たちだというのは、第一王子以上にわかっているだろう。
「さてと、ワシも出るとするかの」
「今日も治癒ですか」
「女の子じゃからのー。オッサンやジジババの治療ならどれだけ積まれてもシカトじゃが、若い娘が苦しんどるのはいかんぞ、うむ」
にひひ、と笑いながら手をワキワキさせて宿を出ていくマード翁。
とはいえ、あの人実際は結構真面目だからなー。
どうもファーニィが観察したところによると、そんなに豊かでない下町をフラフラ散歩しては、古傷に苦しむ怪我人や目に付く病人に、ちょっと手を貸す感じでホイッと治癒術をかけていくという、まるで通り魔みたいな慈善活動を、行く街々でちょいちょいやっているらしい。
もちろん、そこに老若男女の区別はなし。
それで酒盛りなどの集まりに遅れることもしばしばで、それを誰にも言わない。
……あれが彼の言うところの「癒したい相手を癒す」という理想なんだろうな。
やっぱり傑物だ。普段の調子からはとてもそうは見えないけど。
鎧はまだ時間がかかるので、僕は間に合わせに買った革鎧を纏って、王国軍の練兵場に足を運ぶ。
風霊のアテナさん、火霊のフルプレさん、そして水霊のミリィ団長とクロード。
それぞれ所属が違う相手に会い、稽古をつけてもらうのには、各騎士団の所有地ではちょっと揉める。
なので、目立つとはわかっていても、城に近い共有の練兵場に行くしかない。
「おはようございます」
「その挨拶をするには遅かろう」
既に顔まで隠れる完全武装姿で腕組みをするフルプレさん。
その斜め後ろにはカミラさんもいて、小さく手を振ってくる。
あの“四本腕”メルビンさんを訪ねてから、妙になんか距離感が縮まっている気がする。
「本来なら夜明けからみっちり鍛えるのが火霊騎士団のやり方。特に貴様のような貧弱な未熟者は密な鍛錬こそが……」
「長話はそれこそ時間を損なうというものです、王子」
「ぐぬ」
スッと制したアテナさんは顔を晒している。
さすがにお揃いのように覆面騎士で並ぶのは気が引けたか。……まあ、僕相手にそこまでガッチリ防御する理由もないしね。
そして水霊のミリィさんことミルドレッド・スイフト団長は、落ち着いた所作で進み出る。
「聞けば前団長……ロナルド・ラングラフとも剣を交えたとか。それを相手に互角以上の戦いを演じたというのは、聞いていた以上の出来栄えです」
「多分、本気出してませんでしたよ、ロナルドは」
「そうだとしても、彼は無意味に手を抜く性格ではありません。少なくとも彼の予想を大きく超えた成長をした証拠でしょう」
「だといいんですが」
「それを確かめ、締めるべき場所を締め直すのが今日の趣旨です。……火霊のマートンさんによれば、二刀流に転向したとか。いざこれからという時期にするには難しい挑戦と思いますが」
「道理を踏まえたうえでのことなんですけどね」
元々、そんなに固執するほど一刀流の経験値が高いわけでもない。
それに「オーバースラッシュ」を主体に戦う僕は、むしろ中距離戦が本領。
二刀流の特に難しい点である「一本に力が集約できず、攻防ともに散漫になりがち」という点に関して言えば、近づかせずに高威力の斬撃を多数振れる僕はデメリットを踏み倒せる。
まあ、訓練でその戦法をやるわけにはいかないので、地道な打ち稽古ではそれを主張もしづらいけれど。
でも、接近戦の訓練は必要だ。
雑魚モンスターならともかく、「邪神もどき」が相手なら完全に中距離で封殺というのは難しいだろう。
「それにしても……こんな面々に稽古をつけてもらうなんて、相当な贅沢ですよ」
クロードは苦笑。
彼もついでに稽古をつけてもらう予定だ。
元々僕ともども、アテナさん相手にはいつも稽古しているけれど、フルプレさんは基本あんまり混ざらないし、ミリィさんは王都詰めだしな。
というか、フルプレさん相手の稽古は最終的に「フルプレキャノン」をどうするかの問題になってしまうので、あんまり頻繁には僕たちとしてもやりたくはない。
ちゃんと剣術もできるんだけど、ムキになるからなー、この人。
「それでは、まずは私から」
ミリィさんが相変わらずの教科書通りといった美しい姿勢で練習剣を構える。
僕も借り物の練習剣を二本掴み、グッと半身に引く。
「では……始め!」
練兵場全体からの視線を感じながら、アテナさんの号令を受け、僕はミリィさんとの稽古に挑んだ。
「……驚きますね」
結局、僕の二刀流は届かず。
したたかにやっつけられて城付きの治癒師に治療される。
が、ミリィさんもおかしなものを見る目つきで僕を見ていた。
「マートンさんの話によれば、熟達した二刀流の使い手に少し指導を受けたということですが、それだけでここまで……」
「そこまで驚かせるくらいサマになっていたら重畳ですかね」
そもそも一刀流でもミリィさんにかなうわけではないので、ある意味これは当然の結果ではある。
そして、見ていたアテナさんは笑みを浮かべて頷き。
「強い者は何を持っても、強い」
「アテナ……」
「武器を変えれば攻撃法は変わるが、間合いの見極めや勝負勘が変わるわけではない。それを十分に生かせるのなら、持つのが槍でもナイフでも、彼は侮れない戦士足りえる。特に冒険者というのはそういうものだ。モンスターは、どうやってでも殺せればそれでいい相手だからな」
「……なるほど」
頷くミリィさん。
「さあ、次は私だ。風霊にも当然、二刀流の構えがある。じっくり指導してあげよう」
意気込むアテナさん。
その向こうでフルプレさんにひねられているクロードの姿。……そして、遠く城のバルコニーには、こっちを見ている双子姫らしき人影が見える。
……クロード、もっと根性見せないと駄目だぞ、今は。




