妖光
ちょっとだけやり過ぎてしまったようで、クレスキンは慌てて駆け付けたミミルの治癒師の施術をもってしてもなかなか意識を取り戻さない。
というか、しばらく見ていたら治癒師がだんだん焦り始めている。
「だ、誰か他の治癒師を連れて来てくれ……臓腑のダメージが大きすぎて治癒が間に合わない」
「本部ならともかく、ここにはお前以外いないぞ! だいたい、今日怪我人が出るなんて聞いていなかった!」
「そんなこと言っている場合じゃない! クレスキン卿が死ぬかどうかの瀬戸際だ! この際市井の者でも騎士団でも誰でもいい! とにかく私だけでは手に負えん!」
なんかえらい緊迫感出てるぞ。
「どうしましょうかね。あれ死んだら僕、捕まります?」
「私たちを信用なさって♥」
「もとより私たちをはじめ、城の者がこれだけ見る前での決闘、ミミルの番頭如きに事実を覆すことはできませんわ♥」
……「ミミルの番頭如き」かぁ。
さっきは立場的に苦しげに振舞ってたけど、本音では彼女らの中ではそういう扱いかぁ。
いや、まあ、そりゃそうだけどね。
仮にも王族の前での公認の勝負だ。
何度も降参できるポイントはあったわけで、負けを認めず深手を負ったのはクレスキン本人の選択だ。
僕が責められたら理不尽ってもの。
……だけど、まあ、そういう「お上の気分次第の理不尽」が有り得る立場にいたことしかないからなー。農奴然り、冒険者然り。
偉い人間の激しい感情の前では、法や道理なんて無力なものだ。
「……でもこういう感じで死ぬと、後々遺恨残りそうで嫌ですね」
「武勇伝というものでしょう♥」
「いやいや。……というか僕、マードさんかファーニィ連れてきます」
「ご心配なく。そろそろ到着するはずですわ♥」
は?
と思った直後、ファーニィとリノが駆け込んできた。
「アイン様! 大丈夫……って、なかなか色っぽい恰好してますね」
「僕に怪我はないよ。死にそうなのはあっち。加減しそこなった」
「なぁんだ。じゃあ慌てることなかったんですね。もー、使いの人がめちゃくちゃ深刻そうな顔で言うもんだから」
どうやら双子姫の配下の誰かに聞いてきたらしい。定宿に残っていたのか、あるいはファーニィたちがショッピングしているところを探し出したのか。
「じゃ、用が済んだなら帰りません? アイン様もそんな服でウロウロしないで、そこらで古着でも買いましょうよ」
ファーニィは危ないのが僕ではない、と知ると途端にドライ。
このへん、異種族特有の線引きみたいなとこあるよね。アーバインさんも味方じゃないとなるとさっぱり容赦がなかったし。
「いや、本当に死にそうだから手を貸してあげて。あの治癒師じゃ間に合わないらしい」
「えー。なんかヤですねぇ」
「そう言わず。僕も殺す気はなかったんだ。ただ着てる鎧がちょっと厄介で加減ができなかったっていうか」
「異種族が手を貸さなきゃ死ぬってのは、もう天命だって諦めてもいいと思うんですけどー」
「頼むよ」
しぶしぶといった感じでファーニィはクレスキンの治療を手伝う。
というか、ファーニィが手を付けたとたんに状態が劇的に上向いたようで、先に治療していたミミルの治癒師がギョッとした顔でファーニィを二度見したのが、ちょっと面白かった。
「んー……はい、こんなもんでもういいですか。ここまで治せば、あとは手伝わなくてもいいでしょ?」
「う……あ、あぁ、何者だアンタ……あんな損傷をたったの数秒で」
「アイン様の下僕にして美少女冒険者のファーニィです」
さらっと図々しい自己主張も忘れないのがファーニィ流。
そして特にやることのないリノは腕組みをしながら周囲を見渡す。
「ミミル教団の施設よね。騎士団とは雰囲気違うわ。なんか抹香臭いっていうか」
「まあ騎士団は良くも悪くも汗と泥の匂いはあるよね」
宗教の施設では雰囲気を重要視するためか、どこも匂いには気を使っている気がする。
それに対し、騎士団はどうしても若者たちが日々汗を流して鍛錬を続けているため、汗と血、鉄と革と泥の匂いが切り離せない。
全体的なデザインとか色調の問題を差し置いても、実際に立ってみると感じる、その違いは大きかった。
「なんだってこんなところで喧嘩してるのよ」
「一応、剣術試合のはずだったんだけどね……」
「どう見てもアレは剣術のやられっぷりじゃないわよ?」
「……色々とグダった結果でね」
数十発の打撃でグニャグニャに凹み、曲がり、歪んでいる鎧と、叩いて千切れてボロボロになったチェインメイル。
まあ、剣ではこうならないよね。
「リーダーならあんなにむごい状態にするまでもなく、手か足の一本でも刎ね飛ばしちゃえば良かったじゃない」
「普通それよくないことだからね。マードさんは簡単に生やすけど、普通は綺麗に落ちたのをただ繋ぐだけでもうまくいくかどうかっていうやつだよ?」
「それこそ恩を売るのにちょうどいいでしょ?」
「リノもちょっと考えが邪悪に染まってるよなあ」
あんまり過剰にバイオレンスな解決法を当たり前に思っちゃいけないと思う。
やがて意識を取り戻したクレスキンは「あ、あんな勝負は無効だ! 鎧が万全なら!」と予想通りの言い訳をしながら食って掛かってきたが。
「そのことはもうよいのです。……もうあなたに価値はありませんわ♥」
「ミミル鎮護隊の程度が知れました。知っての通り、我が王家は何より尚武を以て認める家風。いかな役職であろうと、その当人が安易にその様を晒すようでは、恥をかきに嫁ぐようなものです♥」
先ほどと打って変わって双子姫は強気かつ嗜虐的に煽る。
最初から僕の今の実力を見るため……あるいは、証明するために彼との関係を保ち、調子に乗らせてきたんだろう。
そう考えると、先ほどまでの「演技」に納得がいくと同時に、なんとも哀れだなあ、と思ってしまう。
「……小娘が!!」
「うふふ♥ 雑魚に言われてしまいましたわ♥」
「のちほど正式に王からあなたに縁談の断りがいくことでしょう♥ ……戦場で敗者に二度のチャンスはありませんわ」
最後の一言を発する時だけ、二人の目が底冷えする冷たさを発する。
クレスキンはゾッとした顔で言葉を飲み込む。
それをどこか愉快そうに眺めつつ、リノが聞こえよがしに囁く。
「……で、リーダー。あいつの鎧って万全じゃなかったの?」
「多分万全だったんじゃないかなあ。おそらく自動で防御強化される魔導具の特上品って感じだった」
「……あー、なるほどね。リーダーにとってはカモね」
「いや、彼も結構剣術自体はやれるっぽかったよ? 超油断してくれたからなんとかなったけど」
「油断で終わる奴はそこまでよ」
リノの言葉に、満足そうに揃って頷く双子姫。
そしてクレスキンは双子姫でなく、こっちの小娘ならまだ食い下がれると思ったのか、叫ぶ。
「どういうことだ! 何故その男は……!!」
「魔導具に頼って戦う限り、ウチのリーダーには勝てないわよ。……そういうモノだから♪」
説明になってない。
でも全部種明かしする義理もないから、まあ妥当なのかなあ。
「…………!」
クレスキンは僕を……僕の胸元を名状しがたい目で見て、立ち尽くす。
……あ、もしかして魔導石いっぱい埋めてるのがなんかソレ系のカラクリだと思ってるのかな。
でも、僕もこいつに詳しく説明するのは面倒だ。
もう絡むこともないと思うし。
「王女様たちへの暴言は聞かなかったことにしますよ。……その姿に免じて」
メガネを押してそれだけ言い、踵を返す。
双子姫の使用人の中から口笛が聞こえた。……意外とラフな人も混ざってるんだな。
……ん?
いや、本当にこの人たち使用人か? いつもこんなには連れてなかったよな?
……使用人のフリして、そこそこの身分の人たちも混ざってるのかもな。
双子姫が僕推しなら、それこそ力を誰かに証明したいのだろうし。
それからドラセナの鎧を待つ数日の間に、王都に僕の新しい二つ名が流布され始めた。
“妖光の鬼畜メガネ”。
……誰だ言い出した奴。クレスキン……じゃないよね。
地名を冠するよりさらになんか禍々しくなってるぞ?




