傲慢と鬼畜
「ならば仕方ない。心は痛むが、始めようか」
美青年クレスキンは、そう言って練習剣を抜き、鞘を投げ捨てる。
僕は二本の木剣を構えた。
姿勢は半身。体の側面を向けることで懐を深くしつつ的を小さくし、またバックスイングを取らずに素早く攻撃可能にする、構えとしては当然の形。
かつての僕は構えの重要性を全く分かっていなかった。モンスター相手にはとにかくどんな形でも刺さればいいんだから、構えなんてろくに知らなくてもわりとどうにでもなる。
だけど対人戦は全く話が違う。
特性を理解した構えを取ることで、自分への攻撃は予測しやすく、捌きやすくなり、また自分の攻撃はより素早く、力強く打てる。
少しの差だが、その「少し」が積み重なることで勝敗は決まるのだ。
それに対して、クレスキンは全く構えない。
練習剣を片手に握り、だらりと下ろしているだけだ。
「さあ、打ってきなよ。先手くらいは譲らないと私がひどい奴に見えてしまうからね」
ひどい奴だと思われたくない、という感情が彼の中にあるんだろうか。
いや、僕が奮闘空しく、余裕の彼にあっさり無残に倒される……というシナリオを作っているだけだろうな。
じゃあ、と。
僕は踏み込み、木剣を鼻先に突きつける。
「…………」
「……どうした? 当てないのかい?」
「まさか見切っていた、なんて言い訳でもするつもりじゃないですよね」
「そのまさかだけど? 殺気の欠片もない剣に慌てて反応しなきゃならないかい?」
えぇ……。
剣術試合ってこういう状態になったら勝負がつくものじゃなかったっけ。
いや、この青年はそんなルールだとは言っていない。
いや、そんな勝負なんか最初からする気がない。僕を手ひどく叩きのめすのが前提なんだ。
爽やかな幕切れでは双子姫を「わからせる」ことはできないから、ってわけだ。
しかしそうなると。
顔面に本気で当てると「死なないようにする」という前言を違えてしまう。
となれば、手元を狙って剣を叩き落とすか、体ごと吹き飛ばして誰が見ても明らかに地に這わせるか。
……叩き落とすのは、ナシだな。
僕は純粋な剣の技巧で余人に勝るところはない。その勝負になったら十中八九、詰む。
そういう剣術的な勝負をしてはいけない。
となれば。
「はっ!」
ガカンッ、と。
クレスキンの着ている鎧を、叩く。
やけに軽い音がして、しかし僕の手の方に強い衝撃が跳ね返る。
……一応、軽くとはいえ魔力を込めた剣だったのに。
「私の鎧は木剣でどうにかなりはしないよ。言っただろ、名剣でも傷はつかないって。せめて君の立派なあの剣なら、まだしも勝ち目はあったかもしれないがね」
「へぇ……」
なるほど、ね。
……感触で目星はついた。
あれは、魔力で防御力を跳ね上げる機構がついている。
つまりはフルプレさんの鎧と同じ。
さすがにフルプレさんほど保つわけじゃないだろうが、まあ彼は「フルプレキャノン」を一晩中、数十発も繰り返して打てるだけの魔力だ。
数分間、斬撃をチョロチョロと跳ね返す程度なら、そんなに過剰な魔力は必要ないのだろう。
それに金持ちのミミル教団、その幹部ポストとなれば、魔導具としての完成度も素材も超高級品。
金に糸目をつけなければ、余計に低コストで使えるようにできる。
それなら余裕の態度も頷ける。
普通の剣なら、こんなのを正面から斬ろうとしても逆に折れる。木剣ならなおさらだ。
鎧に覆われていない顔が唯一の狙い目なのだろうが……そこへの攻撃の本気度を見極められる程度には、腕が立つ。
なるほど、構えなくてもなんとでもなりそうだな。
「さすがミミルの鎮護隊、お金持ちですね」
「というわけで、元から君は哀れなほど不利な立場で戦わされているんだ。悲しいね」
「そんなでもないですよ」
「出任せの痩せ我慢は健気だが、それはそれとして私は不毛な会話が嫌いでね」
「奇遇ですね」
溜め息をつきつつ。
「僕もこういう会話は好きじゃない」
右の剣を突き出す。
避けもしないで受けるクレスキン。
……その鎧の防御力を担保する魔力が、一瞬で僕の剣に吸われる。
「!?」
はっきりとは見えないが、ガクンと威圧感がくすむのがわかる。
クレスキンも頼もしい感触がいきなり抜けたのを感じ取ったようで、余裕が顔から消える。
遅い。
「ふんっ!!」
左の剣で痛打。
ただの木剣でも、「パワーストライク」状態ならば金属鎧を凹ますくらいは、当然できる。
鈍い音を立てて白い鎧が歪んだ。
「ぐっ……!? ま、さかっ……!?」
「さあ、頑張って耐えて下さい。期待してますよ」
その時になってようやく剣を構えるクレスキン。
僕はその剣での一撃に、自分の木剣を合わせ……ない。
“四本腕”の極意は、防御をしないこと。
相手の攻撃を捌きながらカツカツと手数で上回っていく……そんなヌルい剣は、その異名には値しない。
相手の剣はあくまで体捌きでかわす。
こちらの剣は、徹底的に相手を乱打するそれだけの道具だ。
ガガガガギゴッ! ドッ! ゴガガギッ!!
「ぐはっ……な、なんだ、何故この鎧に、打撃が……!!」
僕の二刀の乱撃を、クレスキンは必死に防御しつつ動揺を口にする。
僕は黙って乱打を続ける。
さすがに全く剣の心得なし、なんてことはないらしく、僕の二刀を半分くらいはなんとか受け止めている。
が、本来当たっても無視できるはずだった攻撃でボコボコにされている現状に、頭がついていけないようだ。
「貴様、何をしたっ!! なんだ、なんなんだ貴様は、平民っ!!」
「木剣で叩いているだけですが」
木剣は鈍器。魔術的に言って、斬撃という「用途」は、ない。
上等な鎧相手に凹ます以上のことはできないが……どこまで殴ったら誰の目にも明らかな勝利になるのだろう。
それに時間が経って、だんだん鎧から失せた魔力が戻ってきている。
ほどなくして、また木剣が効かない状態を取り戻すだろう。
それまでに勝負をつけてしまいたいが……っと。
「くそっ!」
クレスキンは僕を突き放して距離を取る。
少しでも時間を稼げば、魔力が欠乏して防御力がダダ下がった状態を脱せる、と気づいたか。
……斬り合いながら魔力を吸うのって難しいんだよな。喧嘩をしながら相手の身体にサインするような難易度だ。
さっきのように無防備に剣を突き当てられてくれればいいんだけど……さすがにもう一度は難しいな。
さて、どうするか。
「はあっ……はあっ……くそ、痛い……! 後で装備係を締めあげてやらないと……!」
どうやら何かの不具合、と思うことにしたようだ。
……まあ、その哀れな係の人には同情しなくもないけど、僕はそこまで面倒を見てやる義理はない。
「よく倒れずに頑張りましたね」
「……貴様、勝ち誇っているのか!!」
「まだ負けではないと思っていますか」
「当然だ!!」
クレスキンはすっかり怒りに表情を歪めている。
僕は木剣を持ったままの手でメガネを押し。
「じゃあ、辛いでしょうがもうひと頑張りしましょう」
「っっ!!」
さらに突っ込む。
踏み込みながら両の木剣で「ゲイルディバイダー」を発動。二連発の推進力で一気に飛び込み、反応を許さない速度で足を払う。
さすがに足元への痛撃を跳ね返すのは上物の魔導鎧でも難しかったらしく、クレスキンは綺麗にひっくり返る。
その胸に拳を叩き込むように再び魔力吸収を仕掛ける。
が、クレスキンは反撃とばかりに剣を振るい、僕の胸元が裂かれた。
煌めく虚魔導石が露になる。
「なっ……なん、だ……!?」
「つまらない会話は嫌いだ。……そろそろ終えよう」
再び、魔力を強奪。
そして間髪入れずに「メタルアーム」にして、その腹にねじり込むように「パワーストライク」をブチ込む。
「ぼはっ……!!」
血反吐を吐いて、クレスキンは白目を剥く。
「……これでいいですかね、姫様方」
立ち上がり、また一段とみすぼらしくなってしまった風体を気にしながら戻ると、双子姫は揃って紅潮した顔で頷き。
「これで充分ですわ♥」
「やはり貴方は私たちに相応しき方……♥」
「えっ。いやそういう話じゃないはずですよね?」
……もしかしてクレスキンへの拒絶はサブで、本題としては僕のテストだったりした……!?
「もう“マイロンの鬼畜メガネ”では都合がよろしくありませんわ。ランクアップいたしましょう♥」
「“ヒューベルの鬼畜メガネ”あたりに名乗り変えてはいかがでしょうか♥」
「いや僕が名乗ったんじゃないですからね。マイロンとか何とか以前に鬼畜メガネからして不本意ですからね?」
というか地名を国名にしたからって何が解決するんですかね。




