ミミル鎮護隊総隊長
ミミルの鎮護隊というのは、以前のマイロンでのレイス騒ぎの時もちょっと話に出たことはある。
ミミル教団という宗教組織の武力を司る部隊。
特に宗教というのは死生観に繋がる話をする連中であるため、「死」と関係の深いアンデッドの蔓延る事態に対しては、ミミルの鎮護隊を頼るのが定番となっている。
とはいえ、アンデッドに対して特に強い手段を占有している……というわけではない、らしい。
僕たちが(というか僕が)精神的にダメージを負いつつも、比較的簡単に片付けてしまったレイス集団に対し、彼らはそれ以前に匙を投げる対応をしている。
要するに、彼らは教団の資金力と情報力を活用できるだけで、部隊の性能としては一般的な冒険者とさして変わらないのだ。
アンデッド以外のモンスターにも対応することがあるそうだし、決してアンデッドだけの掃除屋というわけではない。もっと言えば、有事には文字通り「兵力」として教団の切り札となる者たちなわけで、一般的なイメージよりは結構ストレートに無骨者集団のようだ。
「前総隊長は大司祭兼任で、随分お年を召した方でした。しかし御病気で亡くなるまで席を手放さなかったのは、それだけ鎮護隊総隊長という役職は、教団内部で力のあるポストである証左とも言えましょう」
「教団内でクーデターすら可能な戦力を一手に束ねていると考えれば無理からぬこと。……しかし、後継はそのような権力者としての総隊長ではなく、文字通り鎮護隊の最高戦力と嘯いておりますわ」
「お姫様たちは強い人の方がいいんでしょう。そしてミミル教団といえばもうこの国では押しも押されぬ立場。政治的な影響力も高いはず……聞く限りでは好物件に思うんですが」
「うふふ。アイン様ったら、他ならぬ双子の妹の嫁入り相手に、それだけの評価軸しかないとお思いかしら♥」
双子姫の右のほう(相変わらず見分けがつかないのでどちらと断言できない)は、そう言ってどこか空虚に微笑む。
左のほうは澄ました顔で、その言葉を補足する。
「若く腕も立ち、自信家で、お顔立ちも実に貴族的ですわ。……ですが、私たちとて好みはあります。あれは、気に入りませんわ♥」
「えー……」
この娘たちは、王女である自分たちの身が政治的に「使われる」ためのものであることを理解し、割り切っている物だと思っていたのだけど。
どうも雲行きが違うぞ。
「それを僕にどうしろって言うんですか」
「今のアイン様には簡単なことです。木剣勝負で一泡吹かせてあげてくださいな♥」
「あの伝説の治癒師マードもお連れのアイン様なら、凡百の騎士のように叩き合わなくとも、どうにでもなりましょう♥」
「……それこそクロードなり、フルプレさんがやればいいのでは」
「クロードでは無理ですわ♥」
「兄は単純ですので、あの者には簡単に騙されるでしょうし♥」
「えー……」
無理の一言で片づけられるクロード。ちょっと雑過ぎませんか。
愛しの姫が嫁がされる危機に颯爽と割って入るなんて、クロードにとってはまさに夢のシチュエーションだと思うんだけどなあ。
フルプレさんは……まあ、ノーコメント。騙し合いなんて要素が入るのなら出してはいけない人物だというのはわかる。
いや、僕だって騙し合いに強いわけじゃないんだけど。
なんで僕ならいいのか。
「……どうも話を聞く限りだとうまくいく気がしないんですけど、それでもというのなら」
何にせよ、強く突っぱねるには流れを逸している。
まあとにかく、いつになく切実というか、頼り方が変に安直なのが気になるし。
もしも裏があるにせよ、この情勢で僕をハメて投獄……なんてことにはならないだろう、という楽観もあり。
一応、この双子姫がそこまで嫌がる相手というのはどういうやつなのか、という興味が湧いたのもあって頷いてしまう。
断じて妹くらいの年頃の女の子に頼られると勝てないというわけではない。
そういうことではない。絶対。
喜んだ双子姫とそのお付きの人々に連れられ、僕は城下にいくつかあるというミミル鎮護隊の宿営地に連れられてきていた。
一泡吹かせると言ったって、破談にするならちゃんと御前試合とかにしなくていいんだろうか。
と、思うのだが。
「クレスキン様。この方が私たちの見込む未来の夫、アイン・ランダーズ様ですわ」
双子姫の右のほうがそう言うと、そこに待っていた髪の長い美青年は僕を見て穏やかに微笑み。
「ははは。もう少し賢しい姫君たちかと思っていたのだが。そんなみすぼらしい平民を連れてくるなんて、よほど手元に頼りになる相手がいないのかな」
爽やかにけなされた。
いやまあ実際僕はみすぼらしい。
鎧が完全なら冒険者としてもうちょっと恰好がつくはずが、今は鍛冶屋でもらったボロを着て、妙に拵えの立派な剣を腰に差しているだけのヒョロメガネなわけで。
すごく居心地の悪い僕を横目に見上げ、双子姫はそれでも不敵に微笑み。
「しかし、腕は確かですわ。……いずれ最強の冒険者として名を馳せることになるでしょう」
「君らの冗談はいつもながら本当にくだらないね」
なんだこれ。
え、どういう空気感なのこの人。
一応お姫様たち相手に、めちゃくちゃナチュラルにバカにしてる感じだけど。
「私がその間抜けな平民を打ちのめしたら、君たちは大人しく父王に従うということでいいのかな?」
「……ええ。それができるというのなら」
「笑うべきなのだろうが、いい加減君らの悪戯に付き合うのも面倒に思えてきている」
穏やかに微笑んだまま僕と向き合う美青年。
ミミル教団の要職というだけあって、なにやら神々しく白いサーコートの下に上等そうな金属鎧とチェインメイルを重ね着している。
少なくとも武装に関してはフルプレさんやアテナさんに見劣りはしない。
で、僕はまあ、ただのボロ着。
話の通りなら木剣勝負。
今のところ身につけている中でかろうじて自慢できそうな「黒蛇」「刻炎」の二振りも、試合には使えない。
剣を鞘ごと抜いて、双子姫のお付きの人たちに渡そうとする。
「ああ、本当に試合をする気なんだね。ならば君は真剣で構わないよ。見ての通り、私はちゃんと着込んでいる。こう見えて本当に良い鎧でね。あの名工アレジオスの打った剣でさえ、傷をつけるのは難しい」
両手を広げて余裕を見せる美青年クレスキン。
「本当なら君にも用意してあげたいが、そうなると試合は半年も先になってしまう。私は刃引きの練習剣で失礼させてもらうよ。なに、治癒師はいるさ」
「……いや、木剣を貸して下さい。僕は加減が下手なので」
「聞いていなかったのかい? いや、伝わらなかったか。ハンデをあげようと言っているんだよ」
「お構いなく」
そんなに硬い鎧なら、うっかりして買ったばかりの剣を欠けさせてしまうかもしれないし。
「それより、随分と彼女たちに嫌われていますね」
「そうだね。まあ、どうでもいいことさ。所詮王女なんて最初から政略結婚の道具だろう? その立場を指摘してやったら随分気に障ったようでね」
そりゃそうだろう。
っていうか、分かってても敢えて言うもんじゃないだろう。
「せっかく同じ顔のが揃ってるんだ。影武者兼、子産みのスペアとして、貰うなら一度に両方貰うのが一番役立つ使い方だろう。……と、合理的に指摘したまでなんだけどね」
「…………」
そりゃあ……そりゃあ、嫌われるよな。
貰おうって当人がまるで当然という顔でそれを申し出るとか、まるっきり王女に対する物言いじゃ、ない。
王様、よくこんな奴との縁談なんか。
……ああ、騙し合い、か。
つまりこいつは、双子姫と……どうでもよさそうな僕だから、こんな雑な本音で語るんだな。
王様やフルプレさんには取り繕うだろう、ってことか。
僕は、メガネを押した。
「治癒師は、すぐに手当てできる場所にいるんですね?」
「呼べばすぐに来るよ。まあ、少しは君が苦しむところを見せないと、あの王女たちもわかってくれないだろうから……」
「治すのは僕じゃないですよ」
腰の二刀を見てのことか、二本手渡された木剣を軽く素振りし、構えた。
「まあ、頑張って下さい。死なないようにはしますから」




