ツインプリンセスのお願い
変な恰好(ボロ鎧下の上から丈のおかしいドワーフ服を纏って両剣装備)の僕が定宿に帰り着くと、宿のカウンター前の応接スペースに双子姫がいた。
二人並んで優雅にお茶を嗜んでいる。もちろん給仕は城から連れてきた自前の使用人たち。
「あら、アイン様。なかなか野性的なファッションですこと♥」
「いらっしゃるのが遅いので、私たちから出向いてしまいましたわ♥」
「……遅いと言われるほどでもないと思ったんですが」
そんなにグダグダしてはいない。真っ先に武具をなんとかしないことには恰好もつかない、ということで、ドラセナの工房行きを最優先しただけで。
まあ約束もしていないことだし、到着三日以内なら失礼にも当たらないはずだ。……と、思う。
そもそも相手は王族なんだし、いきなり行ってすぐ会える相手でもないはずだし。
「まあ。貴方は妹の婚約者候補ですわ。まずは取るものも取りあえずお顔を見せにいらっしゃるのが筋ではなくて?」
「澄ましておりますが、妹は拗ねておりますわ。マートンの息女と仲良く歩いていたという情報も掴んでおりますのよ」
「……僕にちょっと要求重くないですかね」
マートンの息女というのはカミラさんのことか。
確かカミラさんの実家は大貴族。双子姫としては、むしろ親のほうと懇意なのだろう。
しかし相変わらず、互いを妹と呼ぶ上、微妙に誇張を込めてくるので会話しにくいな。
「そ、それで……どんな用件で」
「あら、妹を婚約者に早く会わせようというのは、そんなに疑う話でしたかしら♥」
「各地での活躍は伝わってきておりましたわ。日を追うごとにアイン様のスケールが上がる様、妹ともども楽しみに聞いておりましたのよ♥」
「……それどころじゃなくなっちゃったんですが、ね」
「ええ。『かの者』が暴れ回る様、こちらでも追わせております」
「かろうじて市街そのものを標的にされることはないために、民草には隠しおおせておりますが……明らかになれば混乱は必定。由々しき問題ですわ」
双子姫は揃って溜め息。
それに、僕はメガネを押して付け加える。
「それと、ロナルド・ラングラフに先日会いました。……ルーダ部族国に行ったという話はガセだったようですよ」
「……それは」
「王家に不満を持つ者の援助は絶えることがない、と言っていました。……その場はなんとかなりましたが、肝が冷えましたよ」
双子姫は揃って戸惑った顔をして、互いに顔を見合わせ。
「誰か。聞いての通りです。ラングラフを追わせていた者をただちに」
「手段は問いませんわ」
双子姫がそう言うと、周囲に控えていた使用人たちのうち数名が慌ただしく退出していく。
……ハッキリしたことは言ってないけど。
「処罰するってことですか」
「無論ですわ。……言うまでもなく、ラングラフに与することの重大さを知らぬはずがない者です。そうと知りながら私たちを謀ったというのであれば、鞭打ち刑や牢に入れたところでどうなるようなものではありません。その首で償うことになるでしょう」
「……それは」
さすがにロナルドに脅されて突っ張れというのは酷なんじゃないか。
と、一言口添えしようとしたのを察したか、双子姫は制するように。
「情報は時にどんな怪物より、万軍より、民を殺し得ます。ラングラフに関することは、まさにそういう危険性を持った情報なのです」
「人々は外敵には陣を組んで立ち向かうことができても、目を覆われ、耳を塞がれれば、死の瞬間まで何もできなくなる。指導者としてそうならず、民草にそうさせぬための情報収集。それを故意に攪乱したのなら、刃を王家に向けたも同然でしょう」
「でも……」
「誰もが、アイン様やラングラフのようには強くないのです」
「これもまた上に立つ者の、兵を使う者の務め。ご理解を賜りたく存じますわ」
……そう言われてしまうと何も言えない。
命惜しさに、というのは、生きているなら仕方ないことだと思うけれど……それを言うなら、その名も知らぬ密偵がロナルドを追うと決まった時から、彼の命はどうしようもなく危険にさらされていたのだ。
ロナルドの言う通り、そういう役目につくならば、失敗すれば自ら命を絶つくらいの覚悟が必要だったのだろう。
「……そういえばクロードには会ってないのかな」
「城を出る時に兄に連れられているのを見かけましたわ」
「ああいう場面で顔を出せば、兄が保護者気取りで面倒なことを言い出すのは目に見えておりますので」
「…………」
クロード哀れ。
彼なりに少しでも早く冒険者として一旗揚げ、マリス王女と結婚するために頑張ってるのになあ。
「じゃあ現在の状況についてはまだ情報が古いのかな。デルトールで結構事態が動いたんだけど……」
「その可能性もありますわ。まあ、それについてはいずれ城に残した者たちが報告してくるでしょう」
「それについてはご心配なく。集めた情報を整理するのは私たちだけではありませんのよ」
微笑んだ双子姫は、まるでそういう踊りのように少しだけタイミングをずらしてふわりと立ち上がり、僕の左右に近づいてきて。
「それより、お願いしたいことがございますわ♥」
「……今は立て込んでるので、あまり時間のかかる依頼はこなせませんが」
やっと本題かな。
一応「冒険者の酒場」経由でないにしろ、依頼というなら冒険者として聞くのはやぶさかではない。
が、わざわざこうして「邪神もどき」やロナルドの件を絡めずに言ってくるからには、全くの別口だろう。
僕たちはそれ以外に気を回している余裕はあまりないのだけど。
「先だって、ミミル教団鎮護隊の総隊長が代わりまして」
「何しろ国教扱いのミミルの要職である上に若い方なので、父が縁談に興味を示しているのです。私かミリスを、と」
「……はぁ」
「とはいえ、急な話。……父を諦めさせるために、少々お力を貸していただけませんか」
「それは僕じゃなくてフルプレさんかクロードに言うべき奴じゃないかな?」
「そうもいかないんですの。……どうか、どうか♥」
「お願いいたします♥」
……僕、本当に便利に思われてそうだなあ、と思いつつ。
無下にもできなくて、僕は一通り周りを見渡して、誰も帰ってきていないのを確認して、曖昧に頷くことしかできなかった。




