黒赤二刀
「貧乏性で安そうなのに飛びついた……ってェワケじゃあ、なさそうだな」
「そもそも僕には選択肢が少なくて。あまりデカい剣だと長時間戦闘ができないんですよ、まだヘボなので」
「はッ。話じゃドラゴンだって倒せる腕でヘボとはねェ。謙虚も過ぎれば嫌味ってもんだ」
「実際ドラゴン倒したのは僕じゃないですし。……今ならもう少しくらい活躍できると思いますけどね」
二本の剣をゆっくりと構えてみる。
まるで初めてのような気がしない。長いこと実戦を潜り抜けた剣であるからか、長さにも重さにも、重心のバランスにも、まったくもって無駄が感じられない。
カリカリに適応しきった最適解の道具、という印象だ。
「これならちょうど扱える長さです。……今までは一本でやってきたから少し練習しないといけないけど」
「おいおい。二刀流に今から変えようってのかい?」
「今からも何も、元々僕が剣をまともに教わり始めたのは一年も前のことじゃないし」
「……それであの燕の騎士を脱帽させたってェのか。本当に空恐ろしいな」
「特殊なんですよ、いろいろ。自分で言うのもなんですが」
さすがに場所も狭いし、アテナさんから教わった構えはあくまで一本を想定したものだ。
もしかしたら風霊の構えの中にも二刀流はあるのかもしれないけど、少なくとも今はまだ教わっていない。
でも、とりあえずは適当に振っても「オーバースラッシュ」は放てる。
当面はそれを頼りにしていこう。両の剣で個々に魔力管理しなくちゃいけないのはちょっと負荷が高そうだけど、やってできなくはない……と、思う。
何より、二つあるというのは防御面でも頼もしい。片方が折られても、まだやりようがあるということだ。
剣を「パワーストライク」状態にすれば、こちらの本来の腕力以上に相手への衝撃力が高まる。片手でも大男の突撃をいなせるし、両方を併用すれば正面から打ち勝つことだってできるかもしれない。
それに僕は本質的には一騎打ちに価値を見出す騎士ではなく、敵を狩れればそれでいい冒険者。
つまり、チャンバラの有利に固執せず、攻撃の利便性だけを考える方が正しい。
そういう意味でも、もっと早く二刀流という選択肢は確かめておくべきだったかもしれないな。
……と、少しニヤニヤしそうになりつつ剣の感触を確かめていたところ。
「……なら、ちょいとツラ貸しな。そいつを持っていくってんなら、俺としても簡単に駄目にされちゃかなわねェ」
「ツラって」
「こっちだ」
くい、と親指で一方を指し示すメルビン氏。
ついていくと、広い……というほどでもないが、まあ剣を振り回すのに最低限の空間がある場所に出た。
「ここは……」
「試し振りをするために空けてある。本来は俺がその剣で受けてやるんだが、まあちょいと貸せや」
メルビン氏は黒と赤の双剣を取り、その空間の中央で構える。
今さっきまでの「小汚い中年のおっさん」というイメージは、その瞬間に消え失せ、メルビン氏は油断ならない熟練剣士の顔に早変わりしていた。
「こちとらもう商売人だ。愛着のある品だが、売らないとは言わねェ。わざわざ持ち出す必要がなかっただけで、もっといいのは在庫に何本でもあるしな。……だが、コイツらを見て“四本腕”のメルビンを思い出す奴だっているだろう。慣れねェのは仕方ねェが、最低限は恰好よく振るって貰いたいってェのが持ち主としての情ってモンだ。わかるかねェ?」
「……つまり、教えてもらえるってことですか」
「まあ平たく言やぁな。……アンタほどの上げ潮の冒険者には煙たいだろうがよ。ロートルにもそれなりに華を持たせてくれねェか」
「とんでもない。名のある人に教えてもらえるなら願ったりですよ」
本心から思う。
ゼメカイトで四苦八苦していた頃には、誰も相手になんてしてくれなかった。
せっかく冒険者になっても、生き残る腕のない奴なんてゴロゴロいる。
自分だって仕事を取り合う競争相手なのに、わざわざ教えて育てる酔狂な人間はそういない。無能はせいぜい囮にするか盾にするか、というのが最底辺の世界だ。
そんなところでほんの一年も前まで足掻いていた僕からすれば、煙たいなんてとんでもない。
「簡単には真似もできないかと思いますが、ぜひご教示ください」
「……調子狂うねェ。こんな値段の武器を買う奴で、そうまで素直なのは滅多にいねェよ」
そうは言いながらも、メルビン氏は“四本腕”と称される二刀流の剣舞を披露し始める。
指導は約一時間続いた。
急に始めるには結構な運動量だったが、メルビン氏の動きは彼なりに理詰めのもので、そこを押さえれば比較的たやすく真似することはできる。
……のだけど、それを見ていたカミラさんは呆然としていた。
「……これが、本当に今さっきまで二刀流やったことない人の動きですか……?」
「スピードはさすがにメルビンさんにはかなわないけど、流れだけはね」
「……大したモンだ。今まで多少手ほどきした奴は数多いるが、今の『蛇炎疾駆』をいっぺんにやってみせた奴は初めてだぜ」
どうやら僕は生徒としては合格点らしい。
メガネなんかかけているが、実は学校も行ったことがないのが僕だ。
だから人よりどうかというのもわからないが、もしかしたら物覚えがいい方なのかもしれない。
「まぁ、ここまでやれるとは思わなかったが……今のができればカッコはつくだろう。“四本腕”たる極意は徹底した攻めの剣だ。どうしても半身に構えりゃあ片方を守りに回しちまいたくなるが、そんなんじゃ盾と変わらねェ。必ず二の矢を継げ。相手の捌く動きを待つな。相手の三手先を斬る、それが俺の剣法の極意よ」
「なるほど。理解しました」
「……こんな一言で理解したなんて言われちまうと、ちょっと待てやと言いたくなるがな。実際こともなげに勘所押さえられちまったんだからこれ以上長々と言うのも野暮ってもんか。……代金はどうするね?」
「これで足りますかね」
「……おいおい。こんなん持って歩いてたのかよ。よくスられずに来れたな?」
僕が差し出した指輪の七個綴りを見て、メルビン氏は溜め息をつきながらも鑑定する。
それぞれがちょっとしたひと財産。コインにすると背負い袋いっぱいになるほどの品だ。
コインとはつまり金属の塊なので、それで数キロ、数十キロ。もちろんそんなのを旅で持って歩くわけにいかない。
僕らのパーティでは、儲けがあるたびに持ち歩ける額と相談して、もうほとんど全員がこんな感じの持ち方をしている。
もちろん少額の買い物のために、ある程度の現金もあるけれど。
「五つ目までで充分だ。……ホントにアンタ、気をつけろよ? こんなもん、ここらのプロのかっぱらいがその気になりゃ、いっぺんだからな」
「さっきチンピラをブチのめしたのが効きましたかね」
メガネを押しながら冗談のつもりで言ったが、カミラさんとメルビン氏は一瞬同じような無表情をしてから顔を見合わせて、メルビン氏は諦めたように、そしてカミラさんはうっとりしたような顔で溜め息。
『“鬼畜メガネ”か……』
調子が全く違う二人の声が揃う。
「いや冗談ですからね。そんなんで怯えるような奴らじゃねえぞ的な」
「怯えるに決まってるだろ。……奴らはここらじゃ怖いもんなしのグループだ。度の過ぎた悪さもするが、小賢しく小回りも利くせいで街の大人どももそう大っぴらに蹴飛ばせねェでいたんだぜ。それを素手で片付ける奴には逆らいたくねェってのは、確かにその通りだな」
「やる時と平時のギャップにキュンキュンしますね……♥」
「もしかしてカミラさんってやばい趣味……」
「一般的な趣味ですが!?」
未だにその「鬼畜メガネ愛」のツボが僕にはイマイチわからない。
とにかく。
僕は揃いの二本、新しい剣を手に入れた。
メルビンさん曰く、黒い方は「黒蛇」赤い方は「刻炎」。
まあお前のモンなら好きに呼べや、とも言われたけど。
……両の腰にそれらを差すと、まるで昔からの相棒のようにしっくりくる。
やはり、この剣は相当僕と波長が合うらしい。
現金なもので、次の戦いが少し楽しみに思えてきた。




