この両の手に
「この剣に刻まれている銘句、見覚えがあります……ローナークの作ですね? レプリカ……に、騙されるような方ではないでしょうが」
「ほぉ、ローナークの銘を見知ってるのかい嬢ちゃん。若いのに相当いい趣味してやがるねェ。あるいは親御さんが道楽家か?」
「両方です。……ローナークは寡作の人ですが、その技術は名剣の代名詞と言われるアレジオスに匹敵、あるいは凌駕しているとさえ言われる……よくもこんな美品が見つかったものです」
「蒐集家ってのはなんにでもいるわな。そしてその趣味が代々続く……とは限らねェのも世の常さ。まあ、偽物も結構掴んでたっぽいが、最近死んだその手のジジイがいてな。運よく遺産整理に一枚噛ませてもらった。おかげでこうして現場に戻してやれるってわけだ」
「素晴らしい……!」
……カミラさんとメルビン氏が一本の剣を撫でながらいい顔で語り合っているが、何を言ってるのかあんまりわからない。
職人の話かな、とはなんとなくわかるものの、僕はその辺全く知らないし。
そもそも、僕はたった二年前まで鍬や鋤、鎌しか持ったことのなかった農奴だ。
そのへんのマニアックな話なんて聞くチャンスは全くないし、冒険者になってからだって、ただの棍棒とどっちがマシか、みたいなボロ剣を後生大事にしていたくらいだ。最高級品の話なんて聞きかじるチャンスもなかった。
そういうマニア話はそちらに任せて、僕はあくまでサイズと質感を頼りに剣を物色する。
愛剣を参考に、できるだけ扱いやすそうな長さと軽さで……。
と、黙々と商品を持ち替えながら調べていく。
これはちょっと長すぎるな。
こっちは……サイズは許容範囲だけど重いな。材質的には鋼なんだろうけど、分厚いし太い。いかにも頑丈そうだ。これを片手で振るのはもう少し握力に余裕が必要な気がする。パス。
そしてこれは……なんだろう。マットで不思議な質感だけど見た目より軽いし、これで鋼よりもヤワってことはないだろうし……あ、魔力に反応して妙に光る。そういう奴かぁ。もうちょっと短ければな……。
「ほほぅ。“鬼畜メガネ”殿はそいつでも満足できねェかい」
「えっ。……いえ、そもそも良し悪しがあまりわからないので、試しに持った感覚だけ……」
「これでも商売人だぜェ。モノを手にした時の表情は見分けられるつもりさ。大抵の冒険者はソイツの能書きを聞けばイチコロなんだが、どうもお気に召してねェようだな」
「能書き……」
「大同盟時代のドワーフの名工ゼランクードの打った超逸品、現代の鍛冶屋じゃドワーフ含めて再現不能のラコニア合金ロングソードだ。使い手によっちゃ一振りで大岩も真っ二つって伝説がある。同等品は今んとこ西大陸全体で8本しか見つかってねェ」
「うーん……まあ普通の剣でも岩を割るくらいはできるしなぁ」
面白い曰くではあるけれど、オーバーサイズを押してまで買うほどじゃない。
というわけで剣を未練もなく置くと、メルビン氏とカミラさんは顔を見合わせている。
「……なかなか吹かすねェ、あの御仁」
「でも、あの方はあの“邪神殺し”のユーカさんの直弟子ですからね……」
「……あながちハッタリでもねェってか?」
「先ほどの立ち回りを見る限り、その気になれば素手でも岩の一つや二つ粉砕しそうです」
「そういう憶測話をわざわざ本人の目の前でやるのは感じ悪くないですかね!?」
たまらずツッコミを入れる。
「やっぱり素手で岩を砕くのは難しい感じですか?」
「……試したことはないですけど、まあ方法はなくもないです」
多分、さっきの要領で「メタルアーム」→「オーバービート」を放てば、そこそこの硬さの岩なら割れる、かも。
いや「バスター」系の応用をキメれば威力は三倍近くなる。多分いけるな。
「でも素手は不得意なんで……ナマクラでも剣さえあれば確実に、そこの家くらいの大きさの岩なら斜め切りにできますよ」
「おぉ……」
「全く気負いもなく言い切るたぁ……本気なのか、よほどの大物か」
「ただの事実ですよ。……それくらいの攻撃力はローレンス王子だってあるはずでしょう」
「ヒュー……」
メルビン氏は下手な口笛を吹く。
……まあ、トップ冒険者の一人に君臨したローレンス王子を引き合いに出す時点で、相当に恐れ多い話か。
「僕としてはそんな攻撃力のオプションより、頑丈さと取り回しの良さが武器選びの主眼になります。それこそ名剣宝剣クラス相手に派手な打ち合いをしても折られないのが絶対条件ですね」
「言うねェ。……とはいえ、口ぶりからすると知識はからっきし、ってわけか」
「冒険者を始めて二年程度ですから。それより前は武器なんて縁遠い生活をしていましたよ」
「……ますます底知れねェや。こりゃ、“鬼畜メガネ”の旦那にはまた日を改めてもらった方がいいな」
「いや、まあ、そもそも僕は買い物しに来たわけじゃないんですけどね」
カミラさんをたまたま助けて、ついでの護衛だ。
一応、宝飾品という形でいくらかの手持ちはあるが、さすがに全財産は持っていないし、あまり名品を持ってこられて青天井の代金を提示されても困る。
一度の仕事で相当に稼ぐようになったとはいえ、「いくらでも出せる」と言えるほど貯め込む暇なんてなかったのだ。
最悪、フルプレさんか、あるいは双子姫に借りを作る形になっても……というのが、今考えられるアテの全てだ。
もちろん借金を作りたいわけじゃないけど、ケチケチしているうちに「邪神もどき」との対決に間に合わなくなっては元も子もない。
それはフルプレさんたちにしても同じはずなので、投資してくれと訴えれば聞いてくれるだろう。
……そういう借りはできればロゼッタさんの方に作りたかったけどね。ユーカさんのためなら絶対何とかしてくれると思うから。
でも、まあ、実質動けない人に無理は言えないし。
「んじゃあ、そっちの嬢ちゃんとの商談を先にしていいかい」
「どうぞ」
「え、ええと……ここにある中では先ほどのローナーク、それとそちらの遺跡産ですね。こういう傾向のものが他にあれば、言い値で買い取ります」
「言い値と来たかい。こりゃ景気がいい。さすがは騎士団様だ」
「無論、阿漕な真似をするのはオススメしませんけど。……未来の国王ですよ」
「へへへ、そいつはおっかねェや」
商談を詰め始める二人。
僕は改めて陳列物を眺める。
やっぱりショートソードサイズとなると少ないな……こういう高い買い物で、しかも実戦派の品揃えとなると、見た目にも恰好がついて威力を出しやすい大物が多くなるのは避けられないか。
わざわざ金をかけるのは体格に自信のある騎士や戦士だろうしな。
僕みたいにまだ鍛え切れていない奴は、あまり相手にされてない、ってことか。
……そんなことを思いながら、最後の陳列箱まで辿り着く。
そこでふと目に留まったのは、赤と黒の二本組の剣。
いや、二本組としか言いようがなかった。
同じような寸法で剣が並んでいるのは他にもあったけど、それは色以外細かいところまでそっくりの双子剣。
かろうじて鍔元の意匠に、見比べて初めて分かるような差が見受けられる程度だ。
そして、他の剣に比べて随分使用感がある。
その二本だけ、中古品がそのまま混ざってしまった感じがする。
「これは……」
手に取る。
長さも……扱えないほどではないし、何よりしっくりくる。
二本持って戦うことを前提とし、実際にそうして使い込まれた剣であるのは明白だった。
メルビン氏は、僕がそれを握って構える様を見て顔を上げた。
「あぁ……そいつは俺の往年の相棒だ」
「売り物ですか」
「どちらかといえば話のタネだな。俺があの“四本腕”のメルビンだってのを疑う奴に、ちょいと剣捌きを見せてやるのさ。モノとしちゃ他に見劣りするだろ? だがそれで何十何百って相手を斬り捨てたんだ。今でもそいつを持てば、まだ自慢できる程度の動きができるぜ」
「…………」
僕はその双剣をじっと眺める。
そして、決心した。
「メルビンさん。この剣、買います」
「あ? ……悪いが値引きはしねェぜ? ちと古びてるが、聞いての通りの代物だ。まだ使い出がある」
「この剣がいい。……この剣たちが」
そもそもショートソードスタイルにしたのは、片手を空けるためだ。
元々「オーバースラッシュ」を多用するスタイルだから過剰な膂力を込めないというのもあるが、本来、魔導具や二刀流で戦術の幅を広げることを視野に入れての選択だったはず。
この二本を握った時、それをハッと思い出させられた。
「こいつらなら、僕の力をもっと引き出せる」
今までの一刀流からは大幅なスタイル転換が必要になるが、それでも。
確実に、強くなれる予感があった。




