隠れ武器屋
カミラさんが言うにはそう長くかかるわけではないようなので、結局付き合うことにした。
「それにしても……お城での姿と、あの水竜の時しかランダーズさんの様子を知りませんでしたが、普段はあんなに鬼畜なんですね! ちょっとドキッとしました!」
「えっ、いや別に僕は……さっきのはコケ脅しというか、それっぽく振舞ってなんとかビビってもらおうとしただけで」
「いえ、あんな実力があったらコケ脅しなんかじゃないと思いますよ?」
「さっきのは魔術使ったんで……普通に殴り合ったらあんな奴らにも勝てませんよ、僕」
「……? え、えーと」
何か怪訝そうな顔をしているカミラさん。
あれ、もしかしてさっきの連中だけじゃなく、カミラさんまで僕が魔術使ったの認識してないのか……?
「ああ、いや……僕、無詠唱魔術ちょっと覚えたんですよ。なんか、変な風に適性あるみたいで」
と、説明するも、カミラさんは傾げた首をさらに傾げる。
「……いえ、なんで普通に殴り合う必要があるんですか?」
「喧嘩で魔術使ったら駄目でしょう。やりようによっては一発で死にますし」
「それは確かにそうですが、先ほどのは『喧嘩』ではないと思いますが」
「え」
「彼らが企図したのは明確に犯罪でしょう。なんなら抜き身の槍や剣で制圧しても罪に問われることはありませんよ。何せ、騎士団側の私が被害者なのですし」
「……そ、そうなのか……」
言われてみれば、そういう構図かもしれない。
喧嘩というのは、互いに対等の立場から暴力で白黒つける行為だ。
それも別にいいことではないけれど、殺意をもって攻撃したのでないなら「喧嘩は売る方も買う方も同罪」として不問にされる傾向がある。
が、僕が遭遇したのは明確に犯罪寸前の現場。しかも権力側に対する不法行為だ。
相手が制止を聞き入れないのであれば、殺傷力を発揮してでも制圧しなければいけない場面。
なら、「喧嘩」と同じ対応はしなくてもよかったわけだ。
僕は根本的に間違っていたことになる。
まあ、どっちにしても剣を持っていなかったので、抜いて威嚇というわけにはいかなかったのだけど。
「それに、普通に格闘していても落ち着いたもので……あんな連中に負けそうには全く見えませんでしたよ。今なら姫様たちが見初めたというのも頷けます」
「ちょっと気になるんですけど、あの双子姫って元からそんなに戦闘力主義の男選びしてるんです……?」
「ローレンス王子も然り、ヒューベル王家って元々そういうところがありますから……」
いやフルプレさんはなんというか、女性に対する感覚がぶっ壊れているので仕方ないけど。
あの双子もそんな感じなのか……いや、政治的に便利な立場を追求するとやっぱり「強いけど政治能力がなく、操りやすい」男を選ばざるを得ないだけなのか?
「それに、普段はこうも物腰柔らかなのに本性を表すと鬼畜メガネ……ふふっ、好きな人はたまらないタイプじゃないですか♥」
「その感覚わからないです……いや、だから僕の場合アレを本性と言われるとちょっと困るんですよ。本当にアレはただの……」
「まさかぁ。本性がヘタレだったら、命がけの場面だらけの冒険者がそんな二つ名で通るはずないじゃないですか♥」
「…………」
どう言ったら誤解が解けるんだろうか。
と、しばらく唇をもにゅもにゅして、諦める。
まあカミラさんが勘違いしてたって実害はない。たぶん。
カミラさんから離れないように、余所見を極力しないようにしてついていく。
僕の場合、メガネの視野範囲から外れたものは、ほぼ背景に溶けてしまうからね。
うっかりぼんやり一つのものに気を取られると、同行者とはぐれる確率は結構高い。妹といた時は実際よく見失った。
そうして注意して歩きながらも、この大して広くない区画にこんなにも入り組んだ道があったのか、と驚く。
建物かと思ったらただの壁だったり、半ば地下に潜るようになっている道があったり、そうかと思えば建物の中をみんな表通りのように行き交う場所があったり。
「王都の中でも文化違いませんか、ここ」
「もとは異種族区域だったそうです。今はあまり明確な区切りはありませんが、五十年ほど前までは異種族と人間族は同じ区域に住めない法があったので……」
「へえ……意外と最近なんだ」
「混血をむやみに増やさないためだったそうです。異種族にも王国民にもなじめない混血があまり多くなると、結束して王政を乱すと考えられていたそうで。……実際は混血が無事に生まれる確率はかなり低いというのがわかってきたのと、犯罪組織の隠れ蓑にされる例が後を絶たなかったために結局撤廃されましたが」
「なんだかなあ……」
僕には関係ない話だけど、随分と手際の悪いことだ。
「で、結局そこが貧民街化してるってことですか」
「恥ずかしながら。……しかし、そういった混沌もある程度は容認するのが今の王家の方針です。キリのない掃除にかまけるよりも、強い将兵を見せつけることで王威を知らしめ、市民を痛めつけることなく治安を守る……もちろん、明確な不穏分子には直衛四騎士団が容赦しないという前提ですけどね」
「なるほど」
語られる施政の方針に適当に相槌を打つ。
正直、農奴上がりの僕にとってはあまり政治の話はよくわからない。この場所がどういう経緯で成立したのか、というのは気になったが、それだけだ。
今後どう転がっても、ここに暮らすことはないだろうしね。
「でも、こんなところに火霊騎士団の取引相手になるような人、いますかね。ここらにそんなに在庫が置けるような大店が入る余地はなくないですか」
「そういう大量取引の相手じゃないですよ。……団長は武器の使い方が荒いので、油断するとすぐなくしたり壊したりするんです。そのうえ、手持ち武器への魔力付与がすこぶる苦手なので、半端なものでは一戦もたない……数が扱えなくとも、きちんと目利きのできる武器商人が必要なんです」
「あー……まあ、そうですね」
一応、騎士らしい剣術も見せはするものの、結局切り札は「フルプレキャノン」だしなぁ。
そこまでの過程で手放したり落としたり。
でも、それが普通に拾える状態で戦闘が終わるとは限らない。
フルプレさん自体がカッ飛ぶので、状況によってはとんでもない場所に弾け飛んで行方知れずにもなるし、湖の底に沈むかもしれない。
そして、彼が自ら戦う時点で相手は相当な脅威。なおさら武器が無事で終わる可能性は下がる。
色んな形で消耗していくそれらを補充するには、いいものを持ち込んでくれる商人は多いほどいい、というわけだ。
「壊せないような遺跡産持たせればいいんじゃないですか」
「折れるのが問題というだけならそれでいいんですけど、あの方は紛失も同じくらいやりますからね……」
「……それじゃ、遺跡産はもったいなさ過ぎるか」
国によっては国宝にさえなるのが、そういった古代の叡智の産物。
どうせ本命は「フルプレキャノン」だというなら、そういった一品ものは持たせづらい、か。
……そんな話をしながら歩いていた僕たちに、のっそりと近づいて声をかけてくる中年男。
「その話を聞くと売る気が失せるねェ。せっかくの選りすぐり、大事にしてもらえねェってんなら引っ込めたくなるのが人情ってもんだろうよ」
「!」
カミラさんは彼を見てピンときた顔をした。
あらかじめ人相描きでも見ていたんだろうか。僕の目には小汚いおっさんとしか映らないけど。
「あなたが“四本腕”のメルビン殿……ですね」
「え、四本腕……?」
カミラさんの口から出た言葉に、ふたたびしげしげと相手を見る。
……腕が多いようには見えない。普通の中年男……に、見える。
そんな僕の顔を見て、メルビン氏はニヤニヤと笑った。
「古い二つ名さ。昔はこれでも傭兵として売れっ子でねェ。腕が四本あるように見えるくらい剣捌きが速かった……って話さ」
「そ、そうですか」
「まあ、聞けば聞くほど信じられねェ噂ばかりのアンタから見りゃ、その程度は可愛い見栄に聞こえるだろうがねェ、“鬼畜メガネ”のアインさんよ」
「……えっ、ぼ、僕のことを……?」
「あんだけ暴れてくれりゃあ、もう町じゅうがアンタの話で持ち切りにもなるさ。怖ェ怖ェ」
……さっきのチンピラ戦は、誰も見ていないと思ったけれど、別にそんなことはなかったようだ。
「手ぶらでアイツらを蹴散らして無傷ってんじゃあ、裏路地の住人ではもう相手にならねェ。昔取った杵柄で、傭兵の先生お願いします、とくらぁ。……だが、さすがにあのエラシオに匹敵する一流冒険者との喧嘩は俺には荷が重い。殴り合いはよしてくれねェか」
「……そのつもりはないですよ。僕は彼女が安全なら、害意を持つ理由はない」
メガネを押しつつ、彼を観察する。
その時になって、彼が冷や汗をかいていることに気づいた。
……エラシオが僕をやたらと持ち上げてくれたことは、彼らにとっては相当なプレッシャーになったらしい。
「んで、用件は王子様に似合いの剣ってことでいいのかね? 御覧の通りの哀れな個人商だ、おメガネに適う武器があるかは保証しかねるがよ」
メルビン氏は少し奥まったところに僕らを引き入れ、雑に積まれたボロい箱の上に適当にかけてあるようにしか見えなかった布を引っ張る。
すると、何箱もの中身があらわになって、そこは狭いが立派な「武器の陳列棚」に早変わりした。
「これは……」
「モノの良さには自信がある。値は張るがな。……ここに置いてねェモンも結構あるが、それは防犯対策ってヤツだ。ご要望なら明日また来てくれ」
見るからに一味違う名品ばかり。
ドラセナのところに置いてきた僕の愛剣も、これらの前では所詮安物、と言えてしまうようなラインナップだ。
カミラさんは案の定目を輝かせる。
僕も、渡りに船の出会いに思わず唾を飲み込んだ。




