路地裏の乱戦
チンピラの数は四人。徒党を組んで調子に乗るのは大体このぐらいの数だ。
いや、近くにもう一人か二人ぐらいいるかもしれないな。憲兵の警邏が来そうな方向に少し仲間を残し、時間稼ぎや逃走合図を担当するのがやらかす奴らのセオリーだ。
ここはいかにもこの手の奴らが好みそうな、街の死角。おそらく何かの事情でここらを通らざるを得なかったであろうカミラさんは、まんまと彼らの蜘蛛の巣に引っかかった。
周囲の建物も高く、入り組んでいて、ここでなら多少調子に乗っても大丈夫。騒ごうが悲鳴が上がろうが、そう簡単に人は来ない……と、彼らは計算して網を張っているわけだ。
「その人を放せ」
僕は彼らを値踏みしながら近づいていく。
体格は僕よりいいのが大半。一人体の小さいのがいるが、まあこの中の誰かの弟、といったところか。歳も若そうだし。
しかし、どいつもあまり真面目に鍛えている感じではなさそうだ。
兵士や騎士、あるいは前衛系の冒険者などと比べると、細かったり太かったり、あまり見栄えの良くない体型をしている。
まあ勤勉に鍛えるだけの真面目さがあれば、こんな無軌道な悪事にかまけるわけもないか。
そして彼らは、無造作に近づく僕の姿に多少たじろいでいたものの、やはり僕自身も、鍛え込んだ強そうな肉体の持ち主ではない。
すぐに気を取り直し、カミラさんが逃げないように陣形を取りながら、僕に向かって二人が凄んできた。
「出る幕じゃねーっつってんだよボケ。痛い目見ねぇとわかんねぇのか?」
「ちょいと男前にしてやんよ。……オラッ!」
一人がいきなりビンタのように裏拳を振るう。
僕の口元を狙った一撃だ。まともに当たったら歯の二、三本は折れるかもしれない。
いや、まあ、当たらないけど。
スイッと身を引いて、拳の数センチ外側でやり過ごす。
「てめ……」
「僕は冒険者でね。それぐらいの攻撃なら日常的に見てる」
「ヒョロメガネがフカしてんじゃねーぞ!」
「あと……」
ムキになって今度こそ大振りのパンチを振りかぶり、叩きつけてくるチンピラ。
その拳を「メタルマッスル」で耐える。
ゴンッと硬い音がした。
「ッッ!?」
「別に避けなくてもいいんだ。君が痛いだけだしね」
彼の拳は僕の頬に直撃したが、僅かな内出血すら作れない。
逆に、殴り飛ばすつもりで大振りしたチンピラの拳の方に深刻なダメージが跳ね返る。
……とりあえず武器はないから、当座は「メタルマッスル」を使って凌いでいくことにする。
前にリリエイラさんから「いくら魔術師だからって、魔術や魔導具を喧嘩に使おうとするのはやりすぎ。捕まる」という話を聞いている。
そこは戦士が刃物を抜くのと同じことだろう。シャレや若気の至りじゃ済まなくなるラインがそこにあるわけだ。
とはいえ、喧嘩となるとやっぱり顔を殴るよなあ、基本として。
メガネがやられるのは避けたいし……それにユーカさんの「喧嘩は初っ端のカマシが大事」理論からすると、手出ししないで圧倒するというのもまあ、難しそうだし。
どうしたものかなあ。
初手間違ったかな、と思いながらも、「メタルマッスル」の筋肉硬直が解けた僕は歩みを再開する。
「な、なんだコイツは……メガネのくせに、変に……」
「こう見えて剣士なんだよ。その縁で騎士団にはちょっと世話になっててね。……その人は本当にやめておけ。酷いことになるぞ」
「う、うっせえ! 騎士だろうが貴族だろうが知ったことか!」
「本気で言っているのかい」
掴みかかってくる手を、部分的に硬化した「メタルアーム」で打ち据え、払いのけながら僕は呆れる。
ヒューベル王国は多少緩めとはいえ階級社会には違いなく、身分の低い人間が高い人間に対して罪を犯せば、その罪科は何倍にも厳しくなる。
ナメられたら終わり、というのは無法な冒険者の世界でもよく言われるが、貴族だって平民にナメられたら社会構造が危うくなるのは同じだ。同じことを企む不届き者が出ないためにも、彼らは徹底的に処罰されるだろう。
別に僕としては、彼らがどんな末路を辿ろうと知ったことではないのだけれど、本人どころか下手をすれば親族にまで及ぶであろう「処罰」を恐れない彼らの蛮勇に少し呆れつつ、それにカミラさんを付き合わせるわけにもいかない。
「なら、相応に緊急事態だね。……イキがったことを後悔するといい」
魔術は「やりすぎ」。
だとしても、僕はすでに殴りかかられているし、カミラさんはここで僕が救出を諦めればあらゆる辱めにあうだろう。
「やりすぎてもいいケースだろ、これ?」
素手で戦うのは慣れないが、クリス君直伝の無詠唱魔術を使っていいなら話は違う。
炎も雷も風も、個人に使う規模でいいなら思うままに編み上げられる。
路地裏のチンピラ数人程度、どうとでもできる。
「ランダーズさん……っ!」
カミラさんが呟く。
それを聞いて、一人だけ身体が小さい奴がビクッと真顔になり、カミラさんの顔と僕の顔を交互に二度見して。
「お、おい、兄ちゃん、マズい! そいつは……」
「うるせぇ! こんなヒョロメガネにナメられてたまっかよ!」
制止の声を上げるものの、僕を一度殴って痛い目にあった奴が、ムキになってそのへんにあった木の棒で僕に殴りかかってきた。
僕はそれを「メタルアーム」で難なく防ぎ、逆にへし折る。
そして、そのまま手を向けて。
「こういうのはファーニィの方が得意だけど……さっ!」
魔力を編み上げ、そのパターンで高速回転させて、ごく簡単な風魔法を生成。
景気よく魔力を消費して、その風力をファーニィの「ウインドダンス」並みに一気に高める。
詠唱魔術だと増幅と収束制御までセットで使うので、より軽い消費で同じ風力が出せるはずだけど。
「がふっ……!?」
人を余裕で吹き飛ばす風圧が、一瞬で解放される。
さすがに丸焼きや電光はいくらなんでも、と思ったので風だ。
チンピラはそれを至近距離から叩き込まれて、3メートルほど浮いて壁にぶち当たり、伸びる。
「なんだっ!?」
「今のは……殴ったのか?」
残りのチンピラは愕然とした顔。
……一目瞭然で魔術だと思うんだけど、案外無詠唱で光ったりもしない魔術だと、わからないもんかもしれない。
小さい奴がここぞとばかりにまくしたてる。
「や、ヤメだ、ヤメにしよう! そいつ“鬼畜メガネ”のアイン・ランダーズだ!」
「は、はぁ!? なんだそりゃ!?」
「あの燕のエラシオより強ぇって噂の冒険者だよ! 俺らなんかがかなうわけねえよ!」
「……う、嘘だろ、そんな奴がなんで……!?」
……あの。
結局僕ってその名前で一般層にも浸透しちゃってる感じ……?
と、内心非常に複雑な顔になりつつも表面上は自信満々……いや、やる気満々の顔で、せっかくなのでメガネを強調するように押しつつ。
「僕は暴力が嫌いなんだ。でも、どうしてもというならやるのもやぶさかじゃない。……さあ、そろそろ選んでくれ。お前たちはここで手を放してどこかに行くか、それともあくまでやりたいのか?」
「ひっ……」
「人間の相手は慣れてなくてね。手加減はへたくそなんだ。やるつもりならどうなっても恨まないでほしい」
ゆっくりと、近づきながら。
僕はチンピラたちの表情を窺う。
……怯えているな。もう少し……もう一押し、か?
いや。
表情が変わった。視線が動いた。
「ああ。それと……」
予想できたことだ。
こういう奴らのセオリーは。
背後から風切り音。
でも、アテナさんやロナルドの剣を思えば、あくびが出るほど鈍い。
僕は固めた拳に「メタルアーム」をかけ、振り向きながら、性懲りもなく角棒で殴りかかってきた新手に「オーバービート」を放つ。
ぶっつけ本番。武器はなくても「メタルアーム」で固めた手は「用途」が固定され、魔力剣技発動媒体として使えるんじゃないか、という閃きに従った。
そして、それは的中し、僕に振り下ろされた角棒は半ばで粉々に砕け散る。
「なっ……!?」
「僕は結構気が短いんだ。返事は急いでほしい」
チンピラの襟首を固まっていない方の手で掴み、「旋風投げ」を仕掛けて水平に路地の奥に投げ飛ばす。
こんなもので脅しとしては十分か。
再び顔を向けると、カミラさんにまとわりついていたチンピラたちは一斉に逃げ出していた。
「た、助かり……ました。ありがとうございます」
「なんで一人でこんなところを歩いてるんですか。ミリィさんみたいには戦えないんでしょうに」
「ええ……でも、このあたりにいる武器商人と取引しなくてはいけなくて。あまり物々しく人を連れて踏み込むと、姿を見せないんです」
「だからって無茶な……」
カミラさんもなんというか、フルプレさんの部下だなあ、とちょっと思う。
冷静なようで、微妙に蛮勇が強い。
「それで、あの……」
カミラさんはもじもじと指をいじりつつ、僕を見上げて。
「……せっかくなので、もう少しだけ……その武器商人に会えるまででいいので、お付き合いいただけませんか」
えー……。
あんな襲われかけたのに、戻らないでまだ進むの?




