帰り道の遭遇
「使えるパーツも残ってるっちゃ残ってるけど、こうまでやられるような相手じゃあ、もう軽ミスリルじゃキツいかもねぇ。前よりアンタも身体ができてきてる感じするから、そろそろ軽量合金は卒業しとくかい?」
「モノによるかなぁ。だいたいこんな感じ、っていう重さがわかれば返事のしようもあるけど」
どんな重い鎧だって着こなせる、といえるほど僕はうぬぼれることはできない。
戦法としてはさほど敏捷さを求めないとはいえ、鎧の重さはそのまま普段の行動限界に直結する。
元々アテナさんやクロードに比べてスタミナには不安があるのだ。むやみに重い鎧を着て、肝心な時にロクに動く力が残ってない、なんて醜態は晒したくない。
が、ドラセナはそんな僕の不安を鼻で笑った。
「心配しなくてもいきなり罰みたいな重いのは作りやしないって。そもそも『ただ硬いだけ』の鎧なんて職人じゃなくても作れるさ。アチキらの仕事ってヤツは『硬くて、着心地がよくて、着脱がしやすくカッコいい』まで昇華させて、初めて一流ってモンじゃないか。アンタが心配してるような状態にはしない」
「それならいいんだけど……」
「だいたい、ドワーフの仕立てた鎧ってのはそこらのモンとはワケが違うよ? 手で持った時にはズシっときても、いざ身につけると着てたことを忘れるんだ。重いのに重くない、頼もしいのに自由を妨げない、ってのはドワーフの一級品ではよく言われる評価さ」
「……まあ、そこまで言うなら任せるよ」
実際これから戦う相手の攻撃力はおそらくはロナルド程度ではない。
今の鎧の防御力では不足を感じるのは事実だ。
問題はその重量分、効果があるかなんだけど……こればかりは誰も確約できないからなぁ。
「でも、そう長くは待てないんだ。出来るだけ早く仕上げてほしい」
「ウチのジジイどもに任せりゃ三日四日で仕上がるよ。なんかアンタの仕事にはやる気が違うんだ。なんなら剣も研ぎ直してやるから見せてよ」
「あー……そっか、そうだね」
前に寸を詰めた時もここだったか。
どっぷり世話になってるなあ、と思いながら剣をドラセナに見せると、ドラセナはまた表情を変えた。
「……うっ」
「ど、どうしたの?」
「……研いで済む状態じゃないよ、こりゃ。まるっと打ち直さないと、次の一振りで折れちまってもおかしくない」
「そんなに!?」
僕はドラセナに渡した剣を慌てて確かめる。
そんなにマズい状態……には、見えないのだけど。
「アンタ、これ持っててもうヤバそうだなって思わなかったのかい? アチキからすると握ってるだけで悲鳴が聞こえるけどね」
「そ……そんなにひどい?」
「例えるなら背骨にヒビが入ってる状態だよ。満身創痍、息も絶え絶え。よほどの打ち合いを耐え抜いたんだろうね」
「…………」
金属製品にまるで生き物のような例えをするあたり、ドワーフっぽいな、と思う。
いや、僕にはドワーフに関する知識が全然ないから完全にイメージでしかないけど。
「こいつも打ち直すかい? ……せっかく染みついた属性は抜けちまうけど」
「う、うーん」
属性が……抜けるのか。
そうなると、これを使い続ける理由がちょっと乏しくなるな。
随分一緒に戦った相棒だけど、今の僕としては、これど同じグレードの剣は大して高い買い物ではない。
思い入れは強いけど、思い入れだけで戦うには、ここから先は厳しい……というのもわかっている。
実際、心当たりもある。ロナルドとの打ち合い、そして“邪神殺し”の発動。
上等な品だが、大きな街なら金を出せば手に入る市販品……という素性のコイツにとっては、荷の重い戦いだっただろう。
それが次の一振りで折れる、とまで言われるとさすがに使うのは怖いな……。
「……打ち直しはお願いするけど、それは急がない。しばらく預けとくよ。……とりあえず、もっといい剣を用意しないと、次の戦いには耐えられそうにないね」
「多頭龍すら殺ったっていうアンタがそこまで言う相手って、一体何なんだい? “邪神”でも倒そうってのかい」
「……まあ、似たような話だよ」
メガネを押す。
……とりあえず、代品の剣はロゼッタさんに頼るわけにもいかないし。
まずは、なるたけいい品を持ってそうな人たちに当たってみるか。
ドラセナに頼ってもいいんだけど、ドワーフ謹製の業物よりも遺跡産の古代遺物のようなデタラメの品を頼りたいところ。
ゴリラ時代のユーカさんが愛用していたことからもわかる通り、モノとしてはそちらの方が頑丈……というか、破壊不能のものが多いと言われている。
とはいえ、ちょうどいい大きさの品があるかなあ。あったとしても手に入らない値段だったりすると意味ないし。
鎧も預け、剣も預け。
ついでに鎧下もボロボロなので、代わりに、と適当なお古の上着をくれた。
身幅と袖の長さが合っていないが、ドワーフとはやっぱり肉体のバランスが全然違う。
まあ袖はまくって誤魔化せばいいし、身幅は入れば何でもいい。
ちょっとニオイが苦いのは、まあこれまた種族的なものだろう。
いや、鍛冶場ってそういうもんだろう。金属と炭と油。苦い要素しかない。
というわけで我慢しつつ、その恰好で王都を歩く。
……わざわざ街中で振るうわけではないとはいえ、剣を持たないでいるとやっぱり不安なものだ。
特に、揉め事が起きそうなところを歩くのは緊張する。
……武具がないだけで、僕はただのヒョロメガネに逆戻りだ。
「こういうところが騎士団出身の二人と違うんだよな……」
アテナさんやクロードは、たとえ平服でもチンピラの三人や四人相手に慌てることはないだろう。
というか、アテナさんに至っては十人二十人に囲まれても焦る想像すらできない。
僕は未だに無手では自分より相当体格に劣る相手でもないと勝てるとは思えない。
根本的に喧嘩というものに向いていないんだろう。
相手を殴り倒す想像ができないし、殴り倒してからどうすればいいのかも想像できないし、勝ってどう収拾付けるのかも考えられない。
いや、喧嘩の強い他人がやっているのなら、冒険者になって以来さんざん見てはいるけど、自分がその真似をできる気がしない。
敵とあらば殺すことはできるのに変な話だけど。
まあ、殺しと喧嘩はやっぱり、あらゆる意味で全然違う。
苦手なことはやらないに限る。
……と、思っていたのに。
「は、放しなさいっ! 私は火霊騎士団の……!」
「騎士団がどうしたってぇ? 随分スキだらけな騎士様じゃねぇか」
顔見知りの女性がうっかりチンピラ数人に絡まれ、腕を取られている姿を見つけてしまった。
「カミラさん」
「……あなたはっ……!」
カミラ・マートンさん。フルプレさんのところの財務係。
……はぁ。
「お前ら、その人は放した方がいいよ。たかがナンパに命を捨てたくはないだろ」
「あぁ!?」
「なんだメガネ野郎! いいカッコでもしようってか!?」
……目の前の僕じゃなくて火霊騎士団長を恐れてほしいんだけど。
「まさか。僕は暴力は嫌いだよ。あくまで……」
「なら失せろ!」
「…………」
溜め息をついて。
「忠告はしたよ」
さて。
どうしてやろうかね。




