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またしても王都へ

 港町マイロンの酒場を情報収集の拠点としつつ、翌日は湖を渡って王都アルバルティアへ。

 王都に行ってからでよかったんじゃないか、とも思うが、マード翁曰く、こういう厄介な話は王都の酒場ではあまり期待できないらしい。

「何しろ王都は冒険者の拠点としては実質的に機能せんからの」

「あー……」

 モンスターが繁殖・出現する素地がなく、ダンジョンも未封印のものはない。

 冒険者にとっては「買い物のための場所」であり、冒険拠点にはならないのが王都だ。

 となれば、モンスター関連の依頼が集まり、店主が厄介事の手捌きに長けた熟練者……という「冒険者の酒場」も定まっていない。

 代わりに王都内部の犯罪情報や上流階級の話を取り扱う専門の人間は複数いるらしいが、どちらにしても今回のような真似は慣れているとは言い難い。

 仮にも「冒険者の酒場」として機能を維持するマイロンの酒場の方がずっと適しているわけだ。

「そういや、前回はリリーちゃんに結局手紙は出しとるんかの?」

「出してねーよ。意味ねーし」

「ふぅむ。ここまで色々起きてなお一報もなし、っちゅうのはいかがなもんかと思うがのう」

「なおさら絡ませねえ方がいいだろ。どうせ魔術師の出番なんかねーんだし。下手に動けばアーバインたちの二の舞だ」

「そういう考え方もなくもないがの……」

 マード翁はユーカさんの言いぐさに複雑そうな顔をする。

 まあ、あのメンバーを最後まで気遣っていたのは他ならぬリリエイラさんだ。

 直接のパーティインまでは望まないにしろ、アーバインさんやクリス君がやられたというのを一言知らせたいという気持ちもあるだろう。

 が、知らせたところで実際、魔術師は人間大の小型モンスターに対し、そんなにアドバンテージがあるわけではない。

 大規模攻撃を得意とする魔術は数や体格を頼みにするモンスターになら絶大な一手たりうるけれど、破壊力を集中するのは難しい。

 戦うなら一発で致命打かそれに近いダメージを与えられなければいけない。魔術師の大半は、反撃を凌ぐほどの耐久力はないのだ。

 それでもクリス君のような臨機応変、一気呵成の魔力捌きができるのならばまだしも勝負になるが、リリエイラさんはそういうタイプの魔術師ではない。

 良くも悪くも、オーソドックスの完成形。フルプレさんには及ばないが強大な魔力と、反則的な記憶力による呪文レパートリー、そして何より敵や環境に対する旺盛な知識欲で戦いを制するのがリリエイラさんのスタイルだ。

 僕らと合流し、僕やロナルド、フルプレさんを始めとした分厚い前衛で固めるうえでなら援護のしようはあるが、その前衛で圧倒する勝ち筋が本命。

 そこに無理して参加させるメリットより、現場に連れてくるリスク、そしてアーバインさんたちが殺されたことによる精神的動揺を思えば、知らせない方針にも一理はある。

 実際、現状の僕らのパーティの後衛組(ファーニィやリノ)も、いざ「邪神もどき」との戦闘に入ったら、どう立ち回らせるか悩ましい。

 ジェニファーで距離を置いて巻き込みを避けさせるのがベターだけど、「邪神もどき」の手の内が見えていない以上、あまり離れても想定外の動きで追いつかれ、カバーできずに斬られてしまう危険も考えられるしなあ。

「実際の戦いを想定すると問題は山積みだな……」

「ま、それより」

 ぴょんっ、と、すっかり小さな体躯が板についた仕草で桟橋に飛び移りながら、ユーカさんは僕を振り返る。

「お前はそのズタズタ鎧を直さなきゃな」

「……気が重いなあ」

 デルトールでの戦い、そしてロナルド戦。

 立派だったドラゴンミスリルアーマーは、すっかり部品交換と応急処置でみすぼらしくなってしまっていた。

 昨夜のロナルド戦の後に修理などする暇はなかったので、切り裂かれた胸甲の上から例によって布を巻きつけて、とりあえず間に合わせている。

 これをドラセナに見せれば即ひん剥かれて完全修理。いや、1から作り直しを勧められるかな。

 どんな顔されるかと思うと気が乗らないけど、まさか今後を半壊鎧で戦い抜くなんてバカな選択肢はない。

 行くしかないか。

「私も服とか新調してきましょうかねぇ。いい加減ちょっとほつれてきちゃったし」

「うーん、ファーニィがそうするなら私もそうしよっかな……」

「リノちゃん。私のことはファーニィちゃんかファーニィ先輩といいなさい」

「でもファーニィってなんか年上って感じしないし……」

「私アンタにそこまで言われるほどガキンチョに見える!? っていうかマード先生とだいたい同い年だからね!?」

 君は年上扱いされたいのかピチピチを主張したいのかどっちなんだファーニィ。

「吾輩たちは城へ直行だ。わかっておるな、ユーカ、マード」

「アタシよりクロード連れてけよ。双子姫がすっかりババ引いたんだからフォロー必要だろ」

「……吾輩の前でマリスに色目を使うなど認めんからな」

「えっ、えーと……」

 フルプレさんに威圧されてたじろぐクロード。

 ……どっちかというと翻弄して楽しんでいる双子姫側に問題があると思うのだけど、まあ僕はうまくかばえる気がしないのでクロードがんばれ。

 いずれ結婚を画策しているのなら、その人との対決は避けられないぞ。


 そして、残るはアテナさんとユーカさん、そしてジェニファー。

「ふっ。モフモフタイムだな」

 アテナさんが凛々しい顔で凛々しくないことを言う。

 ジェニファー、僕をじっと見て前足を伸ばし、ちょいちょいと空を掻く。

 ちょっとは仲裁して、というサインだろうか。

「アテナさん、ほどほどにして風霊にも顔出してね」

「よかろう。風霊本部で思う存分モフモフさせてもらおう」

「そういうことではなく。……というかロナルドと昨日接触した話、騎士団的には大ニュースじゃないんですか。王都近郊に潜伏してたなんて大問題でしょう」

「ロナルドについて騒ぎまわっては今後の作戦に支障が出るだろう。アイン君もその話は触れ回るべきではないぞ」

「あ……そうか」

「だいたい、アイン君は一人で戦えていたじゃないか。やはり君は本気となると私より強い」

「別にそういうわけでもないと思うんですけどね」

「剣術の展開幅が狭いのは完全に場数と年季の問題だ。そう簡単には覆らない。だが命の取り合いでは往々にして、そんな差を置き去りにして強さが決まることがある」

 キリッとした顔でジェニファーの鬣をモフモフ触りながら、アテナさんは。

「試合巧者が戦場ではあっさり死ぬなんて良くある話だ。君はその逆だろう。技術とは別の部分でロナルド・ラングラフと拮抗するものがあるのだ」

「……変に持ち上げないでほしいんですけどね。調子に乗ってしまう」

「お前はもうちょっとぐらい調子に乗っていいと思うけどなー。ま、今でも臆病風ですくむこたぁないんだから上等だが」

 ユーカさんもやれやれという顔。

 ……昨夜のロナルド戦も相当調子に乗った言動してた気がするんだけど、あれでもまだ足りないんだろうか。

 苦笑いをしつつ、僕は二人と一頭に手を上げて、ドラセナのいる工房に歩き出す。


 ドラセナには案の定唖然とした顔をされた。

「こんなにやられちまうとは……逆によく生きてたねアンタ」

「体の傷は超優秀な治癒師がいるからすぐ治るんだけどね……」

「まあいいや、とにかく脱いじまってよ。それじゃあとっくに屑鉄……」

 ドラセナに言われてその場で鎧を外す。

 ちょっと粗野だけど、男の身でいちいち脱ぎ着に囲いを要求するのも気持ち悪い。

 ……で、脱いだところでドラセナが変な顔をした。

「なにそれ」

「何って」

「なんでアンタ光ってんの?」

「…………」

 鎧同様にわりと裂け跡の目立つ鎧下のシャツ。その隙間から、僕の体の虚魔導石が光を放っているところをドラセナに見られてしまった。

 念のために、と虚魔導石にはさらに数回ほどフルプレさんの鎧経由で吸収・補充させてもらったので、胸の中央石もその他あちこちの小片も、昼なお明るく光って見える。

「なんか悪趣味な感じになってるね……それ魔導石かなんか?」

「う、うん。埋め込んでるんだ」

「今どき体内埋め込み!? っていうか埋め込むにしてもそんなギラギラに光る奴埋める普通!? オシャレのつもりかい!?」

「オシャレではないんだけど……たまたまそういう素材が豊富だったんで」

「オシャレのつもりだったらとうとうエラシオよりセンスがヤバい奴に出会っちゃったかー……って嘆くところだよ」

「……そんなにヤバい?」

「いや普通に考えなよ。いくら綺麗な宝石でも、ネックレスや指輪ならともかく直で体にハメ込んで飾ってたら引くよ普通」

 ドラセナが心底「うわぁ」な顔をしている。

 が、ドラセナの背後のドワーフ爺たちが何かドワーフ語で騒いでいる。

「な、なんて?」

「あー……ったく!」

 ドラセナが何事か怒鳴り返してから意訳してくれた。

「……昔の鉱山住まいのドワーフは、そういうの流行ってたし自慢してたぞ、だって」

「ええー……」

「それこそ下手なアクセは落っことすからね。見つけた宝石を眼窩に入れたり腕に並べて埋めたりして自慢する文化あったんだってさ」

「……うん、引くね」

 想像して引いた。

 そして改めて今の僕が超悪趣味な恰好だと再認識させられた。

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