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裏を取れ

 ロナルドは治療後、姿を消した。

 追うことも考えたが、もとよりデルトールからの高速移動の途上だ。フルプレさんの部下である火霊騎士団はいないし、斥候追跡のスペシャリストであるアーバインさんみたいな真似ができるメンバーもいない。

 いや、正確にはファーニィなら追えなくもないと思うけど、これ以上彼女に負担をかけるのも気が引ける。危険だしね。

 まあ、近いうちにまた現れるだろう。

 ロナルドはまだ底を見せていたかは定かでなく、決着がつかなかったとはいえ、僕は一応互角に戦うことができた。

 それで随分、気が楽になった。

 もう突然の襲撃にそこまで怯えることはない。

 それに、ロナルドがある程度考えていた通りの人物であることも確認できた。

 もしも思った以上の、例えば相手を殺すことに執着する狂犬のような性格だったら闇討ちも警戒しなければいけないが、今のところそういう感じではない。

 紳士的……というにはあまりに無骨だが、少なくとも僕らの不意を打つことに意味は見出していない。

 これなら、仲良くなれるかはともかく、協力できなくはないはずだ。



「裏を取る……ねぇ」

「難題だね。ロゼッタさんとシルベーヌさんを除外すると情報源の確保があまりにも難しいし、相手の移動速度についていけない」

「ぶつからねーで情報収集するってのがまず無茶だよな」

 僕たちにとっては、ロゼッタさんたちの情報を信用しないとなると現地に直接赴くしかない……が。

 そうなると必然的に「邪神もどき」の活動範囲に入ることになる。

 相手は千里眼持ち。追いかけ続けていればいずれこちらに気づき、迎撃するだろう。

 こちらが慎重に情報を検討しようとしても、相手から先に仕掛けてきたらそこで話は打ち切りだ。

 相手の方が「ひずみ」を利用するので機動力が高いわけだし、こちらは戦闘突入タイミングを選べない。

 その状態で裏取り、といっても。

「マリスたちを頼るしかないでしょう」

 クロードが言う通り、現状で頼れる情報力を持っている味方は双子姫しかいない。

「他には……ねえリノ、シルベーヌさんたちみたいな感じの情報交換網ってサンデルコーナーにはないの?」

 リノに話を振ってみる。

 もしイスヘレス派のようにサンデルコーナーが各地にいて、それぞれに状況を報告しあっているようなら、元々ライバル関係なわけだし、答え合わせには適しているだろう。

 しかし。

「サンデルコーナーってあんまりそういう感じじゃないから……」

「そういう感じ、って」

「まず、外の情勢にあんまり興味ない人が大半だと思う。魔術師ってそういうもんだし」

「……そういうもんなの?」

 ユーカさんに視線をやると、ユーカさんは「あー……」と思い当たる顔。

「研究屋はなー……それこそ直接叩かれるんでもないと確かに俗世間には疎いよな」

「そうそう。それと、サンデルコーナー派って本家至上主義っていうか、本家の動きにはみんな注目するけど、末端がどうなってもあんまり気にしないところあるのよ。だから連絡が一方通行気味っていうか」

「魔術学派あるあるだなー……」

 あるあるなんだ。

 ……まあ実際、本家に養子入りしたはずのリノが家出して極貧生活していても、特にサンデルコーナー家が動いたわけでもないみたいだし。従うなら良し、背くなら知らん、という感じの姿勢なのだろう。

 いや、子供の家出なんて世間の厳しさがわかればすぐ終わるだろう、と思っていた可能性もあるけど。

「どうしたもんかねぇ。まあ、明日王都に戻って双子姫に、って流れは変わんねーか。どっちにしろ」

 ユーカさんが頭の後ろで手を組みつつ言うと、ずっと思案顔をしていたマード翁がポツリと。

「……ううむ。……そういう話なのかのう」

「ん? どういうことだよマード」

「確かにワシら、いろいろ憶測で動きすぎとるとは思うんじゃ。……しかしあの男、『キナ臭い』というからには何かの作為を感じたということじゃろう。その作為をよりはっきりと嗅ぎ取るつもりなら、『邪神もどき』周辺だけ調べてもあんまり意味ないんではないかの」

「って言ってもどうすんだよ」

「…………」

 マード翁はしばらく黙考。

 やがて顔を上げ、酒場の店主に視線を向ける。

「聞いての通りじゃ。……ちと大仕事になるが、頼めるか」

「聞いてない(てい)でここにいたんですがね」

「儲け話じゃぞ。王子がケツ持ちじゃ」

「……はぁ。一両日ってワケにはいきませんや。ちと日をもらいますよ」

 ……な、何?

 マード翁と店主の会話がわからない……。

「ユー、ユー。どういうこと? 何あの雰囲気」

 小声で聞いてみると、ユーカさんもよくわかってないらしく、「んー……?」と首を傾げている。かわいい。

 結局マード翁が教えてくれた。

「本来、情報集めってのに一番適しとるのは冒険者じゃ。依頼さえありゃどこにだって行くし、話の種がありゃみんな酒場(ここ)で自慢げにバラすからの。……こういう酒場の親父はもちろんその価値を知っとるからこそ、人任せにせずに必ず店頭に立ち続けるし、釣り合う金を提示されりゃあ酔っ払いのうわ言も売るんじゃよ」

「……ええー」

 ファーニィが凄く嫌そうな顔をして店主を見た。

 店主は非常に気まずそうながら愛想笑いで受け流した。心が強い。

「ちゅーわけで、冒険者の酒場の店主は情報のプロじゃ。……ワシやフルプレの金なら、こいつらに本腰を入れさせることもできる。町々の間を往来する冒険者たちを使い、主要都市の酒場にも金と手を回して、ここ一年の間の異変の情報をかき集めることだってできるっちゅうわけじゃ」

「期待はしないで下さいよ。冒険者の耳は早いもんだ。集めてもだいたいはご存じの情報ってのがオチになります」

「それならそれでええんじゃ。……いや、むしろ既知の情報がどこでいつ起きたか、なんてのも重要かもしれんな」

「歴史家の学者先生なら喜ぶでしょうな」

 結局「無理」とは言わない店主の姿に、僕は改めてこの冒険者という職業とシステムを甘く見ていたかもしれない、と思う。

 確かにそれなら、ロナルドの言う「裏を取る」というのも無理なく可能かもしれない。

「悪ィなマード。ロゼッタが外に出られるようになったら返す」

「気にせんでもええ。どうせあらかたフルプレじゃ」

「だから貴様らは何故吾輩の金を勝手に当て込むのだ!」

 怒るフルプレさん。

 まあ……王子様だしちょっと煽るとすぐ乗るからだと思います。

「すぐに結果が出ないというなら、やはり明日は王都ですね」

「我々の騎士団でもできる限りは情報集めを頼んでみよう」

 クロードとアテナさんは頷き合う。

 僕も……まあ知り合いは少ないけど、噂話を聞くぐらいならできるかもしれない。

 もののついでにハルドアのことも聞けるかもしれないし、今度の王都では気を付けて回ろう。

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