会見
立ち話でするにはあまりにも危険な話だが、お互いにいきなり宿に招き入れるわけにもいかず。
急遽、冒険者の酒場を借り切ることになる。
当然、呑んでいた他の冒険者たちからは文句の声も上がったが、そこは結局フルプレさんが素顔と名を晒して「危急の話である」と言い張って鎮圧。
……かくして、賑やかな酒場は打って変わった静寂に包まれることになった。
僕とロナルドは、まず治療を受けた。
ロナルドの方はマード翁にやってもらい、こっちはファーニィに診てもらう。
「手の傷は大したことはないです。でも体じゅうが筋肉も靱帯もブチブチですね……」
「だろうね。めちゃくちゃ痛い……」
「なんでこんなことになってんですか」
「ロナルド相手にまともにやり合ったんだから、五体繋がってるだけマシな方だと思うけどなあ」
「いや、これどう見てもユーちゃんのアレと同じ状態じゃないですか」
ファーニィはユーカさんの“邪神殺し”のケアをしたことがある。
だから僕の肉体ダメージが、それに似ていると感じたようだ。
「……まあ、多分同じだからね」
「は? っていうかアレって会得できるもんなんです!?」
「なんか、発動しちゃったんだ。どういうことなのかはわからない」
ユーカさんの“力”は、未だに僕の中で封印解放された感じはしない。
だから、これはどういうことなのか、実はまだ皆目見当がつかない。
メインの“力”とは別に僕に継承されていたのか、あるいはユーカさんからまた別の方法で「伝染」したのか。
あるいは、力を求めた先に行きついた、同じ境地でしかないのか。
ただ、見た目としてはおそらく同じ。効用もきっと、同じ。
……そうか。あんな感じなんだな、ユーカさんの“邪神殺し”も。
確かに実感としては「力が無限に上がっていく」なんて趣ではない。
迷いが消え、敵の動きと隙が見える。ユーカさんが戦ったような巨大モンスターなら、きっとそれは急所であり、体躯の支点のようなものが見えるようになるのだろう。
そこに対する攻撃の発想が無尽蔵に湧いてくる。こうすればもっとうまく、もっと強く……という思考が深化していく。
そして、無茶な動きをしても痛みを感じない。いや、感じてはいたんだけど、それに思考が阻害されない。
……その結果が、ロナルドへの優勢であり、水竜を圧倒する攻撃力、か。
なんにせよ、これは優秀な治癒師がいないと怖すぎる能力だな。
「ファーニィがいてくれてよかった」
「なんですか。急に褒めても駄目ですよ? ここで青少年に有害なことは始めませんよ?」
「いや普通にファーニィの治癒術に感謝してるだけだよ」
この子も普通に優秀なんだからもっとそれらしい態度取ってもいいと思うんだけどなあ。
……と、その間に、ロナルドの前に進み出たのはクロード。
「ロナルド」
「……誰だ。いや……ああ、そうか。その鎧の仕立ては、兄者の……」
どうやらロナルドはクロードを一目ではわからなかったようで、鎧から類推を始める。
まあ、クロードも成長期だ。ほんの数年前には本当に子どもだったんだろうし、見違えても仕方ない。
「そうだ。クロードだ。……何故王家を裏切った。何故ラングラフ家を捨てた!」
「そんなことを私の口から語る必要があるか?」
ロナルドは面倒そうな顔をした。
クロードはギリッと歯を鳴らし、バッと手を打ち振るい。
「『そんなこと』じゃない! 通りいっぺんの理由ならマリスにもスイフト団長にも聞いてる! 私が知りたいのは、マリスの申し出をも断り、王国に仇なした理由だ!」
「それこそ語る意味を感じぬ」
ロナルドはクロードを睨みつけた。
「騎士団を放り出された経緯を知り、その上であの姫君らの手駒になるという子供騙しの誘いをも知り……私がどう感じたか、理解できんというならお前には何を言っても無駄だ」
「っっ……! それでも! だからといって山賊などになる必要があるのか!」
「名乗ったわけではない。体制的にはそう呼ぶしかなかっただけのことだろう」
ロナルドに気圧されるクロード。
……ロナルドのほうも、まあ、本音で言っているわけではないだろう。あしらうつもりの不愛想な返答でしかないだろうけれど。
「そのような話は後にせよ」
ズイッとフルプレさんが割って入り、クロードはもの言いたげな顔をしつつも、下がる。
それを見届けてからフルプレさんは、腰かけたままのロナルドを見下ろした。
「どうだラングラフ。……ユーカの後継者との闘いは楽しめたか」
「……王子。無骨者に迂遠な話は無用だ」
「愛想のないことだな」
フルプレさんはどっかりと椅子に腰かけてふんぞり返り、僕にぞんざいに視線をくれる。
さあ話せ、ということか。
まあ、クロードとの身内喧嘩を続けられても困るから、ナイスアシスト……というべきなんだろうな。
「僕たちからの提案の話に移ろう。……その前に、『邪神もどき』の話をしようか」
「『邪神もどき』……」
「僕らがそう呼んでいるだけのものだ。世間では一定していないらしいけど」
そもそも、各地で起きた殺戮が同一犯だと気付いているのも、シルベーヌさんをはじめとしたイスヘレス派の一部だろう。
ただの正体不明の「鎧の怪人物」。
噂の広がりも時間と地域の限界がある。奴が「迷いの森」を介して自在に移動し、同じ地域で騒ぎを連発しないことは、余計にその脅威度を隠してしまうことに一役買っている。
その話から、まずは始める。
「……なるほど。この中でまともに出会えたものは誰もいない……幻の『推定・邪神級合成魔獣』という、雲をつかむような話だな」
「……まとめるとそうなってしまうね」
ロナルドのテンションが上がらないのは、情報が断片的であまりにも不確かなためだろう。
「それは、話に出てきた千里眼のエルフとやらに『担がれている』ということはないのか」
「それを疑いだすとキリがないんだけど」
「情報力も行動力もあまりに高すぎて怪しい。私ならまずはそのエルフを切り捨てる。それでも被害が出るなら動くが」
「そういうわけにはいかないんだよ」
でも、全く情のない外部の意見としては、そうなっちゃうのかもしれないな。
確かにロゼッタさんはあまりにも便利な力を一人で持ちすぎている。疑い出せばきりがない。
もしもロゼッタさんがユーカさんを裏切っていたとするなら、掴んだ情報はほとんどバラバラのままこじつけただけ、ということになってしまいかねない。
……でも。
「ロゼッタは信用できる。全財産賭けたっていいぜ。……つってもあいつがほとんど握ってんだから、元々賭けてるようなモンか」
ユーカさんがそう言う。
僕も同じ気持ちだ。
実際、あそこまで瀕死になって……ほとんど戦闘能力がないままダンジョンを這い回ってまで、今の力を失ったユーカさんを欺くだろうか。
それにアーバインさんの孫だ。あの女性にとことん甘いアーバインさんが、彼女があそこまで傷つくのを見過ごすとも思えない。
「と、なると……芸もなく討伐するという話にしかならぬ、か」
「ああ。それに協力してくれ。……報酬は、望むままに」
「待て小僧。それはそんな気安く口にする言葉ではない」
「いえ、フルプレさん。僕たちにとっても奴は仇です。……これから何年かけてでも払いますよ」
アーバインさんやクリス君は、ユーカさんやマード翁にとってもかけがえのない仲間で、僕にとっても恩人だ。
その彼らがやられたのなら、復讐のためにどれだけ働くことになってもいい。
……果たして、ロナルドは。
「フフフ。なるほど、確かに面白い。……だが、一筋縄ではいかんぞ」
「なに?」
「その騒動、どうもキナ臭い。その『邪神もどき』を討伐して終わるとは思えん」
ロナルドは治癒の終わった脇腹を叩いて確かめ、立ち上がり。
「報酬の話は後だ。……もっと裏を取れ。何か、見えてくるはずだ」




