薄紫の領域
僕の眼に何かの光が宿る。
その光がメガネに映る。
その意味を……考えている時間なんてあるわけがない。
ロナルドだ。
強敵が迫っているのだ。気を散らしてなんかいられない。
奴の動きが妙に「視える」。
初撃で僕の剣を払いのけ、次の一撃で脳天を狙う……という連撃のフリを見せながら、それを途中でズラして腋狙いのひねりの一撃を狙っている。それを僕が硬化した左腕で受け止めるのを読んだうえで体勢を崩す瞬間を読み、改めてやや斜め下からさらに一撃を放つつもりだ。
─小癪な。僕をそれでやり込められる気でいるのか。─
そこまで読めているならなんとでもなる。
剣を払いのけるだけのつもりの初撃なんか怖くない。踏み込め。
「!!」
ロナルドが僕の動きの変化に気づいたようだ。
紙一重で剣をくぐり、低い姿勢から僕の剣が、地面を「パワーストライク」で引き裂きながら、奴の股を切り上げるように伸びあがる。
それをロナルドは強引なステップで回避。
僕はそれを追って身をひねりながら地面を左手で叩き、無茶な動きで立ち直って、「オーバースラッシュ」で回避を追う。
─それでは甘いぞ。まだいける。─
剣に間髪入れずに質の違う魔力を込めて、「ゲイルディバイダー」へとシームレス移行。
剣そのものに推進力を持たせ、動きの補助とする。
勝手に突き進む暴れ馬となった剣を手首で制御しながらロナルドを追い、すれ違いざまに豪快に体をひねって蹴りを叩き込む。
それで奴の鎧越しにダメージが入るわけじゃないが、足元が乱れる。
それで充分。
「かぁぁっ!!」
「ゲイルディバイダー」の魔力を一気に吸い込み推進力を消失。そこからアテナさんの「破天」のパクリ技、雷属性のロングリーチ化「雷天」に移行。
延びたリーチでロナルドに一撃を見舞う。
「ぐぅっ!」
入った。
剣同士の打ち合いでは我慢しきれた雷属性の浸透ダメージも、さすがに胴に直接となれば効くらしい。
また即座に「雷天」を吸って解除。これは雑に使い続けると魔力をバカ食いする。一瞬で切り替えなきゃ。
─動きが鈍っているぞ。追撃できる。─
いや、奴の目がまだ生きている。
僕が調子に乗るのを待っている。
再確認だ。再予測だ。
奴はフラついている……いや、フラつくフリをしているな?
ダメージが入ったのは事実だろうが、奴は精神力でそれを打ち消して即座に動きを戻せる。
僕が調子に乗ってさらに大振りを放てば、今度こそさらに鋭い一撃でカウンターを決めてくる。
─乗れ。奴の予想を超えろ。─
頭の中にチラつく獰猛な考え。
だが、僕はそれをさらに鼻で笑う。
……そんな雑な超え方なんてつまらないだろ。
「……もっと本気で来いよロナルド。遊びが過ぎるぞ? それともそんなものか、最強ってのは」
挑発。
剣を手首でクルクル回しながら、僕はロナルドにさらなるペースアップを要求する。
一気呵成の攻めで勝つ。それもいい。相手がモンスターならそうしただろう。
だけどロナルドは、それで油断を攻め立ててねじ伏せるにはもったいない。
奴の技にはもっと上があるはずだ。
もっと激しくやり合えるはずだ。
もっと、もっと……。
─もっと僕を強くできる。そういうことだな。─
僕はその予感に頬が吊り上がる。
「……それが“邪神殺し”か……!」
「アイン。お前」
「悪い、ユー。もう少し見ててほしい」
「…………」
ユーカさんが僕を見る目が、少し哀しい。
そうか。
今の僕は、あの時の……“邪神殺し”のユーカさんと同じ状態なのか。
この色づいた視界は、そういうことか。
ということは、さっきの無茶な動きで僕自身にもダメージが来ているかもしれないな。
……でも、ファーニィもマード翁もいる。死ななきゃセーフだ。
が。
「……アイン様!!」
ファーニィの声が路地に響く。
派手にやり合い、そこらを破壊したおかげで、さすがに仲間たちも気づいたらしい。
ファーニィが屋根の上にひらりと飛び乗って弓を構え、続いてマッチョ化したマード翁、フルプレさん、それに兜をつけ直したアテナさん、そしてクロードが続き、ジェニファーも最後尾にリノを乗せて現れる。
「……ロナルド・ラングラフ!」
「……王子。ご無沙汰しております」
「ぬけぬけと……貴様!」
「……さすがに、王子と戦女神ストライグまで同時に、というのは骨だな」
ロナルドはつぶやく。
逃げるか?
……いや。
「フルプレさん。抑えてください。……ロナルド。取引しよう」
「何……?」
「お互い、こんなんじゃまだまだ物足りないだろう? ……だから、いい話がある。手合わせはここまでにしよう」
「……フッ。最初に戻る、というわけか」
「お前も楽しめる提案だと思うよ」
メガネを、押す。
火を吹き消すように視界の色が消え……急に、全身に痛みが襲ってきた。




