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棒で戦う

 ゴブリン。

 ここに来るまでにも何度も戦っているが、改めておさらいすると、身長は人間の腰程度の小さな人型モンスターだ。

 体色は緑が多いが一定していない。比較的黒に近い個体や青に近い個体、あるいは黄色に近い個体まで同じ群れの中に共存していることもある。

 小鬼、と別称されることもあるが角がある個体はあまり多くはなく、あっても指の先みたいな大きさ。中には角を集めるコレクターもいるらしいが、まあセミの抜け殻やトカゲのしっぽを集める子供のようなものとみなされている。つまりただの奇癖。

 モンスターのおおよそに漏れず、人間を特に敵視しており、たいていちょっとした石棍棒や石つぶてなどで襲い掛かってくる。

 攻撃力は家畜や人間を殺すこともあり、丸腰で対峙すると危険。

 だが反面、剣才のある人間なら10歳程度で倒したという例も多く、一対一であれば野犬を大きく超えるほどの脅威ではない。

 ……まあ大抵群れているので、ちょっと油断していると大人が数人いてもやられてしまうのだけど。

 そのため一般人はゴブリンを見つけたら下手に手を出さず、冒険者や兵隊などに任せるのが望ましいとされている。

 ……そして冒険者としては、ゴブリンを安定して狩れるようになってようやく初心者卒業、とも言われる。

 群れれば怖いがそこはそれ、狩る側もやりようがある。おびき出すなり罠にかけるなり、こちらも飛び道具を用意するなり。

 見た目からは意外なほど狡猾で四肢も枯れ木のような外見のわりに力があるが、それ以上のことはない。

 そのため、よほど人里に接近してこなければ緊急性はさほど高くはない。

 壁貼り依頼の定番として、フィルニアのような平穏な地域でも数枚ほどあるのだった。



「いくらなんでも棒一本とナイフかぁ……」

 正直、依頼を急いでいるのは僕たちのほうの事情であって、依頼の期限自体が急かしているわけではない。

 できなければできないでも、そのうち他の誰かがやる。しかし達成出来たら金の用意はある、というのが壁貼り依頼の緊急度だ。

 しかし、こうしている間にもマード翁がどこに移動しているかわからないので、できれば彼を追うのに早くかかりたい。

 でもそれにはファーニィが邪魔。

 信用できるわけもないし、ユーカさんの秘密を教えたくもないからマード翁に直接会わせたくはない。

 しかしナメられるような状況で解放したくもないので、約束した三度の冒険労働は遂行しないわけにはいかない。

 ……でもゴブリン退治より難度の低い依頼っていうともう完全に子供のお使いみたいなものになってしまうし、それでお茶を濁すのもやっぱりナメられるよなあ。

「別にお前がどうしてもっていうなら剣が仕上がるまで待ってもいいが」

「忘れてるかもしれないけど急ぐ理由はユーのためだからね?」

「アタシはそこまで慌ててないぞ。そんなにあのジジイが見つからないほどコソコソ動くとは思えないし」

 そうなのかもしれないけれど。

 ご老体とはいえ、ここから先はわざわざ聞き込みをしながら追わなくてはいけないのだ。離れれば離れるほど振り回される可能性は高くなる。

「それにアタシは意地悪で言ってんじゃないぞ。お前ならソレで充分戦えるはずだし、あのエルフの治癒術もある」

「……痛い思いはしそうだなあ」

 二日待ちぼうけで時間を潰すか、あるいは諦めてこれで戦うか。

 さほど値の張らない安い剣を買ってそれでいく、というのも一つの手だが、どうせすぐに元の剣が仕上がると思うと、安物を使うのもな。用が済めば売るとしても、やっぱり大幅に足元を見られるだろうし。

 しばらく悩んだ末、僕はとりあえず戦ってみよう、と決める。


「そもそも六尺棒って言ってな。こういう棒を使った武術もあるくらい攻防に使いやすい武器なんだぞ」

「でもモンスターと戦うようなやつではないよね」

「それを言ったら大抵の武器は相手によっては不足になるだろ」

 ユーカさんはそう言って、このただの木の棒での戦闘をしきりに勧める。

 人間に通用するならゴブリンに不足ということはない、というのが彼女の論拠のようだけど、やっぱりただの棒は決定力に欠ける。

 仕留めるのにひと手間で済む長剣は、多数を次々に相手取ってもどんどん数を減らせる点で頼もしい。棒じゃよほどの急所にクリーンヒットしないと、トドメにナイフを使うなりしないといけないだろう。

 その上、「オーバースラッシュ」をはじめとした技の数々は棒で使うのに向かない。

「パワーストライク」を中心に使えば威力不足を補えるか……?

「お前はゴチャゴチャ考えすぎなんだよ。それが弱点なんだ」

「えー……」

「お前はこの間までよりずっとずっと強くなった。だけど気持ち的にすっかり剣や必殺技に頼ってる。だからちょっとした誤算があるといきなり諦めそうになるだろ」

「諦めたつもりはないんだけど」

 心当たりはなくはない。

 でも仕方ないじゃないか。

 実際、剣を失ったり、必殺技を封じられてしまえば、僕は役立たずメガネと言われた時のままだ。

「そうじゃねえんだよ。冷静(クレバー)に考えて振る舞ってるつもりだろうが、そういうモンじゃねえんだ、強い奴ってのは」

 ユーカさんはそう言うが、やっぱりゴリラマッスルに裏付けられた自信と同等のものを僕が持ってはいけない気がする。

「あのー……それで、私は何してればいいんでしょう……」

 ファーニィは所在なさげについてきていた。

 とは言っても彼女に剣を持たせるのは当然無理。そんなのあったら僕が使うし、そもそも腕力的に長剣を何度も振り回すことはできないらしい。

 弓を持てばそれなりに戦えるというのが彼女の主張だったが、弓というのは買って弦を張ればさあこれで、と使えるものではない。自分の使い慣れたものでなければ実戦での命中は望めないし、矢の用意も運搬も馬鹿にならない。

 冒険職種(ジョブ)としての弓手はその兼ね合いも準備も自ら考えて怠らないものだ。ファーニィはまずその弓を持参していないので、弓手として参加させるのは無理。

 で、残るは魔術師と治癒師、あるいは斥候(スカウト)としての運用。

 斥候(スカウト)は前衛より先行して罠や敵の存在を感知する役目。ちょっとした兆候からそれらを察知し、不意打ちを防ぐ技術が求められる。

 場合によってはそのまま前衛の一人として戦う能力も必要で、わりと専門性が高く、なんの知識もないままやったら高確率で死ぬ役回り(ロール)だ。

 ゴブリン退治での脅威のほとんどが不意打ちでの集団攻撃、ということを鑑みれば、ファーニィを斥候(スカウト)に使うのはかなり非情なやり方で、もし生き延びても恨まれるだろう。

 エルフは木々と共振して感知範囲を広げられるという話もあるので、向いてなくはないはずなんだけど、急にはちょっとね。

 というわけで。

「近寄ってきたらナイフで応戦しろ。アインが怪我したら治せ」

 ユーカさんはそれだけ言って、彼女を後衛に放置。

 治癒師はいるだけで安心感が全然違うので、どんなにへっぽこでも需要が絶えない。治癒術ができるなら大人しく専念させるのが最善と言えた。

 そのユーカさんもいざとなったらナイフで戦うつもりのようだが、不調を理解した今、できればそれは避けたい。

 ……剣があればゴブリンなんかに心配することはないんだけどなあ。

 今更だけど、何で無理にも取り返さなかったんだ、僕。切れ味はそんなに変わってなかったじゃないか。

「はあ……」

 溜め息をつきつつ、ゴブリンがいるという噂の山林に辿り着く。


 ゴブリンはこのあたりに数十匹いるという。

 できるだけ全滅させてほしい、ということだ。……でも大抵皆殺しになる前に逃げ出すので、本当に全滅とはいかないのが常でもある。

「気配は……わかるもんじゃないか」

 棒を肩にかけながら見回して呟く。

 ヘルハウンドや飛翔鮫(シャークワイバーン)は周辺一帯が明らかに空気変わってたけど、ゴブリンのような小型モンスターはそこまで周囲に影響を与えない。

「どこから来ても反応できる体勢だけは整えとけよ。こういうロケーションだと木の上とか背後も気にしないといけないからな」

 と言いつつもユーカさんは特に構えない。

 抜刀一閃でどこからでも斬れる自信があるからだろう。

 僕はそうはいかない。危なそうな木や藪にはそのつど石や木の枝を投げ、棒を伸ばして確認しつつ進む。

 ビクビクしているようでかっこ悪いが、それで不意打ちを防げるならいい。

 ……やがて。

「ギャアッ!」

「ギャアッ! ギャアッ!」

 耳障りな声を上げて、ゴブリン数匹が目の前に飛び出してきた。

「っ!」

 僕は反射的に棒を伸ばし、広めの間合いを取る。

 それと同時に棒全体に魔力を馴染ませ、「パワーストライク」をいつでも打てるようにする。

 ……歩きながら何度も魔力を込めては拡散させ、イメージを固めて練習した甲斐がある。

 ゴブリンは僕の棒を見て嘲笑うように身を揺らして数度吠える。

 長い農具の柄でモンスターに向かう細身の僕の姿を、犠牲者の哀れな抵抗のように思ったのだろうか。

「そんな雑魚に気圧(けお)されるな! テメェの方が強いってことを証明しろ!」

 ユーカさんはそう言って激励するが、武器がこれでは締まらない。

 本当にこれが「パワーストライク」に耐えられるのかもまだわからない。

 迂闊に硬いものを叩いて折れちゃったら、いよいよナイフだけで戦うことになるから試し打ちはやらなかった。

 ……数瞬の睨み合いのあと、ゴブリンたちが息を合わせたようにバッと躍りかかってくる。

「……ふん、っっ!!」

 僕は「パワーストライク」で一番早く来た奴を突く。

 さほどの力は込めなくてもゴブリンの額を容易に叩き割る棒。

 すぐにその横にいる奴も返し打ちで弾き飛ばしつつ、隙を縫って飛び込んできたやつにはボールを蹴る要領でキックを叩き込む。

 意外なほど大きく吹き飛ぶ。

 それでもさらにゴブリンは寄ってくる。

 棒の反対側、石突きにあたる部分で再びそれを薙ぎ払い、それでも跳んで襲ってきた奴は身を逸らして打撃をかわす。

 そして棒の中央を体につけて風車のように回りつつ、致命打を与えられなかったゴブリンたちの位置を確認。

 死んだのは最初のやつだけ。いいところに入って悶えているのは二体。身構えて次を狙っているのはさらに二体。

 とりあえずの第一陣はこの五体か。

 まずは元気な二体を「パワーストライク」で……いや、「オーバーピアース」も使えそうな感触だ。

「ははっ……思ったよりは全然……!!」

 やれるだろ、とゴブリンを挑発する気持ちが半分。

 やれるじゃないか、と自分に驚く気持ちが半分。

 ただの棒だ。だけど、いざゴブリンを一撃で仕留めるのも可能だと目の当たりにすれば、途端に頼れる気持ちになる。

「そうだ。お前は強い。強くなってる。強いのは武器じゃねえ、技じゃねえ。強い奴ってのは何をどう使っても強え。自分でそう信じる奴は本当に強え。どんな肉体より武器より、何よりもまずハートの強さが勝者を決める」

 後ろでユーカさんの言う理屈は半分もわからない。

 だが、僕は今、ゴブリン(こいつら)なんかに負けるわけがないと確信している。

「だから、人間がモンスターにも『邪神』にも勝てるんだ……!!」

 最後のその言葉だけが、強い実感と共に伝わってきて。

 ユーカさんは、僕にもそうなれ、と祈っているのが伝わってきて。

 ……僕はただの農具の棒を、まるで歴戦の武器のように振り回し、叩きつけ、ゴブリンたちを蹂躙する。

 場の決着までに、合わせて1分もいらなかった。


「……本当にただの棒で、あれだけのモンスターを一瞬で仕留めちゃった……」

 呆然と言うファーニィの声で我に返る。

 少しだけ、自分が自分じゃなくなるような高揚感に身を任せていた。

「怪我はしてねーな」

「……あ、ああ。うまくいった」

「思い出しただろ? お前はあんな剣に頼らないと何もできないヒョロメガネじゃねー。少なくとも、とっくにアタシと会う前のお前じゃなくなってる。……剣なんて元々、たまたま持ってた道具に過ぎねーだろ。技だってそうだ。そんなもん必要ならそのつど編み出せばいい。それがなければ勝てない、なんて考えは間違いなんだ」

「……そう、なのかな」

 僕は手のひらを開いて確認する。

 まだユーカさんに出会ってひと月も経ってはいない。体だってまだまだ、ユーカさんから受け継いだゴリラ筋肉に目覚めたような感じはない。

 それでも、僕は強くなったんだろうか。

 武器無しでも、技無しでも。


 ……いや。

 正真正銘、ただの農具だった木の棒が、それを証明してくれている。


 僕はこれでさえ、前の剣を持って「三匹来たら負傷必至」と考え、その通りに苦労していたゴブリン五匹に無傷で圧勝するほど強くなっているんだ。

 ……ま、まあ、あれほど切れ味が悪くなっていても全く気にしていなかったのがおかしいと言えばそうだし、棒が僕のスタイルに合っている可能性もなくはないのだけど。

「……本当に、強い……!」

 ファーニィが改めて僕に畏怖の視線を向ける。

 あの「謎の必殺技(ハイパースナップ)」のこともあるし、例の処刑未遂もある。僕が怖くないと思っていたわけではないだろう。

 だが、武器ですらない木の棒でこの芸当をやることで、改めて「弱そうに見えていた」という事実に対して認識を改めたのかもしれない。

 成長を自分ですらわかってなかったのだから、彼女がおかしいわけじゃない。そう考えると可哀想かな。

「あ、あの、本当に私何もしてないんですけどいいんですか? 何かなめましょうか?」

「とりあえず媚びる気持ちを舐めることで表現しようとするのやめない?」

 ……仕方ないんだけどもうちょっとぐらいは気高く生きててほしい。エルフとして。イメージとして。

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[気になる点] 負傷必須、ではなく必至かとおもいます。
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