死戦の冒険者と狂戦士
ロナルドと僕は互いに間合いを計りながら、ゆっくりと剣を構える。
慌てて構えれば動きに勢いがつく。ロナルドほどの剣豪となればその一瞬の空白にさえ剣を差し込んでくるだろう。
そんな隙さえ見せたくはなかった。
「……ほう。なかなか構えが様になっている」
「そりゃどうも」
「その構えは騎士団剣術……それも風霊あたりのものか。ひと月やふた月で実用になるものではないはずだが、見様見真似といった雰囲気でもないな。よほどいい師を見つけたか、あるいはよほど相性が良かったのか」
「どっちもだよ」
正確には、風霊の剣術と相性がいいかどうかなんてのは僕にはわからない。そうそう選んで学ぶ時間もなかったので、その時学べるものをがむしゃらに学んだだけだ。
しかし、アテナさんがいい教師であることは疑いないだろう。
現に今まで幾度も冒険の中で役立っている。ただのお作法でないことは、それでわかる。
「だが。騎士団剣術を多少齧ったところで、実際に剣を合わせなければモノにはならんぞ」
ロナルドはそう言って、正眼に構えた剣をゆらりと動かし、薄い魔力光を引きながら剣を打ち込んできた。
「っっっ!!」
速い。
メガネの暗視能力が役立ち、薄闇の中でも「起こり」を見落とすことなく反応できたが、それでもその剣は鋭く、速く、重い。
毎日アテナさんとの稽古をしていなければ、見えていても捌けなかっただろう。
「あいにく騎士になる気はないから、これ以上を求められると困るんだけどね」
「……今ので腕の一本くらいは飛ぶと思ったが」
「二本しかないんだ。簡単に落とそうとしないでくれ」
数度の火花のあと、互いにまたゆっくりと窺い合う。
ロナルドはあくまで余裕。
意外そうな顔をしているが、あくまで小手調べといった調子だ。
実際、そうなのだろう。焦る要素はなく、僕は手を出し返す隙もない。
その数手ですらロナルドは格の違いを見せつけてくる。
大して力を入れた風でもないのに、防げていなければ確実に深手を負っていたと確信できる重さ。
「パワーストライク」状態の剣でもこれだ。この状態ならこちらのパワーは大きくなり、こういうガードの衝撃も軽くなるはずなのに。
そう何度も付き合っていたらボロが出る。一発でもガードをすり抜けたらおしまいだ。
「それじゃあ、次はこっちからいく」
手を出す。
防戦一方にしてはいけない。攻め手が複雑化すればするほど、僕の剣術歴の浅さが露呈する。
そもそも僕は攻撃一辺倒の戦士。守りの技術で勝負はできないんだ。
あらゆる火力を叩き込んで、それで駄目なら邪道を探る。
それしかない。
相手が油断してる隙に……!
「ふっ!!」
踏み込みながら「バスタースラッシュ」を放つ。
到達速度が普通の「オーバースラッシュ」よりかなり速い。絡めて消すやり方は難しいはずだ。
そしてそれを万一凌がれても、攻撃密度で圧倒するために「オーバースラッシュ」を連続して振り回す。
手の内を温存しようなんて贅沢は言わない。とにかく圧殺だ。
腰から下と泣き別れても自力で癒したマード翁なら、ロナルドがズタズタになったって問題ないはず。
高速の一撃に続いて殺到する斬裂の嵐。
さあ、凌げるかロナルド……!
「来たな!」
どこか嬉しそうにロナルドは言い、「バスタースラッシュ」を……回避。
完璧なタイミングで横っ飛びして、続く「オーバースラッシュ」の嵐もついでに回避。
斬撃は通りの彼方の空き家をバラバラに破壊していく。
「あの鎧姿でそんなに動けるのかよ、あの野郎……!」
ユーカさんが舌打ち。
これまでに見せたことのない敏捷な動きだったので、さすがに僕も攻撃を合わせきれなかった。
「少々不本意だが、それのことは噂で先に知ってしまったからな。ままならんものだ」
「チッ……そういう」
僕も舌打ちしてしまう。
考えてみれば当たり前だ。“鬼畜メガネ”がアイン・ランダーズであること、そしてその決め技が「オーバースラッシュ」の乱射であることは広まってしまっている。
ロナルドが遠い外国に留まっていたなら問題ではないが、そう思わせて国内に潜んでいたのなら、特に狙って情報収集しなくても、僕らの情報に当たるのは難しくない。
ならば、知られてしまうのも自然の流れ。
「わかっているからにはむざむざ食らってやるわけにはいかん。……さあ、ここからが本番だぞ、アイン・ランダーズ。失望させてくれるなよ?」
ガシャリ、と立ち上がって剣を構え直すロナルド。
僕はメガネを押して、虚勢を張る。
「それは僕の台詞だ。今ので決まっていたらいずれにせよ話にならない」
……そうだ。
これは虚勢でもあるが、事実でもある。
このラッシュなら、フルプレさんだって凌いだ。
このくらいはなんとかできるのが「邪神もどき」と戦うためには最低ラインだ。
お前にはもっともっと予想を超えてもらわないと困る。
そして……僕自身も。
「見せてくれ。本当の実力ってやつを」
飛び込め。
危険と踊り、切り抜けろ。
危険なことなんて百も承知。楽に済まそうと思うな。
限界を試せ。打ち破れ。
……そうするだけの理由は、あるだろう?
自らに語り掛け、全身の隅から隅まで神経を毛羽立たせ、目覚めさせていく。
僕はその先に行かなければならない。
乗ってもらうぞ、最強騎士。
「フハハ……やはり。騎士団を出た甲斐があった。……こういう戦いに飢えていた!」
ロナルドは身震いして、端正な正眼を崩し、獣のように身を低くしてワイルドな我流を見せ始める。
……この期に及んで驚くまい。
なんでも来い。
ユーカさんを守って、切り抜けて……進んでやる。




