孤独の終わり
僕はしばらく、ユーカさんの前でとめどなく涙をこぼして泣いた。
メガネを取って涙をいくら拭いても、止まらない。
……僕は、ずっと一人だった。
妹の亡骸から身を離し、それを冷たい土の中に葬ったあの日から、僕は誰にとっても、自分にとってさえ「いなくなってもいい人間」だった。
だからこそ戦えた。
命を頻繁に賭けながら、恐怖を感じながら、それをどこか他人事のようにして。
あれから仲間は増えた。
ファーニィも、アーバインさんも、マード翁も、クロードも、アテナさんも、リノも。
僕を「代わりのいない人間」というだろうし、そこに嘘偽りはないだろう。
でも、僕は一人だった。
彼らの人生にとって僕は、「とても珍しい人間」ではあるかもしれないけれど、「いなくてはいけない人間」ではない。
同じ旅路を行き、強敵と渡り合ううえで、とても便利で頼もしいがそれ以上ではなし……が本当のところだろう。
僕が彼ら、彼女らに対してそうであるように。
仲間としての連帯感はあり、命の土壇場を預け合うだけの信頼もある。
でも。
個人の感情で生涯消えない罪に突き進む時、それを止めずに「一緒に汚れよう」と言ってくれるのは、そのうちの何人だろう。
冒険するうえで、生き残っていくうえでやむを得ないことではなく、これはただただ僕の感情が譲れないだけのこと。 僕自身もバカなことだと思っているし、忘れるのが正しいと知っている。
どうせ確たる証拠なんか出てこない。もしも「そいつ」の犯した罪だとしても、「そいつ」自身も覚えてなんかいないだろう。
被害者たる下層民はもとより知らない。誰も感謝なんかしないし、それでハルドアが楽園になるわけでもない。
それでも、きっと僕はこれから「そいつ」を忘れられないだろうし、もしも前にすれば、衝動は止められないだろう。
身分なき冒険者であっても、いや、そんな者であるからこそ、無法を働けば咎は重い。
復讐を果たしたならば、いつ誰に殺されたとしても誰も気の毒には思わない、あのメルタを襲った山賊たちと同等の存在として遇されることになるだろう。
「邪神もどき」に勝つのは至難だが、やるだけの大義はある。
それで感謝され、栄光へと繋がるあてもある。
でも、僕の「復讐」は、そうじゃない。
一緒にやるなんて、誰にもメリットはない。
だから僕は、その時には一人だ。
それが当たり前だと思っていた。
ユーカさんは、それをも分け持つと言ってくれた。
それがどれほど重いことなのか、彼女がわからないはずはない。
そして、「お前はもう一人じゃないんだ」と言ってもらえることが、どれほどの救いなのか。
僕はもともと、ユーカさんが戦いを離れるために僕の存在が役立つなら、それでいいと思っていた。
いつ落とすとも知れなかった安い命だ。
ユーカさんという、現時点で歴史に残ることが確実なほどの偉大な冒険者が、相応の幸せを掴めるのなら、僕の人生はそのために消費してもいい。
もう必要のない、捨て鉢の命の使い道としては有意義だ。
強さを手に入れるというのは、それだけでも強い価値がある。呪いのようなそれをユーカさんは謝ったが、僕には恨む理由はない。
ユーカさんはそれでも気にして、その強さの使い方を教え続けてくれている。
それだけでも過分だ。
……だから本当は、そこまでしてくれたユーカさんのためにも、もはや正しさの証明なんかできない無意味な恨みなんか忘れて、彼女の「後継者」として栄光を勝ち得るために生きるのが正しい。
それなのに、僕は許された。
醜い怒りを許容され、共に歩むと言ってもらえた。
子供のように泣いた、ではなく、まさに僕は子供と同じなのだろう。
受けるべき温もりを失い、どこかでその温もりを求めながら、賢しらにふるまってそれを押し隠していた子供。
ユーカさんにとっては、僕はそういうものでしかなかったのだろう。
僕は、やっとそれを理解した。
「落ち着いたか?」
「……はい……」
どれだけ泣いていたのか。
ただただ、自覚していなかった孤独と、それを包むユーカさんの暖かさと強さに涙が止まらなかった。
「この件が片付いたら……いや、どう片付くかはまだ読めねーな。まあ、流れがあったらそいつを追うとしようぜ。何も真正面から叩き斬る必要はねえさ。どうにでも追い詰める手段はあるはずだ」
「……な、なんかいきなりそういう方向ってのも怖いね」
「冒険者がモンスターを殺す方法に卑怯も禁じ手もねえ。それが流儀ってもんだろ」
「ま、まあ……うん」
ユーカさんはさっそく「人食いガディ」を狩る方向に思考を向けている。
……味方だからいいけど、敵に回したら本当に怖いな、この人。どう逃げても絶対に殺られそうだ。
いや、逃げることができるようなヌルい追い方はしないか。
「ロゼッタが外に出られりゃ情報収集も捗ったんだけどなー。あいつどこでも入り込めるし、秘密を握るのも得意だし……まずはそのためにも『邪神もどき』を潰すのが先か? いや、でもなー」
「とにかく、ロナルドの件をなんとかすれば『邪神もどき』の討伐だって希望はあるよ」
「結局、順番通りに処理するしかないってか」
改めて、ユーカさんと確認し合いながら酒場に戻る。
戻ろうとする。
チリッ、と焦げ付くような感覚があった。
「……っ」
「アイン」
僕もユーカさんも、次の瞬間には腰を落として身構えている。
なんだ。
街中だぞ。
いや、「邪神もどき」なら、街中でも……。
「私の噂をしていたか?」
ヌッ、と。
路地から姿を現した男の姿は、忘れもしない。
「ロナ……ルド……!?」
「驚くことはないだろう。私に用があるのではないのか?」
男は闇の中で、朧げに笑う。




