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アインとユーカ

 僕の故郷であるハルドア王国は、このヒューベル王国と言語的には同一。

 文化に多少差はあるものの、それは貴族平民の階級差ほど顕著ではない。ちょっとした趣味の違い、と言ってしまえば、そうかと思う程度だ。

 ……それでも同郷の人間というのは、外国にいると何となく見分けられるものだ。

「…………」

「どうしたんです? ……誰か探してます?」

「えっ……あ、いや」

 ファーニィに水を向けられて慌てる。

 この前のあの「噂」を聞いて以降、人の多いところでは無意識にハルドア人っぽい人間を探すようになってしまった。

 あの人はそれっぽいな、いやちょっと怪しいかな、なんて、気が付くと判定している。

 隙があれば、話しかけるタイミングを窺っている。

 ……そのせいで、どうも仲間たちとの会話が上の空になりがちのようだ。

「なんとなく、この酒場の客層を見てただけだよ」

「みんな冒険者じゃないですか」

「まあそうなんだけど」

 冒険者の酒場には当然冒険者が集まる。

 それ以外の客だって、いることはいる。冒険者に憧れる若者や、飲めればどこでもいいと嘯くおっさん、地元民向けの酒場は何となく合わない旅人や、あとこういう港町なら水夫とか。

 でも冒険者はとにかく物騒なのだ。

 なんせ武器を持ち歩く。身分なんてないも同然、誰も守ってくれないから、ナメられまいと沸点も低い。

 そんなところで酔っぱらうのは、善良な庶民にとっては危険そのものだ。結果としてはやはり、七割がた冒険者同士、ということになる。

 そこでいちいち他人を見つけてはジロジロ見るのは、普通ならトラブルのもとにもなるので控える。見るとしてもさりげなく、だ。

 ……我ながら迂闊だな。フルプレさんのおかげで少し気が大きくなってたか。

「最近、気になる噂を聞いてさ。……僕の郷里のことなんで、知ってそうな人いるかな、って思ったんだよ」

「えー、どういうのです?」

「…………」

 メガネを押しながら少し口ごもる。

 あまりペラペラと喋るものでもないよな。今はただでさえロナルドや「邪神もどき」との戦いを控えてるんだし。

 ここで他のことに気を散らしていると思われたら、不安感を与えるだけだろう。

「いや……つまらないことだよ。でも僕の知らない話だったし、その聞いた相手が適当にフカしてるだけかもしれないから、確かめたかったんだ」

「ふーん……」

 ファーニィは納得したようなしていないような顔で引き下がる。

 ちょっとわざとらしかったかな。

 そもそも「郷里の話」だなんて言わなきゃいいのに、なんで言っちゃったんだ僕。

 ……まあ、酒のせいか。我ながらなんて口の軽い。

「……アイン」

 そこで、ぐいっとユーカさんが酒を飲み干して僕の首根っこを引っ張る。

「うぇ」

「ちょっと付き合え」

「なっ……なに?」

「いいから」

 ユーカさんに引きずられていく。

 マード翁が首を傾げつつ。

「なんじゃユーカ。どうしたんじゃ」

「ションベン」

「なんでションベンでアイン君連れてくんじゃ」

「ほっとけ」

 いや、なんですかその雑過ぎてかえって危険な言い訳。


 僕はユーカさんに引っ張られて(途中で何とか立ち上がり、首根っこ掴みは勘弁してもらった)あまり人けのない路地に連れ込まれる。

「何を隠してんだ」

「えっ……い、いや、別に」

「さすがにお前がなんか隠してるのくらいはわかるようになったぞ」

「……あー」

「言え。……お前がああいう態度取る時は結構深刻な時だろ」

「そ、そんなでも……」

 ……ユーカさんは酒は飲んでいるが、酔っている様子はない。

 だからこそ僕の不自然さに気づいた、ともいえるか。

 ……誤魔化すと余計に追及が厳しくなりそうだな。

 ちっちゃくなったから忘れてたけど、この人は僕より五つ年上。それだけ人生経験豊富なんだ。

 渡り歩いたのは荒くれ冒険者の世界ばかりだったとはいえ、それでも田舎の顔見知りしかいないような世界にいた僕よりは、ずっと世の中も人の機微も知っている。

 溜め息。

「……僕の故郷……ハルドアに、あの時期に『人食いガディ』って危険人物がいたらしいんだ」

「あの時期、ってのは……お前の妹(シーナ)が殺られた時期か」

「うん」

 ユーカさんが、一度だけ聞いた妹の名前を覚えていてくれたことに少しだけ嬉しくなりながら、僕は話を続ける。

「手口……趣向としては、適当な下層民を捕まえて嬲って楽しんでから、生きたままペットの魔獣に食わせる……まさに妹たちが殺された状況そのもの。でも、権力者の息子だって噂で、ハルドアと戦争する気にならないと手が出せないらしい。それに、直接の証拠もあるわけじゃない。……だけど」

「……お前は、そいつの仕業に違いないって思ったわけか」

「…………少しでも、確信できる情報が欲しい。今のところ、それだけ」

 復讐する、とは言わない。

 それはロゼッタさんも言っていた通り、冒険者としてのキャリアを最終的に投げ打つ行為だ。

 こっそり潜んで暗殺者のような仕事をするのとはわけが違う。

 権力者相手に復讐すれば、もう賞金首だ。

 その後、今のように表通りを歩くことはできないだろう。

 それに仲間たちを巻き込むことはできないし、そもそも今はそれどころじゃない。

「もう二年も前の話だし、慌てるようなことでもないんだ。ただ、聞いたからには気になっちゃっ……」

「アイン」

 ユーカさんは、じっと。

 逸らしかけた僕の目を、自らの視線で強引に捕まえるように、強いまなざしで見る。

「付き合ってやる。……他の奴らはともかく、アタシは付き合うよ。お前の復讐」

「っ……」

「お前はアタシの生き方を引き受けてくれた。アタシにそれ以外の生き方をさせようとしてくれた。……だからアタシも、お前の生き方を肯定する。お前がそうしたいなら、やれ」

「……ユー」

「だから、そんな顔すんな。……お前はもう一人じゃねーんだ。これからどうするとしても」


 僕は。

 どんな顔をしていたんだろう。

 ……ただ。

「一人じゃない」と言われたことに、何故か強い衝撃を受けて。

 ……あの、妹を失った日から、僕は未だに……心の奥底では「一人」だったんだ、と気づかされて。


 なんだか、子供のように泣いていた。

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