酒場のフルプレート
ジェニファー特急によるマイロンへの移動はなんと一日半で済んだ。
かつて同じ道を徒歩で移動した時は、だいたい七日かかっている。
改めて移動速度の次元が変わるな。
「ジェニファーにはいい肉食わせてやろうぜ」
「別に普段も悪いの食わせてはいないけどね」
マイロン近郊についたところでみんな絨毯を降り、畳む。
猛スピードで女の子を背負って走るライオンと、それが引く7人乗り絨毯という図はよほどインパクトがあったか、街道ですれ違う人たちはたいてい腰を抜かしていたが、まあ急いでいるので大目に見てほしい。
「でも、もう日も傾いとるし、今日の船便は残っとらんじゃろのう」
「なんなら適当な船を臨時徴発してもよい」
「そこまで無理するこたねーだろ。そんなに行きたいならやっぱお前だけ飛んでけよ」
「……ぬう」
フルプレさん、唸る。
だいたい毎回こんな感じでとりあえず強引な意見言ってみるポジションだったんだろうな。
まあ、視野を狭くしないためにはそういうのも必要な役目かもしれないけど。冒険者は時には無茶苦茶な手段も取れる自由さが強みだし。
「そういえばクロード、双子姫と連絡とってる?」
「マリスには、最近は暇がなくてあまり手紙も出せていませんね……少し失望させているかもしれません」
「……貴様、マリスとどういう仲だ」
「ひっ!? えっ、今さらですか!?」
急にフルプレさんに絡まれるクロード。
っていうか、全然そのへん把握してないのかこの人。
……してなさそうだな。だってフルプレさんだもんな。
「酒場には顔出しておきましょうよ。この前のメルウェンさんみたいなことがあるかもですし」
「ファーニィは呑みたいだけじゃないの」
「てへ☆」
否定してよ。
いや、まあ情報収集の場としても酒場は実際有用だし、ここで明日の船を待つなら時間もある。行かないって手はないんだけど。
「ファーニィかマードさん、行く前にジェニファー診てあげてよねー」
リノの呼びかけに、ファーニィとマード翁はそうだったそうだったと踵を返す。
「わ、わかってるよう」
「ワシがやろうかのう。最近なんでもファーニィちゃんがやっちまうもんで立場ないからの」
「ジェニファー頑丈なんでほとんど施術必要ないんですけどねー」
「まあ治癒師としては楽でええんじゃがなー」
もうすっかり息の合った師弟だなあ。
実は同年代なのも影響してるのかな。してないかな。
絨毯を畳み、ジェニファー同伴で酒場に入る。
もう店主も慣れたもので、「ああ、あんたらか」と顔色を変えずに応対してくれた。
いや、最後尾からヌッとフルプレさんが入ってくるのを見るまでだったけど。
「お、おい、あんた……王子様じゃ……?」
「我が名はフルプレートである」
「え、あ……」
「超一流冒険者フルプレートである」
「……は、はあ、それを知ってるから……」
「本名はみだりに明かせぬゆえ、フルプレートと呼ぶがいい」
「……でも、そのフルプレートの正体って」
「いいか店主。吾輩の! 名は! フルプレートである!」
「……へい」
王都に近いだけあって、フルプレート=ローレンス王子という情報をさすがに掴んでいるらしい店主にも力技で迫るフルプレさん。
店主は押し負けた。
……兜を脱ぎながらアテナさんが溜め息をつき。
「……余計な世話かもしれませんが、火霊の肩帯は目立ちますよ王子」
「ぬおっ」
火霊騎士団の所属を示すそれを、フルプレさんはデルトールからずっとつけていた。
ご丁寧に団長職を示す豪華なものだったので、余計にローレンス王子であることをアピールしている。
「き、貴様とて風霊とわかる緑をあしらっておるではないか」
「私は隠してはおりません。まあ、実際は冒険者をやっている時点で麾下にはないのですが」
気づいてなかったのかな自分で。
気づいてなかったんだろうな。
僕もだいたいフルプレさんという人の扱いがわかってきてしまった。
ジェニファー+フルプレさんという非常に目立つテーブルは、前回のように絡んでくる酔っ払いもいなかった。
いや、いたにはいたのだが、それでもフルプレさんの体格と尊大さを前にして空威張りできる根性者はいなかった。
「吾輩たちに何か用でもあるのか」
「あっ……いえ、ないです……」
「用がなければ近づかぬがいい。吾輩は寛大だが、無礼には無礼を以て対する。酒の勢いはそのまま火傷になるぞ」
「ひ、ひぇっ……」
ファーニィやアテナさんとお近づきになろうとするナンパ野郎も、急に現れてデカい顔して生意気な、と息巻くチンピラ気質の奴も、フルプレさんの覇気と圧倒的存在感にはしぼんでしまう。
「すごいなあ……僕もああいう風格欲しい」
「無理ですよあれは……王家でもあそこまでの迫力の持ち主は他にいません」
ぼそぼそとクロードと言い合う。
……こんな席でも脱がない鎧に無意識に籠もる魔力が、余計に迫力を後押ししてるんだよな、あれ。
ちなみにフルプレさんは顔を全面的にさらすには至らないものの、口元が個別に開けられるタイプの兜なので普通に飲食している。
そしてアテナさんは僕たちの会話を聞きつけて苦笑。
「アイン君も最近はなかなかどうして、人を威圧する時は結構なものになっていると思うがな」
「そんなに威圧してはいませんけど」
「いやいや、謙遜はいらない。……自信は人を変えるものだね」
もしかしてまた端々で鬼畜っぽい雰囲気が出ていただろうか。
もっと意識して愛想よくしていかないといけないかな。
弱いうちは多少冷淡でも「ただ余裕がないだけ」ってことで見過ごされるけど、そこそこ実力が付いてくるとそうはいかない、ということなのかも。
「もう少し人に優しくしよう」
「なんですか急に」
「このままじゃ何を言っても『鬼畜メガネ』だからと言われるようになっちゃう。僕はどちらかというと純朴で無害ないい人系キャラだと自分では思ってるのに」
「………………えっと、笑うところですか?」
クロードが「どんな顔したらいいんだろう」とあからさまに悩んでいる。
いや、本当に傷つくよそれ。せめてもっと軽い感じで言って。




