故郷の話を
安全性に関しては、今の拠点にしている“魔獣使いの宿”跡地よりも、ダンジョン内拠点の方がずっと高い気もするけれど。
やっぱり街に近いことと、酒場にも用があるメンバーが多いことから、あちらに戻ることにする。
「次の旅立ちまで、ここで手伝いながら準備するのもアリだとは思うんだけどね」
「無理言ってくれるなよ。こんな辛気臭いとこには好き好んで長居はしたくねーわ」
ユーカさんは身もふたもない。
長居せざるを得ないロゼッタさんや騎士団の女性たちに悪いんじゃないかな、と思うけど、それを早く終わらせるのも僕たちの役目か。
「それに準備ったってあと何だ?」
「フルプレさんの事後処理待ちと、僕の虚魔導石埋め込みと、あと鎧の応急修理」
それだけ終われば、ジェニファーに空飛ぶ絨毯を引いてもらって港町マイロンまでひとっ走りだ。そして船で王都を目指せばいい。
フルプレさんは今回のダンジョン占有、そして核破壊について領主に事後承認を取りに行っている。
だいぶ嫌われるだろうが、こっそりで済ますわけにはいかない。
それについての取引交渉は数日かかるらしいが、フルプレさんを置いたままロナルドに会いに行くのはいくら何でも怖いので、待つしかない。
そして虚魔導石の埋め込みは石の加工が終わり次第。
リノによれば、加工は丸一日あればなんとかなるらしい。
それをマード翁が僕の体に埋め込み、リノやファーニィが魔力を吸わせれば準備OK。
前回は一個だったが、今回は多数を手足末端以外の各部に配置する。使い勝手も当然変わるので、練習しながらの道程になるだろう。
鎧の修理に関しては、本当に形がまともになりさえすればいいので、鍛冶屋にそう伝えれば2、3日で済むだろう。よくある市販の鎧の部品で補修しやすく作ってあるらしいし。
本格修理は王都に行ってから製作者であるドラセナに頼む。
そこまでの旅程でモンスターと殴り合うつもりはないのだけど、まあ、突発的事態はあるものだ。備えてないからでは済まされない。
「まあ、総合して4、5日で万端整ったらいいかな、と思う」
「4、5日かー……暇潰しに冒険……にはちと忙しない期間だな」
「だね」
デルトールなんだからまた別のところで日帰りダンジョン潜りをやってもいいが、僕があまり前に出られない状態だからなあ。
そのうえ作業するリノも抜きとなると結構不自由だ。戦う以外の部分で、リノの役割はやはり大きい。
なら外での通常の冒険依頼……というのもなくはないけれど、それこそ期間が読めない。
ダンジョン漁りは自分で切り上げればいいし、日をまたぐほど頑張っても実入りがそう変わるものでもない(各々が運び出せる素材量の問題の方が大きい)から日帰りでいいのだけど、モンスター退治や護衛依頼などは状況によっては延びることがままある。
退治するモンスターが見つからなかったり、護衛対象がケガや病気やワガママで動いてくれなかったりすると、途中で解散というわけにもいかないからね。
となると、ゆっくり身体を休めるか、適当に稽古でもするか。
……たまには僕も積極的に酒場で人に話しかけてみようかな。
酒場で知らない相手に受け入れられるコツは簡単だ。
気前よく奢ればいい。
一人静かに飲みたい、邪魔しないでくれ、なんて奴はそもそも冒険者の酒場には来ない。
そういう奴は酒だけ買って好きなところで飲めばいいのだ。路上の飲んだくれや露天の身内酒盛りに目くじら立てる奴は、よほどの都会や聖職関係施設でもないとそういない。
そこは交流の場であり、情報交換の場であり、みんな暇潰しに飢えている。
ちょっといい酒のオゴリはかなりの高得点だ。
「おっ、なんだ、そんなナリで稼いでんのかい兄さん? やるねぇ」
「ボチボチってところですね。……出身はどこです? 僕ハルドアなんで、近ければ嬉しいですが」
「おぉ、ハルドアか! 昔ちょっといたよ。いいところだよな。冒険者的には面白くないけどな」
「まあ、それは確かに」
同郷探しなんてのも、この手の酒場ではよくある話題。
でも、今まで僕はそういうので主張したことはない。
無能の雑魚が田舎から出てきたとわかったからって、何の話の種にもならないのはわかっていたし。
でもまあ、オゴリをやる側になったのなら話は別だ。
オゴられる側はあわよくばもう一杯、と思っているので、こっちに話の誘導権がある。あまり目立ってバカにされる流れにもならない。
「ハルドアで何してたんです?」
「その頃は冒険者じゃなくてな。猟師やってたんだよ。山が深いから結構いい獲物がいるところでな……でも、苦労して仕留めてもあそこじゃ売値が大したことにならなくてなぁ」
「物価安いですからね」
「もっと儲かる狩りを、って追求してたら冒険者になってたってわけよ」
ひげ面の冒険者は弓を引くポーズをする。
見た感じではバリバリの戦士に見えたが、弓手だったか。
「で、ハルドアのでかい獲物ってなんなんです? 僕農奴でしたが、狼の話もめったに聞かないくらいだったんですけど」
「ま、鹿やイノシシはどこにでもいるわな。あのへんだとキングゴートもいい獲物だった」
「キングゴート……」
「ヤギのでけえ奴だよ。大柄な馬より上背があるんで、正直初見だとモンスターに見えるね。でも人間に突っかかってこないどころか滅多に姿さえ見せてくれないんだ。一頭捕れたら自慢になるヤツだったぜ」
「へえ……そんなのいたんだ」
農村は広いようで狭い。そういうのがいるって話も聞いたことがなかった。
「それを俺は三度も仕留めたんだ。今頃あっちじゃ伝説になってるかもな。へへへ」
「そりゃすごいですね」
いい気分を継続させるために合の手を入れる。
ついでに酒を追加。
僕としても久々に故郷の話も聞けて楽しいし、こういう酒場の楽しみ方もいいかもな。
「……だけど、そうしていい気になってた時に『人食いガディ』の噂が流れてな。儲けの問題もあったが、本当はそっちとカチ合うのが嫌でハルドアに見切りをつけたんだ」
「なんですか、その……」
「兄さん、いつごろハルドアを出たんだい?」
「二年……くらい前ですかね」
「ちょうどその時期だよ」
ヒゲの冒険者は少し表情を曇らせて。
「殺人鬼……いや、変態貴族の極みというべきか。ハルドアの大貴族の息子だって噂だが……同じような趣味のイカれた手下を何人も連れて、下層民を捕まえて嬲っては、ペットの魔獣に生きたまま食わせるクソッタレがいるらしい、って話だな」
「……!!」
「兄さんが農奴だったなら、知らねぇのは無理もねえかもな。あそこは閉鎖的だし、上に逆らってどうなる目もないから、官憲はそんな話知らぬ存ぜぬだ。街に居つかない俺ら猟師とか、冒険者みたいな流れ者しかそういう話はできなかったようだしな」
「…………」
「ん? おい、兄さん? ……いかん、聞かせちゃやべえ話だったか?」
僕は。
……そんな話を聞こうとしていたわけではなかったけれど。
「いえ。いいことを、聞きました」
「言っとくが、いくら愛郷心があるとしても、アレに手を出そうとするのはヤベェぞ。国と戦争することになるぜ」
「ははは。そこまでバカじゃないですよ」
メガネを押しながら。
……きっといつか殺すことになる相手の名を、心に強く刻んだ。




