ダンジョン内造営
目的を達したのでロゼッタさんをもとの場所まで送る。
そこそこのダンジョン奥地ではあったが、それでも騎士団やマキシムたちが拠点設営のために働いているため、その光と気配に少しだけホッとする。
まともな動植物の気配も、太陽や風もない死んだ空間はどうしても重苦しい感覚がある。人の気配があるだけでも心地いいものだ。
「ゴール、と。……ロゼッタさんはこれからずっとここで暮らさないといけないんだな……」
「アタシらがさっさとヤツを倒せばそれで出られるだろ」
「まあ、そうだけど」
さすがにすぐに相対するわけにはいかない。
まずはロナルドと接触。そして彼を倒すにしろ協力を取り付けるにしろ、とにかくなんとかしたら、それでようやく勝ち目……というほどではないが、メドは立つ。
僕の鎧もまたちゃんとドラセナに仕立ててもらわないとな。
剣は……今のものでもいいかもしれないが、まだ吟味する余地はある。
アテナさんも言っていた通り、本気の剣戟には少々頼りない細さであるのは事実だ。
フルプレさんやユーカさんのかつての収集品を借りるのもいいかもしれない。本当なら自分で手に入れたいが、そこまでこだわっていたらいつまで時間があっても足りはしないだろう。
「できる限りの戦力で挑まねばな。私もロナルド・ラングラフと試合をしたことはあるが、試合だということもあって手の内を見たとは言い難い。もう何年も前のことでもあるから互いに別物になっているだろうしな」
「そういえばアテナさんって風霊の名物騎士だし、ロナルドとやりあうチャンスあったのか……」
「だから何年も前と言っているだろう。まだ10代の頃だったから、今よりずっと未熟だった。それで彼を測れたとはとても言えない」
10代の頃から、しかも体格的に圧倒的なフルプレさんなどに交じって女性の身でそんな試合に出られるってことがわりとすごいことだと思うんですが。
もっと早くから活躍したユーカさんがいるから感覚狂うけど、10代の期間なんて長くはない。マキシムなんて僕の一つ下だから、まさに今が10代の最終年だ。
その時点で肉体的にも技術的にもずっと練り上げられた20代、30代の騎士たちを押しのけ、団同士の試合に混ざるようなトップクラスと扱われるのは、かなりとんでもない話。
今の時点でマキシムを見下すほどの剣才を誇るクロードさえ、実際のところは見習い扱いの域を出ないあたり、よほどのものでないとそこまでの扱いにはならないだろう。
「何より、私はロナルド・ラングラフに興味を持たれた節がなかったからな。彼にとっては多少早熟なだけでしかなかったのだろう」
「興味の有無ってそんなに問題ですかね」
「少なくとも、現状把握できている彼の人となりを思えばな。アイン君とユーカに特段の興味を抱いたのは事実であり、そしてその通り、君らは異常な可能性を秘めている。慧眼の証拠だろう」
王家からの特別な誘いを蹴り、強者との戦いを求める狂戦士。
周囲との人間関係に頓着せず、家の将来すらも何の感情もなく投げ捨てた男。
それが今の彼から得られる人格的情報の全て。
もしもアテナさんに見どころがあると思っていたのなら、僕と同じようにそれなりのアプローチはあるはずで、しかしそんなそぶりがなかったということが、彼から見たアテナさんの限界だ、とも言えるわけか。
「私とて簡単に負ける気はないが、やはり彼を超えるなら私では駄目なのだと思う。戦女神などともてはやされても、彼から見れば『小さくまとまってしまった凡才』なのかもな」
「……いよいよ底知れないですね」
そんな大剣豪に、今の僕でなんとかなるだろうか。
未だにちょっとイメージができない。
結局、大したダメージもない「痛み分け」……僕やユーカさんの負ったダメージを見れば「ギリギリ惨敗を免れただけの途中終了」だったからなあ。
今から向かってなんとかなるだろうか……でも、モタモタしていたら本命の「邪神もどき」がどう動くかもわからないし……。
フルプレさんやアテナさんを当て込んで、なんとかするしかないんだろうな。
理想としては和解と共闘。それができなければ撃破、捕縛……。
味方にできれば絶対に強いはずだけど。
そんな話をしつつ、拠点造営を見ながら休憩していると、奥からブラ坂に乗ってシルベーヌさんが現れた。
「お疲れー。進みはどうかしらぁ」
「シルベーヌさんもここらに寝床構えるんですか?」
「そうねぇ。奥にブラッドサッカーちゃんと一緒に寝るのでもいいけど、物資をいちいち取り分けてもらうのは面倒よねぇ」
「ゴウゥ」
「ガウ……」
ブラッドサッカーはジェニファーとさっそく睨み合っている。
体格はブラ坂の方が明らかに巨大だが、やはりライバル心があるんだろうか。
そして造営している女性騎士たちやマキシムパーティもブラ坂の威嚇(ジェニファーに向けたものであって他は関係ないのだけど)に若干ビクビクしている。
まあ見た目小型ドラゴンだもんね。怖いよね。
「ところでぇ、その石ってどうするのリノちゃん?」
「リーダーの体に埋め込むの。魔力貯蓄機構。前に作ったのが壊れちゃったからね」
そういえばシルベーヌさんは虚魔導石計画には絡んでないんだっけ。
リノでなんとかできるからって、あんまり情報共有してないのはよくないかもな。
いや、僕の弱点にもなるから、あんまりたくさんの人に知らせない方がいいのかもしれないけど。
「こんな小さい石で魔導石作れるのかしらぁ。魔術文字彫れるのぉ?」
「シルベーヌさん彫れないの? もっと小さくてもいけるけど」
「こんなツメみたいな大きさだとぉ、保定するのも一苦労でしょう? 魔術文字の効力って繊細さに依存するじゃなぁい? もう少し大きくないとユルユルの石になっちゃうんじゃないかしらぁ」
「サンデルコーナー派だと縮小転写の重ね掛けが基本技術みたいなところあるから」
「魔術文字の縮小転写ぁ……? しかも重ね掛けなんて、ちょっとスケール間違えたら破綻しちゃうでしょう?」
「あ、これ本当にウチだけなんだ……もちろん破綻しないように精度とか縮小限度とか、1文字ごとに研究してるのよ」
「へえ……♥ やっぱり人間の考えることって面白いわねぇ♥」
「あと、これに限っては破綻してもそれはそれでいいの。虚魔導石だし。リーダーそこからノーモーションで魔力吸える特異体質だし。だから余計に縮小できるわ」
「なるほどぉ」
……話の流れ自体はわかるんだけどちょくちょく僕にはよくわからない話になってるな。
っていうかシルベーヌさんも、あらゆることがリノより全面的に上ってわけではないのかな。
そりゃそうか。別流派だもんな。
「……と、こんな感じに今回はやろうと思ってるんだけど」
「うふふ♥ いいわねえ……でも、こんなのどうかしらぁ♥」
「え……その発想はなかったわ。そうね、確かにこれだけ魔導石あったらそういう図面にできるかも。どうせ燃料は私ら外部供給なんだし……」
……なんだか盛り上がっている。
前にダブルチェックしてくれればいいかなと思ってたけど、逆にちょっと不安になってきた。
カラフルに光るマンまでで済むよね? さらに変な要素加わらないよね僕?
そしてブラ坂とジェニファーの睨み合いは、いつの間にか謎のジェスチャーを互いに繰り出すよくわからない勝負になっている。
「ガウ!」
「ゴウゥ……ゴウッ!」
「ガオオウ!」
立ち上がったり伏せたり首を左右に揺らしたり。
なんだこれ。どういう戦いなの。
「いいぞジェニファー! 今のは点数高ぇぞ!」
「やっちゃえー! わからせろジェニファー!」
なんか盛り上がっているユーカさんとファーニィ。
「点数って何……」
「見てりゃわかるだろ。今のタイミングであのムーブ入れたから、ほら、ブラッドサッカーめちゃくちゃ悔しそう」
「ふふふ。ジェニファーの芸達者ぶりに旧式が勝とうなんて百万年早いんですよ」
いや本当何。いつそんなルールできたの。
……とはいえ、まあ取っ組み合いの喧嘩よりはいいか。
いや、いいか……?
い、いいよね?




