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境界の向こう側

「死者の意念を読み取る魔術は、一部で盛んに研究されています。死の超越は魔術を学ぶ者の悲願の一つでもありましょう」

「……まあ、そうかな」

 死の超越。

 それは自らの死でも、他者の死でも。

 限られた生の延長でも、死という事実の逆転でも。

 ……死者との対話という、越えられない境界の向こうへのアプローチでも。

 あまねく人類が目指すに足るものだ。

 それを願わない者はそういない。いるとすれば、身の回りに死という悲しみがないか、極端にそれを受け入れてしまった者だけだろう。

 魔術という超常の力を使って目指す、その究極に、それは位置づけられている。

「ですから、アイン様が期待されていることに近い術は、私の知るだけでも何通りものアプローチで試みられています」

「…………」

「結論から言えば、妹君の死の現場から情報を引き出すのは不可能ではありません。……何年昔のことかはわかりませんが、アイン様の御年齢ならば数年といったところでしょうか。それで死者の怨念が消えるということはないでしょう」

「そう、か」

「ただし、それは『妹君から見た犯人』でしかありません。意味が分かりますか」

「……え?」

「察するに、残酷な殺され方をしたであろう妹君が、自らの身に受けた多くの痛みの合間に、混乱したままに掴み得た情報……多くの場合は強く歪みます。取るに足らない小男が、恐怖のあまりにオークのように大きく強く見える……などというのは序の口。それが人か怪物なのか、何を言われたのかさえ、苦痛と恐怖によって誇張され、ねじ曲がった印象のみが記憶像として残されます」

「……つまり、犯人探しには使えない……ってこと?」

「ええ。ただ妹君の魂をもう一度苦しめるだけに終わるでしょうね。……肉体から解き放たれた魂は、より自由になる。生者でさえ過去の記憶を都合よく改竄するのです。魂だけとなった死者は、その恨みも恐怖もどこまでも肥大化させます。そこから現実につながる手がかりを探るのは至難でしょうね」

 それに、と。

「もしも歪んでいなかったとしても、人殺しをするような者が死者に何の手掛かりを教えるものでしょうか。名も顔も、これから殺す相手にいちいち覚えさせるのは物語の英雄くらいでしょう?」

「……うっ」

 それは……そうかも。

 あんな薄暗い森の奥で無残に殺された妹は、最期に何を掴み得ただろうか。

 そんな被害者が犯人につながる手がかりを残しているのは、それこそ解決を約束された物語の中だけだろう。

 いや。

 ……だからって、全く試みることもなく諦めるべきでもない、か。

「とにかく、あるんですね」

「……そう。あるかないかという質問には、ある、と答えられます」

 ですが、と続けるロゼッタさん。

「アイン様が、妹君の魂を弄んで自ら傷つくこと以上に……そのようなことに心を捕らわれては、せっかくここまで培った実力を無駄にすることになりますよ」

「っ……」

「たとえ犯人を奇跡的に探り当てても。復讐したとしても。それでアイン様の何かがよくなるとは思えません。……むしろ、それを果たしたら、アイン様は今以上に己の生に未練を失うような気がします」

「……そんなことは」

「恨みを捨てろ……などと言って、簡単に捨てられるものではないのは理解しますが。私は、ユーカ様を悲しませることには賛成しかねます。あなたはユーカ様の希望であり、二つとないものを受け取った後継者なのです」

 あくまで、ロゼッタさんは。

 通りいっぺんの道義や倫理ではなく、ただユーカさんのために僕に忠告する。

 まあ、僕も冒険者。ユーカさんの決まり文句に従えば、法は最後まで後回しであるべきものだ。

 そんな人間に倫理的正しさを語っても仕方ないと思ったのかもしれない。

 その潔いまでのユーカさん第一主義は、正論よりよほど好感が持てはする。

 けど。


「……そうですね。ただ、僕はできるかどうかを知りたかっただけですよ」


 ロゼッタさんに、妹のことで協力してもらいたいわけではない。

「邪神もどき」と戦うよりそれを優先したいわけでもない。

 ……僕はまだ、過去にアプローチすることができるのか。

 それを知りたかっただけだ。

「……ゆめゆめ、お忘れなきよう。……ユーカ様は、あなたのなさることであれば反対はなさらないでしょうが、私は……ユーカ様を悲しませることは決して認めません」

「肝に銘じます」

 僕自身にも、まだわからない。

 それを知ってどうするのか。

 もしその相手がわかったら……その相手がハルドアのどこかで普通に暮らしているなら、どうするのか。

 殺すべきなのだろう。

 でも、いくら冒険者と言えど、正当防衛以外で人を殺せば罪になる。

 そうとわかっていて、僕はそれを探すべきなのか。

 ……ただ。

「……これを聞いて、まだ死ぬわけにいかないな……とは、思っています」

 ジェニファーの背に揺られながら、メガネを押す。

 ロナルドを、「邪神もどき」を超えて、まだ僕が踏ん張るべき理由がひとつできた。

 それで今は、充分だ。



 戻るとリノが素材の選定も終えており、クロードやアテナさんもファーニィたちの治療で元気になっていた。

 一応、完全に無被弾の戦いというわけにはいかなかったので多少は怪我していたのだ。打ち身やかすり傷、あとちょっとした焦げ程度だけど。

「おー。無事に片付いた? って聞くまでもねーか。今さらアインがレイス一匹に手間取るわけねーな」

「一応、『オーバースラッシュ』が謎障壁で消されてびっくりしたけどね。でも『バスター』の方なら完全じゃないけど通ったから、まぁ」

「哀れな抵抗を楽しむように……レイスの命乞いも鼻で笑って切り裂く様は、頼もしくも恐ろしい光景でした」

「そこまでヤバい印象だったかな!?」

「背後で呟きだけ聞きながら観戦する分には、それはもう」

 ジェニファーまで頷いている。いや、そこで必要以上に人間味出さないでいいから。

 それはともかく。

「この石なら虚魔導石にはちょうどいいと思うから、帰ったら加工するわ」

「随分いろいろとカラーがある気がする……」

「属性率0.2以下はセーフって判定にしたから、多少はね。それに色のバリエーションある方がオシャレだと思わない?」

「オシャレのために埋め込むわけじゃないんだけどなあ……」

「リーダーはもうちょっと気を使った方がいいと思うわ。いつもの鎧はかっこいいけど、それ以外に気を使わなさ過ぎ」

「それを肌直で埋め込む魔導石に求めるのは違うと思うんだよね!」

 あとそれ光るって話だったよね。

 何、僕って光る上にカラフルになっちゃうの?

「はっはっは。私はいいと思うぞ。男たるもの脱いでも美を求めるのは必然!」

「風霊騎士団の風習もってこないでほしいなあ……」

「戦死に備えてわざわざ刺青で自己主張する騎士もいるのだぞ」

「……まあ、死体は目立ちそうだね、僕も」

 死ぬわけにいかない、と気合い入れた矢先に、自分の死体を想像させられるのも、なんかなあ。

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