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フィルニアと武勇伝

 エルフの悪戯娘ファーニィを連れ、僕たちは交易都市フィルニアに辿り着いた。

 しばらく前までユーカさんのパーティメンバーだったアーバインさんとクリス君、そしてマード翁がここにいた……というのは、ロゼッタさんのおでこの千里眼情報なのだけど。

「よく考えると情報としてはわりと頼りなかったな……アレ」

「そうか? ロゼッタが言い切ったことで話が違ったことなんて今までないぞ?」

「いや、あれから一週間たってるし。その時点でフワッとこのあたりにいたっていうだけの情報だし」

「まあ、確かに何日もこんなとこに留まる連中じゃねえよな。なんだかんだでアーバインとクリス(エロガキ)は冒険大好きだし、マードはマードで女のケツ追っかけ回してそうだしな」

 つまり、もう一度情報を集め直して進路を見定めないといけない。

 さしあたって必要なのはマード翁の治癒術。

 湯治をすると言っていたが別に固い決意をしていたというわけでもないし、急ぐ理由もない。

 それこそ途中で美女を見かけたら、どっちに向かっているか分かったものじゃない。

 それを追うためにアーバインさんたちの手を借りる……というのも、やり方としてはアリだろう。

 さてさて、どうしたものか。

 ……の前に。

「あの、本当にお手伝いさえすればいいんですよね? ちょっとぐらいガッカリでも殺されないんですよね?」

「平気平気。まああんまりふざけた真似したらわかんねーけど」

「どの程度ふざけたら殺されるんです!? 基準が欲しいんですけど!?」

 背の低いユーカさんにみっともなく取りすがって不穏なことを叫んでいるファーニィを、ほどよくこき使わなくてはいけない。


 正直、僕らも旅を急ぎたい。

 まずはマード翁に会い、ユーカさんの左手を再生して、さらに「ボロボロ」と称されるその体内の不調をなんとかしなくては、安心して冒険などできない。

 が、このエルフにもある程度は罰を与えなくてはいけない。

 ユーカさんが「三回」と決めたのにはそれなりのわけがあり、こういう罰労働は一回だと「途中で逃げる」という選択をしやすくなってしまう。

 もし追いつかれて詰められても「途中放棄でも一回は一回、参加はしたはずだ」と強弁しようとすればできてしまうし、そういう円満でない別れ方をすると力関係が崩れ、逆恨みに転じやすいのだとか。

 しかしそれが十回、二十回……というスパンになると、終わりが遠い。

 途中で我に返って、やはりなんとか歯向かってでも強引に自由になろう、と画策することになる。

 だから変な気起こさせず、まともにやらせて気持ちよく終わるためには、二回か三回がいいんだ……というのは、昨夜の野営でユーカさんがこっそり教えてくれた。


 ……特に僕には今もめちゃくちゃ怯えているらしく、ユーカさんにいつも絡みついて命乞いしている。

 僕は真顔で剣を抜いて構えただけで、直接脅しつけたのもユーカさんなんだけど……男だから余計に怖いのかな。

 いや、あれだな。「良い獄卒と悪い獄卒」の構図だな。僕が先に害意を見せたせいで、ユーカさんは一応「僕の残酷な決定を止めてファーニィを守った」という形に落ち着いているんだ。彼女の中では。

「冒険ってのは危険を冒すと書く。危険に向かっていくのにふざけようとすんな。冗談でアタシらを試そうとすんな。冒険中、パーティは仲間だ。だからお互い守る義務がある。ピンチでもギリギリまで互いを助ける努力をしなくちゃいけねー。それを裏切るなら、お前はモンスターや山賊と同じだ。助ける価値はねーって証明されるわけだな」

「うぅっ……!」

 そのユーカさんにまで見放されたら、今度こそ殺される、と震え上がるファーニィ。

 ……僕の放った「ハイパースナップ」は、ほぼ打つと同時に到達したため、何が起きたかわかっていないらしい。だから僕がその気ならいつでも同じように「謎の大技」でやられる……と、少なくともファーニィは思っている。

 本当はとても使い勝手の悪い技だというのは、言わなければバレない。

 とりあえず説明は絶対にしないことにした。

「なぁに、変なことやらずに普通にモンスター倒して帰ればいいだけだ。簡単だろ」

「も、モンスターって言ってもいろいろいますし……」

「そんなに強ぇのいねーだろ、フィルニアだぞ」

 がっはっはっ、とユーカさんは鷹揚に笑って「冒険者の酒場」に入る。

「邪神殺しのユーカ」はゼメカイト専属ではなく、それなりに広範囲で活躍しているため、フィルニアも初めてではないはず。

 名前さえ出せば即、店主が指定依頼を持ってくるだろうけど……まあ、例によって正体を説明するわけにはいかないし、僕と罰ゲーム加入のファーニィだけで変に高難度の依頼を寄越されても困る。……もちろんユーカさんを戦力に数えるのはナシだ。

 なので、まっすぐ壁貼り依頼の物色にかかる。

「ゴブリン退治ってどこでもあんのな……でも疲れるだけで楽しくないからパス。野犬退治……も、ちょっと二人三人でやるもんじゃねーよなぁ」

「こ、これどうですか、見回り! ただ見てくるだけでいいって書いてますよ!」

「あーそれ駄目。慣れてないとすげー苦労するやつ」

 手をパタパタ振ってファーニィの指した依頼を無視するユーカさん。

 ……でも、報酬も悪くないし、僕も何が駄目なのかわからない。

「どういうこと?」

「あー……お前もそういや新米か。あれな、モンスターが根城にしやすい場所を定期的に見回らせて報告するやつなんだよ。冒険者の酒場(こういうトコ)がモンスターの出現情報を誰よりも早く知っておくために必要なんだ。そのモンスターを誰が金出して誰が片づけるか、ってのは別として、いるってことだけは先に掴んどかないと、危険地帯をそうと知らずにうっかり通らせて冒険者(てごま)が一気に減るってこともあるからな」

「でも、偵察だけでそんなに大変になるもんなのかな……」

「常にこっちが見つける側ならいいんだけどな」

「……なるほど」

 つまり、どうせモンスターなんていないと思ってノコノコと確認に行き、待ち伏せされて大打撃……というのも大いに考えられる、って話か。

 確かに、それは専門の斥候技術を持ってないと事故を防ぎきれないかもしれない。

「知ってるってことは、そういうの昔やったの?」

「……思い出したくねーな」

 実に嫌な顔をするユーカさん。

 ……多分、本当に昔の話、なんだろうな。

 有名になってからやるような依頼ではないし、いくらなんでも、そんな街の周辺でたむろしてるような胡乱な賊やモンスターに、ゴリラユーカさんが苦労するとも思えない。

「おう、面白ぇ話してるじゃないか。……そんなちっこいくせになかなか苦労してるんだな嬢ちゃん」

 僕たちの話を聞きつけて店主が寄ってきた。

 なかなか迫力のある人だ。ゼメカイトの人と違って、元冒険者、ってタイプかな。

「確かにこれは新米二、三人だと止める依頼だ。そういうのを壁に貼ってるのもどうかと思うが、指定依頼にするにはちょっと料金が安くてね。指定取るような連中に直接持ち掛けてもパスされちまうんだ」

「じゃあもっと出せばいいんじゃねーの」

「バカ言え。ウチの持ち出しだぜ。連中が喜ぶ額なんて毎回払ってたら潰れちまう。スカも多いしな」

 店主は口で言うほどには機嫌悪くもなさそうにユーカさんに言い返して頭をぐしゃぐしゃ撫でる。

「思い出すなぁ。知ってるか、『邪神殺し』のユーカ。十年くらい前はこの辺で暴れてた時代もあるんだぜ」

「え……」

「知らねーよ! 頭ぐしゃぐしゃすんな!」

 思わず反応してしまう僕と、まるで予想していたようにすぐ否定するユーカさん。

 そしてファーニィは驚くほど素直だった。

「し、知ってる! 今のところ世界でたった一人、『邪神』を倒しちゃったっていう冒険者♥」

「そう。しかも二回だ。そのユーカがウチの常連だったこともあるんだぜ?」

 店主は気を良くして、ユーカさん当人から手を放し、ファーニィにビッと指を立てて語る。

「ウチに来た頃はまだそんなにデカいことをしたわけじゃなかったが、やっぱオーラが違ってな。やっと10代半ばだってのになんなのかね、あの雰囲気……まるで海賊団でも率いてるみたいな落ち着きと鋭さがもう備わってやがった。俺は直感したね。こいつはタダモンじゃねぇ……ひと山当てるヤツだ、ってな」

「へぇ……そっか、そんなすごい人もここで冒険者やってたんだ……」

「まあフィルニアのあたりはほとんど大したモンスターも出ねえし、わりとすぐに他の都市に行っちまったんだけどな。でもそのユーカが唯一大苦戦したのが、そう、この見回り依頼でな。なんとあいつ、一人で受けていっちまったんだ。んでその時、たまたま山向こうの領地で追い立てられて流れてきた山賊団やら、封印漏れの遺跡から出てきたサーペントやら、見回りポイントのことごとくに珍客が溜まっててな」

「えぇ……」

 思わず声が漏れる。

 まさか本当にここでやらかした実体験だったのユーカさん……。

「しかもあいつ向こうっ気が強いもんで、途中で戻ってくりゃいいのに全部一息に回って来てな。……帰ってきた時には腕は折れてるわ片目潰されてるわ歯は半分以上折れてるわ傷だらけの上半身裸だわ、正直アンデッドか何かだと思ったぜ?」

「……えぇぇぇ……」

 聞いてるだけで引く。

 いや本当にそんな無茶やってたの? 14歳で?

「ひっでえ恰好だったけど、あそこまで痛々しい姿してると誰も何も言えなくてな。黙って治癒師呼んだよ。……で、後から確認のためにもう一組派遣したら、ユーカが一人で人間18人、小型中型モンスター31体、10メートル級サーペント1体を斧一本で全部仕留めてきたってのが明らかになって、もうお祭り騒ぎよ。領主の兵隊たちはドン引きしてたけどな!」

 いや普通引くよ。っていうか本当になんで途中で帰ろうと思わなかったんだ。

「すごーい……本当に人間なんですかその人」

「正直俺はちょっと疑ってるね。あの時もおかしいと思ったけど、それから数年後には、人類には不可能って言われてきた『邪神』攻略だ。10代でだぞ。多分あれは人間以外の何かが混ざってると思うぜ」

「エルフじゃないことだけは確かですね! 私たち基本打たれ弱いし!」

 盛り上がる店主とファーニィ。

 僕とユーカさんだけが、本人の目の前で気づかずに過去をほじくり返されているという謎現象を認識していて、どんな顔していればいいのかわからない。

 いや本当のところ「マジですか」とか「本当に人間以外のアレとか混ざってませんか」とかすっごく聞きたいんだけど、聞いたら本人だとバラすようなもんだし。

 金縛り状態の僕。

 そして下を向いて多分赤面しながら耐えているユーカさん。

 ……でも、まさにその十年前ぐらいの容姿なのに、店主はユーカさんだと気づいてない、ってことは……当時からかなりのゴリラだったんですね。色と年頃だけじゃ本人と気づかれないぐらいに。

 とまあ、ひとしきり盛り上がった末に、他にも、とさらにユーカさん話を始めそうな気配の店主に、ユーカさんはなんとか再起動して依頼だらけの壁を叩いた。

「そ、そんなの興味ねーんだって! それよりオヤジ、このへっぽこメガネとナメたエルフでもできそうな依頼見繕ってくれよ!」

「なんだよ、これからがいいところだってのに。英雄譚は聞いといた方がいいぞ、冒険者たるもの暇潰しのタネは多いほど……」

「いいから! これでもそれなりに急ぎてーんだよ!」

 一応急ぎたいのは本当なのだが、僕から見るとあまりにも不憫で、店主から見るとあまりにも不可解な語気の強さ。

 そしてファーニィはやっぱり察することができなくて首をかしげる。ややこしい。

「じゃあゴブリン退治なんてどうだい。一人だと挟み撃ちや囲みの時に怖いが、三人いればそれなりに……」

「ゴブリンはつまんねーからもっとマシな奴くれ」

「選べと言いながら贅沢を言うなよ。基本はゴブリンだぞお嬢ちゃん」

「むぎぎ……せめてオークとかいねーのか……」

「フィルニアじゃ、もう何年も聞かんね。残念だったな」


 半ば強引にゴブリン退治を受けさせられてしまった僕たち。

 まあ、どうせ小遣い稼ぎの罰ゲームだ。何だっていいんだけど。

「なんでユーさんは『邪神殺し』の話題であんなに怒ってたんです……?」

 ファーニィは酒場を出てから冷静になったのか、今さらな疑問を口にする。

 言えるわけがない。

「あれはだな……」

「ユーはその人のこと嫌いなんだよ。名前似てるし、話聞けば聞くほど全部力任せの筋肉ゴリラだし」

「アイン!?」

 僕が即座に並べた嘘八百に、ユーカさんは文句を言いたそうにするが、ファーニィは「ミもフタもなくバラされて照れている」と解釈したようで。

「別にユーさんと関係ないんだから気にしなくていいのに♥」

「むぎぎぎ……」

 言い返すこともできずにユーカさんは歯噛みしてうなる。

「くっそ……もういい! アインの武器揃えたらとっとと行くぞ!」

「え、さすがにゴブリンにはこれ一本でよくないかな……」

「行ってみたらサーペントとかいるかもしれないだろうが!」

 ヤケクソのように言うユーカさん。そうですねー♥ と微笑ましげなファーニィ。

 え、僕? どんな顔してるのか自分でわからないです。取り繕えてるといいけど。


 フィルニアはモンスターの弱い土地だが、だからといって鍛冶屋が儲からないわけでもない。

 鍛冶屋の仕事は何も武器や防具には限らない。人が暮らす場所には鍛冶屋の需要が絶えるということはない。

 ゼメカイトより格段に治安がいいために、職人も安心して暮らせる街でもあり、安定した腕を持つ鍛冶屋が何軒もあるようだった。

「この剣いいんじゃねーか? ナイフよりは手に馴染むだろ」

「この長さだと予備と言ってもほとんどメインと長さが変わらないし……」

「世の中には腰に剣を二本持って歩くのが標準的ファッションっていう国もあるらしいぞ」

「意味わからないよ……やっぱりユーと同じように腰の後ろに差す感じがいいかなあ」

「いいけど落ちないように工夫しろよ。これ、アタシはいつも気にしてるからいいけど、普通の剣を抜くのに気を取られたら、こっちはすぐ抜けてポロッと落ちるぞ」

「うぇ。できればとっさにサッと抜いて使いたいんだけど、それじゃ無理か」

 ユーカさんといろいろな剣を見ながら吟味する。

 ふくらはぎとかに巻いておけるナイフってのもいいんだけど、必殺技を使う際のギャップの観点で考えたら、できるだけ長さを確保したい……でも長すぎると今度は邪魔くさい。

 剣を腰で二本ガチャガチャ言わせながら歩くのは嫌なんだよなあ。走りづらくなるし、単純に重い。

 ……悩んだ挙句、結局少し大振りのナイフで妥協。

「あと、剣を磨いてほしいんですが」

「磨く……いいねぇ、最近の若い冒険者で愛剣を職人(おれたち)にもう一度任せようって人はなかなかいない」

 職人が嬉しそうに剣を受け取り、「おお、こいつは随分立派な剣だ……」と言いながら奥に引っ込む。

 ……ええと。

「あの、すぐできます?」

「すぐ? 何をいうんだ、こんな業物をこんだけ真っ黒にして、一時間や二時間でピカピカにはできねえよ」

「……え、あの、じゃあ……」

「ちょっと待ってな。明後日には仕上げてやるから」

「えっ……あ、いや、僕たち急ぎの依頼があるんだけど……」

「すぐ使うつもりなら、なおさらこんな状態で返せねえよ!」

「え、ええー……」

 いや、ゴブリン退治……今から二日も待つの?

 マード翁追っかけるためにも、できれば一日ひとつのペースで片づけていきたいんだけど……。


「まあ、ちょうどいいじゃねーか」

 ユーカさんはうんうんと頷き、ほい、と僕に木の棒を渡した。

 ……宿場のじいさんにもらった農具の柄。

「ゴブリン相手にあんな剣は無駄だろ。(こいつ)でやるくらいじゃないと修行にならねーよ」

「サーペント出るかもってさっき言ったよね!?」

 出ないとは思うけど。思うけどさあ。

 万全を期して用意しに来たはずが……。

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