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亡者殲滅

 瘴気はそんなに濃くはない。

 うすらぼんやりと視界を遮る霧雨に似た感じだ。

 いつぞやの墓場での瘴気や、エラシオたちと戦った親玉(ボス)が吹きかけてきたものはもっと濃密だった。

 まあ、この程度でも気を抜くと少し離れた仲間を見失うには充分だけど……今の僕のメガネは、モンスターであるゴーストとレイスが強調的に見えている。

 どういう仕組みなのかはわからないが、ありがたいことだ。

 そして、僕の魔力剣技は奴らを斬るのに最適。

「あの時はお墓に遠慮して『オーバースラッシュ』振れなかったけど……な!」

 ヒュ、と剣を振り、魔力斬撃を飛ばす。

 ゴーストが切り裂かれて霧散する。

 よし。いい具合だ。

「負ける気がしないな」

「本来、冒険魔術師であればゴーストはゴブリンにも劣る相手です。不思議なことは何もありません」

「ま、そりゃそうか」

「とはいえ、レイスは急に格が上がります。高い魔力による対魔術防御、能動的な属性対抗術など、半端な魔術師をかえって駆逐する性能を誇ります。非実体を活用する知能もあり、私の眼などの感知手段もなければ、狡猾に消え隠れて背後を狙う危険すらあります」

「……ミミル教団の鎮護隊が匙投げるってのも、あながち変な話でもないわけだ」

 あの時の大量のレイスは、そう考えるとなかなかやばい。

 僕が全然こういう適性なかったら、アーバインさんも素の魔術と銀武器で囲みを突破しなければならなかったわけで、結構まずい事態だったかもしれないな。いや、アーバインさんの魔術師としての腕はよく知らないけど。

「とはいえ、半端な魔術師ならば、の話です。シルベーヌ様は高名な魔獣合成の権威。レイスに後れを取るとは思いません」

「高名なの?」

「人の世で名を上げるエルフは多くはありませんからね。ヒューベル国内では、それぞれの業種外にまで名が響いているのは、祖父やシルベーヌ様を含めて20人には満たない程度です」

「へえ……」

 まあ、人間の王国だからな。そんなものかも。

 耳ざとくなければいけない商売人という職種だからこそ、ロゼッタさんもその名を聞き覚えられた……というのもあるだろうけど。

 そんな雑談をしている間にも、ゴーストを片っ端からスラッシュしていく。

 ゴーストは見た目はとにかく人の嫌悪感を煽るものの、動きはモンスターとしてはさして速いわけではない。

「オーバースラッシュ」で狙って外すということは、5メートル以内ではまずない。

 ここについてからジェニファーは進みも戻りもせず立ち尽くしているが、特に危険はなかった。

「ジェニファーってゴースト怖いとかあるのかな。見た目は気持ち悪いけど人間に合わせた気持ち悪さだと思うし……」

「ガウ……」

「……え、やっぱりジェニファーでも嫌?」

「ガウ」

「ああ……まあ攻撃できないもんな、ジェニファー魔術攻撃使えないし」

「……アイン様、それは会話なのですか? ジェニファー様は本当に理解しておられますか?」

「多分」

「ガウ。ガウガウ」

 ジェニファーは僕の曖昧な肯定を補強するように、わざわざ片前足をゴリラハンドにして〇を作った。

「……ライオンに育てられたりしていませんよね?」

「牛とか馬とかの家畜の世話はよくやってたけど、ライオンはサーカスでちょっと見たことあるくらいかな……でもジェニファーは下手すると人間より頭いいから、そのつもりで話せばだいたい、ね」

「ガウ」

「はは、謙遜しなくていいよ。少なくとも無学な僕よりはいいと思う」

 ロゼッタさんは非常に薄気味悪そうな顔をした。そんなに引かなくても。


 やがて、ゴーストと思われる気配はなくなり、あとはレイスだけ、となる。

「アイン様、レイスは気配を消していますが確実にいます。油断なさらぬよう」

「見えてるよ」

「?」

「僕のメガネ、特殊でね。……いや、特殊な加工してもらったんだ」

 気配を消しているのか、とロゼッタさんの言葉でようやく気付いた。

 ただ動かないだけにしか見えなかった。

 ぼんやりと光る強調機能はレイスに対しても健在で、本来見えるはずのない相手なのにくっきりと輪郭がわかる。

 とりあえず、と振った「オーバースラッシュ」は、レイスの前に展開された魔力の障壁にねじれるように消されてしまった。

「へえ……そういうの、あるんだ」

 メガネを押してちょっと感心する。

 よく考えれば、マイロンでの退治依頼の時は「パワーストライク」しか使っていなかったから、ああいった障害物は無意味だった。

 魔術はもっと強力な魔術で無効化され得る。原始魔術である「オーバースラッシュ」も然り、か。

「じゃあ、これも無効化できるか?」

 僕はグッと剣を右下にバックスイングし、「バスタースラッシュ」を放つ。

 障壁でねじられながらも完全には打ち消されず、歪んだ形ながらレイスに当たる「バスタースラッシュ」。

 レイスが焦りを見せる。少なくとも僕にはそう見えた。

『なぜぇぇっ……なぜこんなひどいこと、するのぉぉっ……』

「アイン様、惑わされては……」

「命乞いは聞かないよ。そこまで暇じゃないからね」

 再び「バスタースラッシュ」。

 障壁は斬撃の形を歪めるがそれだけだ。向こう側に安全地帯はない。

 またレイスの像がいびつに斬れる。

 さらに「バスタースラッシュ」を重ねる。

 もう一度。

 さらにもう一度。

 踏み込んで「パワーストライク」で切り裂けば簡単だが、あえて危険を冒すこともない。一方的に勝てるならそれでいいだろう。


 ……数度の斬撃を障壁越しに浴び、やがてレイスは姿を維持できずに霧散する。


「終わり。……だよね?」

「……は、はい。……アイン様、本当に全く惑わされませんね」

「前に惑わされてユーに失態見せたからね。あんな無様はもうやらないよ」

「……もう少し可愛らしいものと思っていましたが、やはり『鬼畜』と呼ばれるだけのことはあるのですね」

「えっ、いや、そんな風にとる? 一度しくじったらもう惑わされないように特に気持ちを強く持つのは当然でしょ!?」

「そう誓っていても、なかなかそうはいかないものです……なのに、まるで断末魔を楽しむかのように……」

「そこまでヤな奴に見えてた!?」

 ショックだ。


 一応、その袋小路をしっかり一周して、もう気配がないことを確認。

「これで……とりあえず任務完了、かな」

「ありがとうございます。これで少なくとも、このダンジョンに非実体アンデッドの脅威はないと思います」

「思う……って、ちゃんとは言い切れないの?」

「この程度のダンジョンと言えども、今の私では精査するには膨大な魔力が必要になるので、視る範囲は何日かに分けているのです。ぼやけなどもあって特に非実体型は確認しづらく……他の区画にいないとは現段階では言い切れませんが、少なくとも簡単に移動できる範囲にはいないはずです」

 結構やりくりしながら眼を使っているらしい。

 短時間に連続使用するとなんか苦しげだし、あんまり万能とは思わない方がいいんだろうな。

「では、戻りましょう。あまり時間をかけるとユーカ様も心配なさいます」

「そうだね。ジェニファー、乗るよ」

 一声かけて飛び乗る。まあジェニファーは体も強いから、僕が乱暴に乗った程度ではそんなに痛くもないだろうけど、一応。

 そして、改めて歩き出したジェニファーの上で。

「……そういえば、ロゼッタさん。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい」

「……ロゼッタさんの眼が……とは、限らないんだけど。……魔術的に、死者の無念から情報を引き出すことって、できる?」

「……それは、一体どういう」

「僕の妹は誰かに殺された。……僕はその事件の解決を諦めた。できるとすら思わなかった。……でも、技術的に解決できるのか、それだけ知りたいんだ。ロゼッタさんの眼だったらできるんじゃないかと思ったし、もし無理でも、そういう魔術の噂くらいなら、知ってるんじゃないかと思って」

 魔術は、物理的には解決できないことを可能にする。

 もちろん不可能だってあるだろう。規模的にも理論的にも。

 でも、それがあるなら……。

 それを知ってどうするかはともかく、知りたい。

 ……果たして、ロゼッタさんは。

「……お勧めは、しませんよ」

 消極的に肯定した。

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