ダンジョン底ざらい
死んだダンジョンを改めて探索する。
モンスターの程度は低いとはいえ、普通に歩いても丸一日では歩ききれない広さがある。僕があの時片づけたのはそのうちの1ルートにすぎない。
「下に向かう道があるな」
「おー。鉱石系素材は下に潜る方が出やすいっていうぜ」
「……いうぜ、って、ユーにしちゃ歯切れの悪い」
ベテラン冒険者として、もっと断定的に言いそうに思ってた。
が。
「正直、こういう素材取りみたいな細かいことは自分で覚えたわけじゃねーからなー。リリーやアーバインがそういうのは強かったから、時々そういうワンポイント的なネタは聞いてたけど、アタシはモンスターぶちのめす方の役だったし」
「そういや、そうじゃったのう……まあ、リリーちゃんがおったら実際、何の不自由もせなんだが」
「あいつマジで初見の素材その場でほとんどテストしちまうし何百種類でも全部覚えてるからな。親友ながらマジで頭おかしいと思う」
「お前さんがクソ強いせいで、リリーちゃんがそういう奇行に走っても大抵放っておけたしのう」
マード翁とユーカさんが遠い目をする。
毎度聞くにつけデタラメなパーティだな……。
「リリエイラさんって何者なの? ユーの親友ってのは知ってるけど」
「実はアタシもよく知らねえ」
「は?」
「フルネームだとリリエイラ・アーキンスって名乗ってんだが、アーキンスって家名は国内では聞いたことねーから、多分ヒューベルの魔術師の家系じゃねえんだよなー。それか偽名なのか……アイツの場合、聞いたことねえ言語でも数日あれば母語並みに喋るから余計わかんねーんだ」
「……何その怪しさしかない情報」
「つっても冒険者なんだから流れ者なんて珍しくもねーだろ。お前だってそんなもんだし」
「それはそうだけどさ」
なんとなくユーカさんの幼馴染か何かじゃないかと思っていた。
……が、思い返せば……ユーカさんもフィルニアで活躍していた頃にはソロだったような話だったし、冒険者としてそれ以降のどこかで出会っているのか。
「それより意外と気配があるぞい」
マード翁が言う通り、モンスターの活動する音が聞こえる。
反響に反響を繰り返してよくわからなくなっているが、何らかの音を立てているというのはわかる。
「結構いそうじゃ」
「それなら我々の出番だな」
「はい!」
アテナさんとクロードが張り切る。
僕は鎧を今回着ていない。下手に壊れかけの鎧を信用して攻撃を食らうより、後方支援に徹するほうがいい、という判断で、今回は前衛を素直に譲る方針だ。
そもそも普段からあまり接近する戦い方はしないのだけど、最近ついつい「いざとなれば受けてもなんとなるし」と油断しがちだった。
回復のマード翁とファーニィが頼もしいのでそのせいもあるけれど、あまりそうして僕ばかりが妙な経験を積んでも、パーティのためにならない。
アテナさんやクロードも、冒険者としてどんどん経験を積まなくてはいけない時期ではある。ときには譲る判断も必要だ。
「照明出しに専念する。頼むよ、アテナさん、クロード」
「うむ」
「お任せください」
僕は無詠唱魔術で照明をあちこちに投げて視界を確保する。普段はリノに任せていたが、今は他にやることもない。
そのリノは最後方。今回はロゼッタさんも連れてきているので、彼女に万一攻撃が向くと怖い。ユーカさんはジェニファーの上の席をロゼッタさんに譲り、その上でジェニファーには巻き込まれないように距離を保つよう指示してある。
腕のいい治癒師が二人もいるから滅多なことはないと思うけど、一応ね。
「来るぞ!」
「左は私が!」
オークの咆哮とブレイズバッファローの突撃が同時。
オークはクロード、ブレイズバッファローはアテナさんが受けて立つ。
オークは言わずもがな、人類を楽に凌駕する巨体と怪力で立ちふさがる人型種。ブレイズバッファローは感情に応じて燃える鬣、そして赤熱する角を持つ野牛のモンスターだ。
ワイバーンに比べれば多少脅威度は下がるが、いずれも初心者がカチ合えばパーティ壊滅も有り得る。
が、クロードは機敏な動きでオークの力任せの棍棒攻撃を回避しつつ着実に足を斬りつけていき、アテナさんは華麗な太刀筋を閃かせて、ブレイズバッファローの突進をいなしながら斬る。
どちらも騎士らしさ溢れ、安定感のある動きだ。
とにかく突撃で勝負をつけようという意図がやたらと見えるフルプレさんよりも、彼らの方がやはり「冒険者としての騎士」のイメージに近い。
「こっちと素直に鍛錬を積む方がよさそうだなあ。フルプレさんには悪いけど」
「あいつもなー。ほんと、力馬鹿のモンスターとやり合う時に限っては頼もしいんだがなー。デタラメにしつこいし」
「あのキャノン連射戦法ってロナルドに通用するのかな」
「どうかね。それで倒せるほど甘くはないんじゃねーの。……あれで防御力は万全だから、ロナルドも決め手に欠けそうではあるけど」
フルプレさんはロナルドを評価しつつも、自分のほうが上だと思っていたらしい。
が、それはロナルドが試合でフルプレさんに負けを認めさせる手があまりないので、ほどほどで試合を終わらせていたんじゃないか……という気がする。
あの体力魔力をまともに相手しつつ、正攻法で勝って終わらせるのは、あまりにも面倒臭過ぎる。
「おっ、クロードなんかやりそう」
ユーカさんがそう言うのでクロードに注目していると……あ、確かにオークの攻撃を封じ込めつつ、微妙に間合いを取って剣を引いている。
一見消極的な戦いぶりだが、あれは剣に魔力を込める隙を作っている動きだ。僕みたいにほぼ瞬間的に魔力を込められるわけではないから、充分に充填するまで剣を当てないタイミング作りが必要になる。
となれば。
「……食らえっ!!」
ここぞ、というタイミングを見計らい、クロードの「オーバースラッシュ」が閃く。
この前まで実戦には使えないと嘆いていたが、ようやくその折り合いをつける戦法にメドが立ったようだ。
「いいぞ!」
アテナさんはブレイズバッファローの脚を二本折り、動けなくしたところでクロードに声援を送る。
クロードの斬撃はオークに深手を負わせ、ヨロヨロと下がらせていた。逃げたところでもう長くはない傷だが、それでも逃がすと始末が悪い。
トドメを刺そうとクロードが踏み出し……いや、そこにファーニィがファイヤーボールを飛ばしている。
「っ!? 何をするんです!?」
「視野が狭い! そっちからも来てるよクロード!」
「うっ!?」
ボッ、とファイヤーボールが燃え広がって、僕の照明が届かない奥の様子を明らかにする。
奥にはホブゴブリンが数体迫っていた。クロードが気付かずにオークへの追撃に夢中になっていたら、いきなり飛び出して集中攻撃されていたかもしれない。
が、ファーニィの炎に怯んでいる隙に颯爽とアテナさんがカバーに入った。
「こいつらは私が抑える! クロード君はオークを落とせ!」
「はっ、はい!」
ブレイズバッファローはもう移動能力がない。しばらく放置しても構わないと見て、クロードへの援護を優先したようだ。
素材収集の班で二人に組んでもらったおかげでコンビネーションが高まっているな。
「あの牛、僕がやりましょうか?」
「頼む!」
近づきたくない僕でも、動かない奴のトドメくらいはできる。
「ほっ、と」
剣を抜かずに「オーバービート」でブレイズバッファローの頭を粉砕する。
……うん。普通に撃つとそういう威力になっちゃうな。
でも、もう少しマイルドな威力に抑えたい……こうかな? こんな具合か?
と、ブレイズバッファローの死体相手に「オーバービート」の手加減の練習。
いや、悪趣味な死体損壊に見えるかもしれないけど、意外と的当てで練習しようとすると目標物に困るんです。
「……何をなさりたいのですか」
ロゼッタさんに問われたので、素直に「もっと威力を抑える打ち方できないかなって」と答える。
「魔力を素直に下げてはどうですか?」
「下げ過ぎるとそもそも発動しなくて……」
「ならば、打つタイミングと込めるタイミングをズラしてみては?」
「……あ、あー、そういう発想もあるか」
手癖でやると、どうしても「オーバースラッシュ」で手に染みついたジャストタイミングでやっちゃうんだよな。
あえて腰砕けな感じのタイミングで振ってみる。
……いい感じに威力は落ちた、かも。
「強さを求めるだけでなく、そのような技開発までしているのですね……」
「必要な場面結構多いんだよね……」
ロゼッタさんは変な風に感心していたが、みんなが真面目に戦っているところでそこに感じ入られてもちょっと恥ずかしい。




