虚魔導石計画ver.2
「もう使えなくなってる?」
「やっぱり割れちゃうと魔術文字も機能不全になるからね……一応冗長性っていうか、多少の傷程度なら動くようにはしてあるけど、ばっくり真っ二つとなると容量はガタ落ちね」
「参ったな……」
リノがいじっているのは、先ほどまで僕の左胸に収まって魔力不足を補っていた虚魔導石。
マード翁……ではなく、経験のためといってファーニィが取り出したものだ。ちょっと不安だったが別に難しいことではなかったようで、つつがなく僕の胸は元通りになった。
が、石が割れたこと自体は問題だ。
貯め込んだ魔力自体はここのところ忙しかったのでかなり減っていた(昨日はリノに補給してもらう暇もなかったし)から損は少ないけれど。
「今さらこれ抜きで戦うってわけにはいかないし……代わりの素材を漁るとなると、またダンジョン潜らなきゃいけないか」
幸いデルトールはダンジョンには事欠かない。申請すれば明日には潜れるだろう。
久々に虚魔導石なしで戦うことになるのには不安もあるが……まあ、一人で潜る必要があるわけでもないし、仲間たちがいるなら滅多なことはない、はずだ。
以前の滞在時には虚魔導石なかったしね。余程深入りして親玉を狩るというのでもなければ、素の魔力でも一応事足りはする。
……でも、ここのところはずっと魔力切れの心配のない戦いをしていたせいか、ないとなると妙に心細いもんだ。
「鎧も直さないといけないし……また同じことがないように、虚魔導石の埋め込み数も増やした方がいいのかな」
「それなんだけど、私も一応考えてて」
リノは木の板(小屋建設のおかげで端材がいっぱいある)に描いた人体図にカリカリとチェックを入れる。
「手足は魔導具使うかもしれないし、誤発動を避けるなら外すとして……やっぱり体の各部に分散配置した方がいいと思うのよね。例えば脇の下の腕側とか、首の後ろとか」
「脇は邪魔になりそうだし首の後ろは怖いなあ」
「この胸に埋めた奴みたいなのじゃなくてもいいの。それこそ小指の爪みたいな小粒の奴をいくつも埋めていけばいいのよ。その上で胸にあるのを集約器として使えば、普段は胸のに入りきらない分を小粒に散らして余剰容量にすればいいし、もし胸のが壊れても小粒が使えればすぐに魔力が尽きる心配はなくなるでしょ」
「僕にそんな器用な管理できるかなあ……」
「石の方でそういう小細工をすればいいのよ」
「できるの?」
「元々魔力を使う機能がない石なんだから、近距離で経路を繋いで魔力をパスする程度は余裕でできる……と、思う。作ってみないとわからないけど」
正直、リノの言う理屈は僕にはちょっと具体的には分からない部分が多いんだけど、まあリノも専門家だし。
後でシルベーヌさんに一度相談させれば間違いは起きない……かな?
「明日からまた素材漁りかー……ったく、あのエラシオんとこのドワーフ、ドドンゴだっけ? あいつ引っ張ってくりゃよかったな」
ユーカさんが頭の後ろに手を組みながら口を尖らす。
素材目当てのアタックはあまり冒険感がなくて気に入らないのだろう。
「ドドンパね。……彼がいたら確かに確実にいい素材揃えてくれただろうけど」
もしくは、アーバインさんか。
……知識って力だよなあ。
「ところで」
虚魔導石を摘出してからもずっといたファーニィは、おずおずと声を出す。
「なんで明日なんです? 今から行ってもいいんじゃないですか、もう半分私物化してるところがあるんですし」
「……え?」
「だって、ロゼッタさんのダンジョン。まだ素材あるはずですよね?」
「あっ」
そういえば。
フルプレさんとの対戦はまだ朝のことなので、確かに一日潰すのはもったいない。
そして「死んだ」ダンジョンとはいえ、それ以前にあった素材はまだまだたくさん存在しているはずだ。
僕たちが取ったのはせいぜい繊維系の素材を数人で取れる量だけだし、本来ダンジョンひとつから取れる魔導具素材は、総量にすればその数十倍はある。
まあ、用途に合っていないものや低質のものを弾くとかなり絞られるのだけど。
「なるほど。お力になれるかもしれません」
ロゼッタさんは話を聞いて頷く。
「私とて目利きの商人の端くれ。この眼は有効距離や精度は格段に落ちましたが、ダンジョン内の素材を探知するくらいなら可能でしょう」
ロゼッタさんはマード翁の治癒を受け、新しい服も用意してもらって、すっかり調子を取り戻していた。
ちなみに彼女の背後では、火霊騎士団有志とイライザさんやマキシムパーティが、ダンジョン内の材料を集めて拠点建設中。
一応ハーディら魔術師が頑張れば、石の土台を整えるくらいはできるようで、材木などはまだこれから搬入しなければならないけれど。
ダンジョン内に雨はないので天気を気にする必要もなく、魔術で照明を作れば日照も関係ない。
さしあたってダンジョン内は何もなく、ものすごく暇なので、彼らによる建設作業は捗ることだろう。
「じゃあ、どっちにあるか教えてくれる?」
「今の私は、長距離の見通しは相当に魔力を使います。皆さんに同伴させていただくのがよいかと」
「……もしかして暇すぎて散歩したいだけだったり?」
「いえ。一度くらいはユーカ様と一緒に冒険をしてみたいのです」
しれっと言い放つロゼッタさん。
……まあ、あの死にそうな状態からそこまで元気になれて何よりです。
「冒険ってオメーな……もうモンスターあんまいねーだろここ」
「完全に掃討はできておりません。アイン様が大量に倒しましたが、それ以降は冒険者の皆さんも騎士団の方々も積極的に討伐しているわけではありませんし」
「あー……」
まあ、それは仕方ないか。
マキシムたちもイライザさんたちも、それぞれのパーティだけではまだ微妙に戦力が心もとない。
数体とやり合うならともかく、囲まれれば万一もあり得るだろう。
騎士団は……まあ、フルプレさん個人はともかく、彼の部下たちはオーク以上の奴相手にはキツいだろうなあ。
僕が暴れた時にもハイオークやゴーレムいたし、あえて手を出さないのは正解だ。
「せっかくだ、我々で掃滅しようではないか」
アテナさんが兜の目のあたりを光らせ、やる気を見せる。
「意外と端から端までって結構めんどいんじゃがのう」
「まあ、ロゼッタさんの安全確保にもなるわけですし、いいんじゃないです?」
「ロゼッタの眼がありゃ無駄足は避けられるだろーし」
「私も、叔父や『邪神もどき』との戦いでただ見物するわけにもいきません。少しでも経験を積みたいです」
仲間たちはやる気十分だ。
……リノとジェニファーはそうでもなさそうだけど。
「……リーダーのための素材探しがメインなこと、みんな忘れてないわよね?」
「ガウ」
しっかりしていて助かる。




