魔獣三角関係
ブラ坂の食事を終え、“魔獣使いの宿”跡に飛んで戻る。
夜風がとても冷たく、体が冷えてしまったので早く床に入りたい。
そう思ってブラ坂への「そこで寝ておけよ。うるさくしないでくれよ」という言いつけをしながら鎧と剣を外していると、女子部屋から出てきたジェニファーが大きくて温かい体をくっつけてきた。
「あー、あったかい……どうしたのジェニファー」
「ガウ」
「……?」
さすがに僕でも何言ってるのかヒントが少なくてわからないときはあります。
と、そのジェニファーの態度が何故か気に入らなかったらしく、ブラ坂はいったん丸めた体を起こし、こちらを睨んで唸る。
「ゴウウ……」
「ガウッ」
「ゴウッ」
え、何。
会話してる雰囲気出されても困る。
喧嘩はしないでくれよこんな夜中に。
「……ジェニファーがマウント取ってるのよ、それ」
「リノ。……えっ、どういうこと?」
「リーダーが寒そうにしてるから。自分の方がこういう時人間に好かれるんだぞって。……さすがに私でもわかるわ」
「あー……」
ジェニファーってリノに毎晩「生きた毛布」みたいに温度供給するからか、あったかさを長所だと自覚してる節はある。
ブラ坂も……多分お腹側はあったかいんだろうけど背中側は鱗だしなあ。
だからってわざわざ僕もお腹の方に潜り込んでぬくまり直す気にはならない。
「ゴウッ! ゴウッ!」
「ガウ!」
なんだか不機嫌そうなブラ坂。ちょっと得意そうなジェニファー。
「あっためてくれるのはうれしいけどブラ坂を変に煽るなよジェニファー……ここで取っ組み合いになったら僕たちの部屋まで壊れちゃうだろ」
「ガウ」
「だいたいブラ坂は明日になったらシルベーヌさんと一緒にダンジョン入るんだから。ウチのパーティの合成魔獣はジェニファーだけなんだからそんなに対抗意識出さなくていいの」
「ガウ……」
「ゴウ……」
「いや、なんでブラ坂も残念そうな感じ出すんだよ。お前を子分にする気はないぞ」
「ゴウッ」
「お前のご主人はシルベーヌさんだろ」
「ゴウ……」
何故かブラ坂は僕たちに連れて行ってもらえないことを残念がっている。
最初にしっかり力の差を見せたのと、今さっきのエサやりのおかげか。獣の思考は「強いリーダーには素直に服従する」という狼タイプが多いからな。
でもジェニファーでもびっくりされるのに、ブラ坂連れて冒険者稼業なんてできるわけないじゃないか。
「アイン君が欲しいっていうなら、ブラッドサッカーちゃんあげてもいいんだけどねぇ♥」
「いたんですかシルベーヌさん」
「護衛はまた別の子をまた取りに行ってもいいしぃ」
「僕のパーティはサーカスじゃないんですよ」
ブラ坂が加入したら……まあ戦闘力はジェニファーより高いだろうけど、問題を起こす可能性もジェニファーよりはるかに高い。
いっときうまく乗りこなせたからってこれからも抑えきれる保証はないし、飼い主のシルベーヌさんにしか彼のヤンチャの責任は取り切れないだろう。
「ガウ!」
「ゴウ……」
ジェニファー、話の流れを聞いて勝利のポーズ。
ブラ坂、哀れなくらい意気消沈。
「……リーダー、飼ってあげたら?」
「ウチのパーティはジェニファーで充分だよ……」
空飛ぶ合成魔獣は魅力的ではあるけどね。
パーティと足並み揃えて戦うのには向かないし、どうもトロールほど大きい相手には弱気になるようだし。
もしもブラ坂を使うとしたら、その機動力の性質上、単独で敵に先に当たる可能性も高い。ウチのパーティが当たる相手を想定するなら、トロールに怯むようではちょっと心もとない。
ジェニファーはみんなと一緒に戦えるからあまり関係ないけど。
「それにしても、ブラッドサッカーちゃんをこんなに心酔させられるなんて。アイン君、素質あるわぁ♥」
「何の素質ですか……」
「魔獣使い♥ 本来は合成魔獣を使うのって合成師の特権というわけじゃないのよぉ。ちゃんとそういう適性と技能はあるのよぉ」
「……なるほど」
魔獣合成師の宿ではなく“魔獣使いの宿”だったのはそういうことか。
「実際のところ、合成師こそママみたいなものだから、他の人には従わない合成魔獣も多いんだけど……アイン君、自分で作ったわけでもない合成魔獣を二頭も懐かせてるものねぇ♥」
「実際リーダーって合成魔獣と絶対会話してるし、変よね……」
「どう? この際魔獣使いとして売り出すのは♥」
「……まあ、生き残ったらそのうち」
「ガウ!」
「ゴウ!」
ジェニファーとブラ坂が何か前向きな感じの吠え声をあげる。
いや、君らを飼うという話じゃないからね。
「ジェニファーは私の! っていうか早く寝るわよジェニファー! 私のベッドないんだからジェニファーいないと寒いじゃない!」
「ガウ」
リノに連れられてジェニファーが女子部屋に入っていく。
リノはあえて部屋に寝台を入れなかった。
ジェニファーが乗ると普通の寝台では軋んでしまうし、ジェニファーがいれば毛布いらずだから、だそうで、つまりジェニファーがいないと板の間……いやスノコの上で寝るしかないのだった。
……僕も寝るか。
翌日。
「昨日のうちに決めといたこと報告しとくぜ。アインいなかったからな」
ユーカさんやアテナさん、マード翁らは昨夜は酒場で遅くまで飲んでいたようだ。
そして、その場で。
「ロゼッタのところにモノ届けに行くのはマキシムたちに任せることになった。護衛はルリたちになる」
つまり、マキシムパーティ(四人)が輸送班としてしばらく専任でモノを運び、イライザさんたち(四人)が少数の火霊騎士団と一緒にダンジョン内の拠点に泊まり込む、という形。
そこにシルベーヌさん&ブラ坂が加わって、護衛班は完成となる。
「死んだダンジョンの採掘も暇潰しになるが、護衛班は基本的にやることねーからな。時々護衛班と輸送班は交代させて気分転換することになる……が、お堅い騎士団がいるから、男班が護衛に入ってもロゼッタが危ねえってことはないだろう」
「マキシムたち信用ないな……」
「お前は信用してるかもしれねーがアタシはアイツらそんなに好きじゃねーかんな。多少調子よく壁貼りやってたからってアインを馬鹿にしてた連中なんだし」
「それは、まぁ」
僕よりユーカさんの方が根に持っている。
いや、僕がチョロく許し過ぎているだけかもしれないけど。
「で、そっちはそっちとして、だ」
ユーカさんはくいっと背後を親指で示す。
無言で腕組みして立ち尽くす全身鎧の巨漢。
「今日は改めて特訓。……フルプレがそう言ってる」
「である」
「……えっ、僕の話?」
「当然だ」
フルプレさんは重々しくうなずいた。




