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ブラッドサッカーと夜の森

 帰りは行きより随分安全に帰ってこれた。

 魔力操作が比較的得意な僕かファーニィが減速術式(ブレーキ)を専任で握ることでカーブでの安定化を図り、ジェニファーも怪しいところでは歩速を緩めることを心掛けてくれたおかげだ。

 このノウハウを得るためのテスト走行だと思えば、実にちょうどいい旅だったと言えるだろう。そんなに荷物も持ってなかったから被害は最小限だったし。

 ジェニファーも走りっぱなしだったが足に不調もなく(あってもファーニィかマード翁に任せれば治っただろうけど)、今後の旅はだいぶ楽になることが予想される。

 絨毯に大きい荷物を載せて無補給遠征という使い方もあるしね。……まあ、後詰冒険隊(サポートパーティ)って手もあるからそちらは他にやりようがあるか。


 宿に到着すると、僕たちの作った小屋にブラ坂が強引に入ろうとしたらしく、入り口周辺が壊れていた。

 人間が普通に通れる隙間があればすり抜けられるジェニファーと違い、ブラ坂は翼などでどうしても幅を取るために入れなかったらしい。

 そもそもなんで入ろうとしたのか、というと、元々の“魔獣使いの宿”があった時には獣舎に住んでいたので、それがまっさらに壊されていて「じゃあこっちで我慢するか」と勝手に入ろうとしたようだ。

「シルベーヌさん、止めて下さいよ」

「止める暇もなかったのよぉ。宿がなくなってるのもブラッドサッカーちゃんには意味が分からなかったみたいだしぃ」

「こいつ知能に問題あるのでは」

「難しい話がわかるような合成魔獣(キメラ)の方がレアなんだけどねぇ……」

 つくづくジェニファーっていい合成魔獣(キメラ)なんだなぁ、と思う。

 話が通じるって素晴らしい。

「ゴウゥ」

「ここは僕たちの宿舎。お前は入っちゃ駄目」

「ゴォオゥ!!」

「駄々こねても駄目」

「ゴウ……」

「一晩くらい我慢してくれよ。明日になったらダンジョンに行くから。ダンジョンでは雨降らないし寒くないから」

 ブラ坂を叱ってなだめる。

 ……意外と通じている気もする。

「リーダーってやっぱり合成魔獣(キメラ)と話せてない?」

「うむ。会話が成立しているようにしか見えん」

「そもそもジェニファーみたいな愛嬌あるやつならともかく、ドラゴン丸出しのソレと平熱テンションで会話してんのが異様ですよ」

 リノ、アテナさん、ファーニィは僕の姿が不思議に見えるらしい。

 いや、わかろうよ。相手がわかってるという前提でまず話してみようよ。

 普通の家畜だって、根気強く話しかけていれば、ある程度はわかってくれるんだし。

「今日のうちにダンジョンに連れて行っちまえばいいじゃん」

「こいつの食料とか手配するのにちょっとかかるらしいから……」

 ブラッドサッカーの食べ物は別に血ではないらしい。普通に畜肉。

 モンスターなどでもいいらしいのだが、死んだダンジョンで用意するのは難しいし、別ダンジョンから運び出すのもだいぶ手間だ。結局畜肉の方が都合がいいとか。

 石化明けで腹の中が空っぽだったために気が立っていた……という面もあり、食料を十分に用意してやるのは重要らしい。

 ……ジェニファーに殺意を見せたのも腹が減ってたせいなんじゃないかな。

「シルベーヌさん、そこらで野生動物とか野良モンスターとか食わせてやったらいいんじゃないですか?」

「私そういうの苦手なのよねえ。ほら、のんびり屋さんだから狩りとか向かないっていうかぁ……」

「とりあえず当座だけでも腹いっぱいにさせてやったらいいと思うんですが……」

「でも、私もダンジョンに籠もる前にいろいろ手配とかあるからねぇ……あ、なんならアイン君が乗ってみるぅ? 一回メッしたから言うこと聞くと思うしぃ」

 シルベーヌさんは、いい考えだとばかりに手を打つ。



 もうすぐ夜なので、断るべきではあったのだけど。

 腹を空かせてまたブラ坂に暴れられて安眠妨害されるのも嫌だなあ、と思ったのと。

「……見えちゃうなあ」

 メガネがすっかり暗視対応になってきているので、宵闇の中でも野生動物の姿がくっきりと見えてしまう。

 ブラ坂の背にまたがって森の上を旋回し、一通り見て回った感じ、野生動物も野良モンスターもそこそこ確認できてしまった。

 特にモンスターは見やすい。メガネの最適化効果でボウッと光って見える。

「お前、ゴブリンとか食べる?」

「ゴウッ、ゴウッ!」

「もっと食いでが欲しいか……まあゴブリンいっぱい仕留めるのめんどいからなあ……肉もあんまりついてないし」

「ゴウッ」

 なんとなくブラ坂の返事もわかるようになってきた。是と否ぐらいは。

 そのまましばらく飛ばせる。

 ……ちょっと夜風が寒いけど、空飛ぶ合成魔獣(キメラ)に乗るのはちょっと楽しい。

 ゴルゴールに運んでもらった時も思ったけど、ワイバーンってこういう視界なんだな、という新鮮な感動がある。

「あ、そっちの山の方にそこそこデカいのいたぞ。……トロールか、あれ?」

「ゴウ……」

「デカすぎて気が引ける? 負ける心配はいらないよ。僕が殺るから」

「ゴウッ……」

「いや普通にいけるよ。多分苦戦もしない。……そんなに気が向かないのか」

 ブラ坂は僕の説得を最後まで聞かずに、トロール(?)のいた方に尻を向けてしまった。

 食いでもあると思うんだけどなあ。……まあ、ありすぎて一晩じゃとても食べきれないだろうけど。

 仕方なく索敵を続ける。

 ……やがて、近くの街道でバケウサギの集団と戦う旅人……恰好からして冒険者か? 多分そういう人々を見つける。

「ブラ坂。ちょっと降りて。あのバケウサギ退治する」

「ゴウ」

「いや、お前の食料としちゃ小さいと思うけど。オヤツだと思って。……僕のほうの都合だよ。お前は終わるまで見てるだけでいいから」

 見た感じ劣勢だし、加勢しないというのも寝覚めが悪い。

 近くまで飛んだところで飛び降りて、メガネと剣が落ちないように押さえながら「メタルマッスル」着地。

 ゴロンゴロン転がりながらバケウサギ集団の側面に停止し、起き上がりながら「オーバースラッシュ」を数発。

 この殺人毛玉集団が固まっているのは、手に負えない側からすると絶望的だが、「オーバースラッシュ」の前では効率的に死ぬ陣形でしかない。

 あっという間に毛玉は血に染まり、突然のことに驚いて固まっているバケウサギは相手していた冒険者に斬られて死に、あるいは逃げ出す。

 逃げ出すやつも「オーバースラッシュ」であらかた仕留める。

 数匹は逃してしまったが、そこには二十匹以上の死骸が転がった。

「ふぅ……こんだけいればそこそこ腹に溜まるんじゃないかな」

「お、おい、アンタ何者だ……?」

「あ、すみません。このバケウサギの死体貰っていいですか?」

「……お、おう?」

 その場で呆然としていた冒険者たちに断りを入れ、上空にいるブラ坂に手を振って、その場に降りてこいと合図する。

 宵闇に溶け込んで見えなかったであろうブラ坂がバッサバッサと降りてくると、冒険者たちはパニックを起こしかけた。

「ギャアアア!?」

「も、もう無理! もう無理ぃぃ!」

「ワイバーンなんかと戦えるかよぉ!」

「みんな落ち着けぇっ! さっきのメガネの奴ならきっと……それに逃げようったって逃げ切れねえだろ!」

 あ、あー。

 なんかすみません。

「こ、こいつは合成魔獣(キメラ)なんで! こいつのエサにちょうどよかったんでバケウサギいただこうかと!」

「はぁ!?」

「な! ほらブラ坂、挨拶して! 挨拶!」

「ゴオオオ!」

「いやそれは威嚇! 叩くぞお前!」

「ゴウ……」

 僕に怒られてブラ坂は頭を下げた。

 多分怯んだだけだと思うが、ちょうど挨拶のように見えなくもない。

 曲がりなりにも言うことを聞いたので、冒険者たちはようやく理解してくれたようだ。

「……合成魔獣(キメラ)って、ソレ飼ってるのか……アンタ」

「まあ飼ってるというか……はい、飼ってます」

 ややこしいことを言っても話が長くなるので割愛。

 そしてブラ坂にはバケウサギの新鮮死体を食べさせておく。

 バリボリ食っては時々毛皮とか骨とかをペッと吐き捨てている。……そのたびに冒険者たちはちょっとビクッとしている。

「すげぇな……この辺の冒険者なのか……?」

「まあ、今はデルトールに滞在してます」

「俺たちもデルトールに行こうと思っていたところなんだが……デルトールってこんなスゲェ奴じゃないとやってけないのか」

「いや、普通にダンジョンに入れるなら大丈夫じゃないかなあ……コレは特別というか」

 ブラ坂の食事の間、なんとか旅を続ける準備を整える冒険者たちを相手にしどろもどろの僕。

 早く食べ終わって、と祈りつつ、結局小一時間その場に居座ることになり。


 後日「ワイバーン乗りの冒険者がいる」という変な噂がデルトールに流れた。

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