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翻弄される翻弄者

 習ったのは宿場に入る前。

「いいか。まず中指と親指を何度か叩いて、指と指の間に魔力(モヤモヤ)を浮かべるイメージをしろ。素早く叩けばいいってもんじゃないし、強く魔力を固めりゃいいってもんでもない。微妙な塩梅が必要だ」

「はあ……」

 ユーカさんの説明は非常にフワッとしていて理論的ではなかった。

 でも、それはいつものことなので我慢する。

「で、いい感じになったら……だいたい拳より一回りくらい小さくまとめた魔力をつまんでそのまま弾くイメージで……パチン、とやる。上手くいくと指パッチン(フィンガースナップ)の音をデタラメに増幅して、相手にぶつけられる。……問題はそのままだと自分の耳もやられることでな」

「そ、その対策は……?」

「打つ時にコツがあってな。手の中に溜めた魔力とは別口で肘から手首あたりに魔力を溜めておいて、パチンとやる瞬間に『オーバースラッシュ』と同じ感じで後ろから押し出す。そうすると音が前にだけ集中する。……まあ、つまり片手でふたつ、魔力の流れを操作しなきゃいけない。ちょっとした曲芸だ」

「……できないと、自爆ってこと……?」

「そう。実は前のアタシでも、確実に出せる自信はちょっとない。でも耳のいいモンスター相手ならメチャクチャ効く。自分の耳がバカになっても相手がそれ以上にフラフラになってりゃ状況はこっちのもんだ。そうでなくても、自分だけは爆音を覚悟してるわけだから攪乱効果は高い」

「なるほど……」

 僕はその場で言われた通りの動作をしようとして、ユーカさんに思いっきり手をはたかれた。

「だからアタシの前でやんなっつってんだろ! この手じゃしっかり耳塞げねえし、耳塞いでも耐えられる自信ねえんだよ!」

「……じゃあ練習できないじゃん」

「まあ……そうだな。だから奥の手だ。うまくいったって相手を即やっつけられる類の技じゃねーけど、何もないよりはマシだろ」

「うーん……」

 まあ、確かに手足に魔力を溜めて叩きつける、みたいな技は、教えられても僕の体が耐えられない可能性がある。

 組み技や投げ技だとさらに厄介で、相手の体格によっては使いようもないし、反復練習なしで実用するのは不可能。

 となると……まあ、牽制だとしてもこういう技の方が即効性はある、かなぁ。

「それとコレの厄介なところは……まあ、溜め方とかの問題で連発ができないってとこだな。魔力のコントロールも難しいから、片手で他のことをやりながら……ってのもちょっとキツい」

「使いどころが限定されるなあ……」

「そもそも素手なんて状況にならずに済むのが一番だ。だから予備の武器は買え。最優先で」

「フィルニアについたらね」



 とまあ、ここまで言うくらいに「ハイパースナップ」は使い辛い技なわけだけど。

 相手がちょうど、互いにすぐには踏み込めない距離に出てきたこと。

 耳の良さが種族的特徴の一つだったこと。

 そして、ゆっくりと技を準備する時間が取れたこと。

 好条件が重なって、最大限の効果を発揮することになった。


「……完全に気絶してる、よな?」

「多分ね。こっちにいてさえちょっと痺れるくらいの音だったし、体が浮くほどの衝撃受けてたから……下手すると鼓膜破れてるんじゃないかな」

「ちょっとその棒貸せ。直接つついて足とか掴まれたくねー」

 さすがに一度は一杯食わせてきた相手。ユーカさんも慎重だ。

 そして完全に気絶しているとわかれば、ユーカさんと目を見合わせて、頷き合い、いそいそと縛り上げにかかる。

 そうしない理由などない。


 しばらくしてエルフ少女は目を覚ました。

「あう……つっ……な、何したのよっ……」

「いちいち説明するつもりはない。状況はわかってるよね」

「うぅ……き、聞こえない……っ」

 口の動きから、僕が何かを言っているのは理解しているようだけど、耳へのダメージが深くて聞き取れないようだ。

 ちょっと困ったな。

 ……とはいえ、別に交渉しようってつもりでもないし、別にいいっちゃいいのかな。

「どうしようか、ユー。剣は取り返したけど……」

「どうしようったってな。マトに掛けられたのはお前だし。アタシが指示するこっちゃねーけど」

「ユーだって眠らされたじゃないか」

「眠らされただけだろ。その仕返しにどうしてやりゃいいんだ?」

「……うーん」

 そう考えるとちょっと取り扱いに困るな、これ……。

 でも、お咎め無しというわけにはいかない。

 実力的には、少なくとも僕たちを手玉に取るだけのものはあった。僕の未熟さや、ユーの対人対応能力の低さといった手薄なところを突かれたとはいえ、もう一度かかってこられてもやはり防げないだろう。

 何より、武装した冒険者(ぼくたち)に謂われなくちょっかいをかけてきた。

 何かの利害関係ありなら、そこをなんとかすれば折り合える。だが完全に何の所以もなく、気分で手を出してきた相手には、どういう折り合いがつくのか。

 ある意味で山賊と同じだ。こちらの事情と全く関係ない加害者。

 譲歩の余地は何もないし、かといって生ぬるい罰を与えるなどの半端な真似をすれば禍根が残る。

 こういう相手にもう一度攻撃される危険は背負いたくない。

「……殺そうか」

 ぼそりと呟き、剣を抜いた僕に、エルフ少女は耳が聞こえないままながら情けない悲鳴を上げ、ユーカさんも慌てた。

「ヒィィィッ!? ま、待ってそんな、縛った女に剣で何するの何するんですかちょっやめっ!?」

「おい! そこまでキレるほどのことかよ!?」

 あれ、ユーカさんもそんな慌てるの?

「半端なことするよりスパッと禍根なくす方がいいかなって」

「お前アタシの主義主張にドン引きしたくせして極端だな!?」

「だって僕とユーを二人とも翻弄できるんだよ。それどころか、多分その気だったらユーも殺されかねなかった。下手に許しても後を引くだろうし……」

「ああもう、これだから喧嘩慣れしてねーヤツはよ!」

 ユーは僕から剣を乱暴に奪い、そしてエルフ少女に振るう。

「ヒィィィィッ!? やめてやめて命だけはっ!?」

 ユーカさんが切ったのはロープだった。

 片腕かつ凡人以下の筋力とはいえ、さすがの腕。薄皮一枚で彼女の戒めを切り裂き、パラッと落とす。

 しかし完全に殺されると思ったエルフ少女は失禁していた。

「アヒィ……ッッ」

「……きったね」

「さすがにそれはしょうがないと思うよ」

 ロープじゃなくて首を切ろうとしていた僕が言うのもなんだけど。

「おい! きーこーえーてーるーか!」

 ユーカさんはエルフ少女に顔を近づけて、間延びした発音で強引に会話しようとする。

「お前、冒険者で遊ぼうなんて馬鹿な事いつからやってんのか知らねーが! しくじったらどうなるか考えてなかったのか! ケツなめたくらいで許してくれるヤツばかりじゃねーぞ!」

「は、はひっ……な、なめます、なめますからゆるして……!!」

 耳が中途半端に聞こえていないようで、話が微妙に噛み合っていない。

 ひたひたと剣でほっぺたを叩きながら、ユーカさんはさらに脅しつける。

「本当なら山賊扱いでズンバラリしてやるところだが! コイツはその気だったが! アタシが気分悪いから許してやる! 死ぬほど感謝しろ!」

「はい……死ぬほどなめますから命だけはぁぁ……」

「その代わりだ!」

 ユーカさんはエルフの耳を引っ張り、邪悪さ満点の笑みを浮かべて。

「冒険者への借りは冒険で返すのがスジってもんだろ。……冒険三回だ。それで勘弁してやる」

「え、え……あの……」

 困惑するエルフ少女。

 僕も困惑する。

 何を言い出すんだユーカさん。



「こんなもんでいいんだよ。確かに雑に許すとナメられちまう。だけどちょっとしたことですぐ殺すとか極端に走るのはあまりにも臆病ってモンだろ。いくら話が早いからってすぐそういう判断しちまってると、そのうち本当に関係ない奴に怖がられて後ろから刺されるぜ」

「……でも、恨んで変なことしないかな」

「だから三回で許してやるって言ってんだ。あんまり長いこと縛ると変な覚悟も決まるだろーが、三回我慢すりゃいいってんなら飲むだろ。こっちも苦労しない小銭稼ぎの冒険で、適当にこき使ってやりゃいい。信用できねー奴にあんまり長いこと付き合うのはこっちも損だしな」

 服以外の全てを取り上げて、物陰で着替えさせながら意図を説明され、納得する。

 ……ユーカさんは「殺し合い」と「喧嘩」を見分けろ、と言っていたな。

 つまりこれは「喧嘩」の範疇。そこに収めるべきもの。

 僕はその手の半端な争いに慣れてないがゆえに、「喧嘩」の段階に留まれなかった、というわけか。

「お前も冒険者の世界(このせかい)で生きていくなら、そのうちもっとくっだらねー争いにも巻き込まれるだろうが、そういう時に響くぞ、こういうのは。……物事にはそれぞれの収めようがある。いつかお前がアタシぐらい……アタシより強くなった時に、誰もついてこねーような、つまんねー最強になんかなってくれるなよ」

「……うん」

 ユーカさんは、きっと何よりそれが気がかりなんだろうな。

 言われてみるとわかる。

 僕は……僕がついていく側なら、強さをそんな風にしか使えない奴と仲良くやろうなんて思えない。

 そんな風に、敵を冷徹に潰し、小さな可能性を憂いて残酷なことを平然とやるような冒険者は、きっと近づくだけで嫌な思いをするだろうとしか思えない。

 僕はまだ弱いから、敵味方の命に鈍感でいることも利点になり得ているのだろうけれど……強くなり、他人の生殺与奪を握るようになった後まで、そのままでいるべきじゃないんだ。


「……おまたせ……しました」


 エルフ少女は着替えて戻ってきた。

 耳のあたりを押さえて、その手から暖かな光を放っている。

「……おい」

「ちょっと待って。もう少ししたら治るから……多分」

「いや待て。治癒師だったのかよお前」

 さすがにユーカさんも「そんなのアリかよ」という顔をした。

 ……いや、泥棒で愉快犯の小悪魔エルフで……しかも希少な治癒師って。

「盛り過ぎだろ!?」

「ひぃぃっ!? ごめんなさい何なめたらいいですか!?」

 エルフ少女はユーカさんの剣幕に再び怯えてへたり込み、涙目で命乞いをした。

 まだ話がうまく伝わっていないらしい。



 エルフ少女はファーニィと名乗った。

「さ、最初は……同族(みんな)と一緒に故郷の森に近づく冒険者を追っ払ってただけなんだけど……そのうち楽しくなっちゃって、ここ何年かはずっとこんな感じで冒険者をからかって遊んでて……」

「今まで反撃でやられた経験もなし、ってわけか」

「そ、そんなに強そうな人は狙わなかったから……それぐらいは見ればわかるもの」

「で、アインを狙ったわけだ。なるほど確かにアインは弱そうだよな。装備も本人も」

「ひどいな」

「だから強そうに振る舞えよ。装備に金かけろよ。メガネも外せ」

「いやメガネは無理」

 元々フィルニア近辺は冒険者に人気のない土地。

 ここらで冒険者をやるメリットといえば、せいぜい低級なモンスターしかいないせいで、ちゃんと武装していれば滅多にやられる危険がないことくらい。

 そんな土地をウロウロしている、見るからにショボそうな冒険者を狙って遊んでいた、と。

 僕とユーカさんは実際、戦闘力と技術、そして外見のバランスがめちゃくちゃだ。一見して正しく見立てるのはまず無理だろう。

 ……そして「ハイパースナップ」を仕掛けられなかったら決め手が何もなかったので、いくつも変な手札があるとはいえ、強くないこと自体は間違っていない。

「し、死ぬのだけは嫌なので……その、なんでもしますからそれだけは勘弁してください……」

「そういうの男に言うのやめた方がいいと思うぞ。アタシが言うのもあれだけど」

 剣で脅した本人としてか、それとも女性という生き方を最近までしていなかった元ゴリラとしてか、どっちの言葉なのか微妙にわからないユーカさん。

「と、とりあえず靴ですか、お尻ですか」

「何が……」

「どっちからなめましょうか!?」

「もう一回説明するから舐めるのからいったん離れようか」

 悲壮な顔で舐めることに執着しているファーニィを落ち着かせ、今一度ユーカさんの出した条件を説明すると、ようやくファーニィはほっとした顔をする。

「それをやればもう殺されないんですね!?」

「ま、まー迷惑料だ。それ以上はあれだ、こっちにも予定があるからな」

 ユーカさんは勢い込むファーニィに若干引いている。

「わかりました!」

 身を乗り出し、やる気アピールが激しいファーニィ。

 根はいい子なんだろうか。

 冒険者を追い払ううちにって言ってたもんな。そこは悪に対する義憤だったんだろうな。

 それも単純な武力じゃなく、搦め手で相手を振り回す方法を取ってるんだから、分別があるやり方だったんだろう。

 ……それを故郷と全然関係ない場所まで飛び出してやっているのはアレだけど、まあ冒険者を潜在的な侵略者と見るならちょっとぐらいは言い訳も立つし、必ずしも全てトンチンカンというわけでもない……のか?

 などと分析しつつ、ファーニィを上から下まで観察している僕を、ユーカさんは不機嫌そうに蹴る。

「痛っ……な、なんだよ」

「何ジロジロ見てんだよ。舐める舐めるって言われて興奮してんじゃねーぞ」

「言わせたのユーだし僕関係ないからね!?」

「やっぱりなめた方がいいですか!?」

「いらないよ!?」

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