シルベーヌ出陣
「だ、大丈夫なんですか、色々……」
シルベーヌさんが合成魔獣を石化させることで複数体保持しているのは知っているが、それを「起こす」ことで「邪神もどき」を刺激しないか、とか。
シルベーヌさん自身もそんなところに潜っていて大丈夫なのか、とか。
確か、情報収集のために使い魔を飛ばしていたはずだ。
それが戻ってきた時、本人がいなくなっていて平気なんだろうか。
「大丈夫よぉ。アイツが欲しがっているのは合成魔獣の技術情報であって、合成魔獣や魔獣合成師ではないわぁ。もし後者なら私も今頃生きてないものぉ」
「そ、そうなんですか?」
「“宿”がやられたのは、“宿”自体がアレを無力化しようとしたからよぉ。……もちろん私はそれが叶わなかった段階で逃げたけどぉ……“天眼”の持ち主なら、逃げた先がわからないはずはないじゃなぁい」
「ま、まあそうかもしれませんけど」
「研究室にしていた離れも、物色された跡があったわぁ。……その後の足取りを見るに、イスヘレスの最新の研究成果が欲しいんでしょうねぇ」
「……どういう狙いなんだろう」
「多分、だけどぉ……イスヘレス派の作る合成魔獣って、何かしら初期不良があるから、それを解消したいのか、あるいは単純にスペックアップしたいのか……どちらかじゃないかしらぁ」
「……え、そんな不完全なの、イスヘレスの合成魔獣って」
一緒に話を聞いていたリノが怪訝そうな顔をする。
シルベーヌさんは絨毯の仕上げ作業をしながら頷いた。
「合成完了した時点で完璧ってわけじゃないのよぉ。そもそもの方法論として、私たちの合成魔獣って継ぎ当てや継ぎ足しをしながら完成度を上げる前提のやり方するからねぇ」
「それって合成魔獣が結構苦しまない?」
「そうねぇ。合成される側からするとあんまり優しくはないわねぇ」
しれっとしている。
「でも、私たちは合成魔獣の愛護が目的じゃないのよぉ。より優れた生命のかたちを追求していくのが、魔獣合成の究極目的でしょう?」
「それは……お題目としてはそうかもしれないけど……」
「サンデルコーナーが合成完了時点での完成度を求めるのは、それもそれで意義のあることだとは思うわぁ。でも、勝手な言いぐさをさせてもらうなら、合成魔獣に値段をつける商売に毒されてるとも言えるんじゃなぁい?」
「それはっ……」
痛いところを突かれた、という顔をするリノ。
「作った子を愛するのが間違いとは思わないわぁ。苦しんで暴れないのは大事よねぇ。でも、私たちの方法論はそれとは違うアプローチをしている。それだけよぉ」
シルベーヌさんの物言いに何か言いたげな顔をしつつ、口をつぐむリノ。
……僕には難しい話だ。
まあリノは優しいから、本来目指すべき「一人前の魔獣合成師」であるシルベーヌさんには反発があるのだろう、とはわかるけど。
「んで、その寝かせてる合成魔獣はすぐ持ってこれるのか? 何週間もかかるってんなら結局こっちもこっちで対策しねーとなんねーんだけど」
ユーカさんが話を進める。
シルベーヌさんは手を動かしながら、んー、と少し唸り。
「いくつか隠し場所があるからねぇ。確かに一番遠いのだと歩いたら二か月はかかるかしらぁ」
「じゃあいらねえ」
「一番近いのは二日でいけるわぁ。この絨毯とジェニファーちゃんを使えば半日よぉ」
「……それなら聞く」
「どの子にしようかしらねぇ……♥」
ちくちくやりながら楽しそうに呟くシルベーヌさん。
大丈夫かな。ジェニファーやゴルゴールは特別大人しい……というか穏やかな個体だって聞くけど、とんでもなく荒々しいのが来たらどうしよう。
いや、僕たちが使うわけじゃないんだから気にしても仕方なくはあるんだけど。
絨毯、完成。
大量の素材をふんだんに使い、シルベーヌさんの確かな技術力……と、ついでに彼女の秘蔵していた超高級素材も使用したらしく、魔力効率と耐荷重は一般的な「空飛ぶ絨毯」よりもずいぶん上に仕上がった、らしい。
一般的な奴を僕は見たことないのでやっぱりわからないんだけど、まあとにかく、起動するのに必要な魔力は、僕でも微量と思える程度だ。
「じゃあ、私の合成魔獣を迎えに行こうかしらねぇ……♥」
その絨毯の真ん中に座ってニコニコしているシルベーヌさん。
そのおっぱいにマード翁はムホホホと鼻の下を伸ばしつつ、手は出さない。
「……マード先生、あのおっぱいの人わりとエロエロですよ。いけますよ」
「いやいや待て待てファーニィちゃん。ありゃ駄目じゃ。観賞用じゃ」
「え、揉みにいかないんです!?」
「ワシの第六感があれに手を出したらいかんと告げておる」
……さすが超一流。勘が鋭い。
「賢明ねぇ。賢明過ぎてつまんないわぁ」
「ああいうこというヤツが罠じゃないわけないじゃろ?」
「仕方ないからアイン君が相手してぇ♥」
「僕も遠慮します」
エルフだから凄い美人だし、捨て鉢な頃なら引っかかっていたかもしれないけれど、僕も嫌な予感するのでいいです。
というか、今からみんなで絨毯に乗るんだからそういうのはやめてほしい。
「ジェニファーに引っ張らせるのはいいけど、止まるときどうするの? 浮いてるから簡単に動くし、スピード出したらなかなか止まらないわよね?」
リノがジェニファーの背に乗りながら心配する。
「重量物浮遊」の魔術でもそうだけど、いったん浮いたものは手で押せば簡単に動く。
何トンもありそうなゴーレムの死骸だって、リノの手でたやすく撤去できてしまうくらいだ。
そのノリで絨毯をジェニファーの全速力まで上げたら、たしかに速くはなるだろうが止まる時が心配ではある。
まさかぶつけて止まるわけにはいかないだろう。
ポン、と手を打ってアテナさんがマントを取り出す。
「止まる少し前からこれを広げるのはどうだ。帆の要領で減速できるだろう」
「広げた人だけ転げ落ちるのでは?」
クロードの指摘に少し固まるアテナさん。
「……絨毯に足を引っかけるベルトか何かをつけられないだろうか」
「それも悪くないけどぉ。ある程度は制御できる術式組んであるのよぉ」
シルベーヌさんは、自分の座った場所の前方にある、鮮やかな刺繍の部分を撫でる。
「ここが減速……というより風の魔術で抵抗を上げる術式。その横のこれが浮遊高度調整。魔力込めるとしばらく高くなるわぁ。こっちのは風防術。本来空を飛ぶ合成魔獣に乗る時に使うものだけど、この絨毯もジェニファーちゃん専用道具ってわけでもないから、応用するときに使ってねぇ」
「え、えーと……ユー、覚えた?」
「さすがに魔術文字見りゃわかる。でもアタシ今魔導具使うのも遅えかんな。お前が覚えないととっさの時に使えねーぞ」
「うぅ」
僕も読めるようにならないといけないのかなあ。
「ガウ」
ジェニファーが吼える。
「もう行っていいですか」という感じに見えたので僕が頷くと、ジェニファーはリノの指示を待たずに歩き始めた。
「ちょっと!? 今私無視しなかった!?」
リノは怒ったがジェニファーは聞こえないふりをした。かしこい。




