陸飛龍
陸飛龍の体格は、いつか戦った飛翔鮫と同等。いや、それ以上に太く、硬く、力強い印象だ。
まともに組みついたら人間の体でどうにかできる相手ではない。
当然、まずは接近せず中距離戦だ。
「バスタースラッシュ!!」
初手はもちろん、威力と到達速度に優れるこれ。
足を止めて余裕をもって構え、振る……というのは、距離が詰まってからでは難しい。
ムシのいい想像をさせてもらえば、これ一本でズタズタにして終わり……と行きたい。
が、陸飛龍は、驚いたことにその小山のような巨躯で、「バスタースラッシュ」を、避けた。
「!?」
嘘だろ。
初見だろこれ。
それも「オーバースラッシュ」ならまだしも、おそらく矢より速い「バスタースラッシュ」だぞ。
あの10メートル級の図体で……!?
と、驚愕する僕に、陸飛龍は間髪入れずに飛び掛かって……は、こない。
死角になる壁の陰に入ったまま、しばらく待っても出てこない。
「……恐れをなした、か……?」
いや。
違う。
こちらの手の内を窺っているんだ。
相手は親玉。ここにいて核を守れば、リフレッシュ現象のたびに無限回復……いや、無限復活する存在。
打って出る必要は、本来ない。初手から焦って危険に身を晒して戦うことに、何もメリットはない。
こっちが攻撃するために敵のリーチのなかに踏み込むのを待ってもいいし、モタつくうちに他のルートから狩り残しのモンスターが現れ、挟撃になる展開を狙ってもいい。
ならば、僕はどうする。
「壁ごと斬る……ってのは、あまりいい具合じゃないだろうな」
きっと「バスタースラッシュ」なら不可能でもないだろうが、あの巨体だ。しかもどういう体勢で隠れているかは当然わからない。致命傷にはならないだろう。
そもそもあまり巨大な相手だと、いくら切れ味がいいといっても「バスタースラッシュ」の斬撃は攻撃範囲が小さいんだよな……さすがに直撃してもずんばらりんと二つ割り、ってわけにはいかない。
ノロマなトロールやゴーレムならそれでも勘所に当ててやればいいが、あれほどの敏捷性があると、うまく距離を詰めても急所に当たる可能性が低い。
「どうしたもんかな……」
と言いつつも、プランBは思いついている。
一撃で決める、という欲張りは捨てよう。
となれば、威力は求めない。当てて倒せる可能性はなくとも、できるだけその後に影響する攻撃を組み立てていこう。
まず狙うは足。一本でもいい。あの図体だ、一本使えなくなれば相当鈍るだろう。
そしてできれば、少しでも別方向で隙を作りたい。
となればやっぱり「ハイパースナップ」か?
ここまでにも幾度も使ってるから遠く響いてるだろうし、全く無警戒でもないだろうけど、近距離から突然叩きつければ少しは効くかもしれない。
まさか爆発音が魔術じゃなくて、ただの指パッチンだなんて思ってないだろうし。
となれば、まずは敵を釣り出す……釣り出す手段が思いつかないな。
デタラメに壁ごと斬るのを繰り返しても、場所がわからないと丸損だ。
踏み込むしかないか。
「……出てこい……!」
少しずつジリジリと。
ナイフはしまって、剣は雷属性にして左に持ち替え、右はいつでも「ハイパースナップ」を撃てるようにワキワキ動かしながら一歩ずつ進む。
飛び出して来たら「ハイパースナップ」で怯ませ、雷属性の「オーバースラッシュ」を振ってとにかく機動性を殺す。
と、頭の中で作戦を思い描いていたのに。
ドッ、と急に姿を見せた陸飛龍は、こちらが「ハイパースナップ」を構える間もなく。
「ゴォアアアアアアアアアアア!!!」
「っっ!?」
とんでもない大音量の咆哮で威嚇。
こっちの耳がバカになってしまった。
って、こんな音量で叫び狂って平気な奴に「ハイパースナップ」が効くのか……!?
瞬時迷う。
そこでさらに陸飛龍の追撃が、来る。
その喉の奥から光。いや、熱。
ブレス攻撃だ。そんな。
いや、ワイバーンにはちょくちょくやる奴もいるから警戒すべきだったんだ。
前情報が外見しかなかったのに、勝手にフィジカル一辺倒だと勘違いした。
けど。
「……こっの、やろっ!!」
強引に「ハイパースナップ」で、勢いを散らす。
音の衝撃が巨大な喉から出る熱波とぶつかる。しかしさすがに一発では防ぎきれない。
二発。三発。四発。
ゴォン! ゴォン! ゴォン! と爆音の乱打で……やっぱり押し返しきれない。
こうなれば……!
「これで、どうだ!!」
左手の剣を十字振り。「オーバースラッシュ」でブレスを切り裂く。
散らしきれるか。
いや、無理に決まってる。所詮斬撃だ。
……待て。
……あえて、魔力を「満タン」にして。
振りを、鈍く。
「オーバースラッシュ……ヘイズ!!」
ふと思い出した。最初の最初に撃った、太くて遅い、切れ味の鈍い「オーバースラッシュ」。
魔力のコツも、剣の振り方も全然なってなかった時のあれは……「斬撃」とはとても呼べたもんじゃないけど。
今はそれがいい。
霞のようにぼんやりとした魔力の「帯」は、ブレスを割って陸飛龍の口元に直撃。
大したダメージにはならないだろうが、ブレスを凌ぐにはこれで充分。
間髪入れずに。
「ゲイルディバイダー!!」
剣を突き出し、駆ける。
これが僕自身の全力ダッシュよりさらに速いのは理解している。
今は移動技として使う。
魔力の扱いが向上した今は、駆け出しから剣に引っ張られるように「飛ぶ」ことになる。
その気になれば短時間なら本当に「飛ぶ」こともできなくはないだろう。制御は難しいだろうけど。
そこまでは望まず、強引に陸飛龍との位置関係を変える。
足を奪う……!
「オーバースプラッシュ!!」
滅多打ちの斬撃を敵の脇腹方向から乱射。全部高密度の雷属性付きだ。どれか当たればしばらくは痺れるだろう。
が、やはり陸飛龍はそこまで鈍くはなかった。
「ガァァ……ゴァァァ!!」
僕が「スプラッシュ」数発を放つ刹那に大ジャンプ。
ダンジョン内でもひときわ広い親玉部屋の、数十メートルある天井に届くほどの跳躍を見せる。
その図体でその跳び方はちょっと酷いだろう。「低難度」ダンジョンで出てきていいやつじゃないだろうお前。
と思いつつ、落下してくる陸飛龍を見上げて。
潰される。
……とはいえ、もちろん僕もそれへの対抗策は間に合っている。
一対一だ。そんな何秒も浮かぶ数十メートルジャンプが「奇襲」になるほど気を散らすわけがない。
今回はちゃんとメガネが飛ばないよう顔周りを抱え込むポーズをとり「メタルマッスル」をやる余裕があった。
ユーカさんだってあの飛翔鮫のボディプレスを鼻血一つで凌いだんだ。もっと魔力の扱いに長ける僕が、潰れるはずがない。
自分にそう言い聞かせているようなところもあります。
とまあ、若干腰砕け気味に述懐している時点で大成功であり。
地面が石だったために僕の肉体は地に埋まらず、陸飛龍の腹にまんまと突き刺さっている。
というか、この状態は……相手も痛いだろうけどこっちも苦しそうだな。「メタルマッスル」解いたら。
ユーカさん曰く、これを数秒で解除するのは、限界まで筋肉を締めて魔力で固めるため、あまり続けると血流がなくなって末端まで血がいかなくなり、頭にも血が上らず意識が飛ぶ可能性があるかららしい。
確かにそれはアホらしい。
が、これどうしよう。
いま解除すると文字通り腹の中だ。もがいて出られるだろうか。
……いや、後から解除しても状況が好転するとは思えないな。
とにかく動こう。
と、硬化を緩めて腹の中でなんとか動こうとする。
……うう、くさい。
モンスターの腹腔内がくさくないわけないよな。
あとで魔術で水貯めて体を洗おう。誰も見てないから全部脱いで服も洗おう。
剣は……よかった、まだ手にある。
あの攻撃だと、体は大丈夫でも剣が超重量に負けてポッキリいってしまうんじゃないかと思ったけど、大丈夫そうだ。
なら、斬る。手首だけでも、ほんの少しでも動くなら……「パワーストライク」で腹の中を切り裂いていける。
極力息をしないように、そしてメガネを失わないように片手はそちらに添えながら、強引に腹の中で身じろぎしつつ、雷属性で輝く剣をモンスターの体内でぐいぐい振ってスペースを作る。
咆哮が聞こえる。肉を通して振動が伝わる。
痛いならさっさと出せバカ。
血と体液でグチャドロになりながら必死で暴れ、そしてようやく腹壁に穴をあけて這い出す。
息を吸い込む。くさい。まあ身体に絡みついた汁はそのままだからな。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……ったく、もう」
陸飛龍に改めて相対する。
腹の中をズタズタにされて大いに弱っているが、まだ戦意は失っていないようだ。
メガネは無詠唱で編んだ小規模な水魔術で洗い流しつつ、僕は残り魔力を確かめる。
あと4割。だいぶ乱発したからもっと使ってるかもしれないと思ったけど、上等。
「バスタースラッシュ!!」
「ゴォォォ!!」
こっちも汚いがあっちもフラフラだ。近距離で放つこれをかわせまい。
陸飛龍もこちらに何もさせまいと腕を薙ぎ払おうとしてきたが、間一髪のバックステップで回避……ちょっと引っかかって鎧の胸が割れたけどセーフ。
ミスリルでもさすがにこのレベルのモンスターだと壊れるか。
……虚魔導石、割れてないよな。大丈夫だよな。
確かめる暇はない。だが場所は左胸だ。そこに損傷を受けていたらもう駄目だろう。
でも体が動くということは、多分平気だろう。
こちらの「バスタースラッシュ」は陸飛龍の胸元に深々と裂け目を作っていた。向こう側まで貫通しているだろう。
これで死んでくれるといいけど……いや、血は吐いてるがまだ奴の眼は死んでない。
だが、雷属性の「バスタースラッシュ」直撃だ。身体が思うようには動くまい。
「決めさせてもらうっ……!」
剣をバックスイングする。メガネの視野が、少し色づく。
何の色だ。また新しい「最適化」が起きたのか。
確かめる余裕はない。
渾身の力で踏み込みながら、剣を逆袈裟に振り抜く。
「バスターストライク!!」
先日ユーカさんと話した「パワーストライク」と左螺旋の合わせ技。
考えうる最強の一撃。これで斬れないわけはない。
野太い陸飛龍の首を全く抵抗もなく切断し、戦いは終わった。
さて。
核ってどれだろう。
親玉部屋かその奥にあると思うのだけど、あまり目立つ宝石というのが見当たらない。
あまりモタモタもできないんだけどなあ、とメガネの新機能に期待しつつ見回すものの、先ほどの謎の「色」はいつの間にか消えていて、核探しの役に立つこともなさそうだ。
「参ったなあ……先に服と体洗おうかな」
リフレッシュ現象が起きるにはまだ間がある……と、思いたいけど、それを計るものは特にない。今にも起きてもおかしくない。
どうしよう。
もう適当に「バスタースラッシュ」でそこらじゅう壊し回ってしまおうか。壊れたらあの「世界が止まる」感じがするだろうし。
と、若干粗暴なことを考えていると、背後から足音。
新手か、と身構えるが、やってきたのは……ジェニファーと、ファーニィとリノ?
「あれ、なんで?」
「もちろん追っかけてきたんですよ! っていうか何馬鹿正直にフルプレさんの難題引き受けてんですか、私たち仲間でしょう!? 何でもみんなでやるんですからソロの人の定規に合わせる必要ないでしょう!?」
「って言っても本当に一人で攻略しちゃってるみたいね……いくら魔力溜まってたとは言ってもすごい数のモンスターの死体で何事かと思ったわ。……そいつも殺しちゃってるし」
リノが呆れるが、まあそこは頑張ったと褒めてほしい。
いやいや。
「それより二人にはここの『核』わからない? せっかく親玉倒したのにどれだか皆目わからなくて」
「それでしょ」
「それですよ」
二人がこともなげに部屋の奥の方にある一角を指さす。
探索のために部屋は全体に僕の浮かべた照明光がある。そのために随分明るいので隅々まで見えるのだけど、そこにあるのは周囲とちょっと色の違う丸石がひとつ。
無造作過ぎて普通に陸飛龍のオモチャの石か何かだと思っていた。
「え、これ? 壁とか床とかに埋め込まれてるんじゃないの?」
「多分床にはくっついてると思うけど……」
「とにかくそれだと思いますよ。なんでこれじゃないと思ってたんです?」
「だって普通にそこらの河原にありそうじゃん……宝石っぽくもないし」
言いつつも壊す。
……確かにあの「世界が停止する」感覚が襲ってきた。
「これかあ……なんでわかるの」
「材質」
「位置関係としてそのへんですよね?」
リノとファーニィは何やらそれぞれの判断基準で特定したらしい。
いや、位置関係って。ファーニィそんなにダンジョンで核見るまで潜ったわけじゃないだろうに。
「とにかく……仕事終了、っと」
「お疲れ、リーダー。……一緒に乗って……や、なんか臭う」
「すごい生臭いです」
「……さっき陸飛龍の腹の中に入っちゃったから」
「食われたの!?」
「何で生きてるんです!?」
食われたわけではない、というのを説明するために無駄に戦闘経過を全部説明する羽目になり、鼻のいいジェニファーがずっと嫌そうな顔をしていた。
……ごめん。




