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決戦のピース

「フルプレさん……何故ここに?」

「それは吾輩の台詞だ。……と、言いたいところだが、概ね事情は理解している。もとより“奴”を捕らえるためにここまで来たのだからな」

 ヒューベル王国第一王子にして火霊騎士団長ローレンス……こと、フルプレさん。

 突然の登場に面食らってしまったが、よく考えればその動きは驚くにはあたらない。

 もとより身軽な僕らだからこそ、事件発生からあちこち寄り道してここに来る余裕があったが、本気で「邪神もどき」、そして本来の敵軍であるラウガン連合の軍勢ともやり合える戦力を用意すれば、王都からここまで出てくるのに時間がかかってしまうのは当然。

 国家的な重要人物である彼が出張るとなれば、万全の準備は必要だ。

 その手がデルトールに届くに至ったのがようやく今、ということか。

「こんなもんかの。まあ怪我以外にも酷い有様じゃ、せめて湯浴みはさせてやりたいものじゃが」

 マード翁(マッチョモード)が軽々とロゼッタさんを持ち上げる。

 が、ロゼッタさんは焦った声を上げる。

「わ、私を外に出せば、『邪神のような者』を呼んでしまうことになります……どうか、それだけは。いくらマード様やフルプレート様といえど、無策でかなう相手ではありません」

「ふむ。まあその辺もユーカから聞いとる」

「安心せよ。女の武官たちを連れて来てある。……さあ、用意せよ」

『はっ』

 フルプレさんが手ぶりで号令すると、ゾロゾロと現れた赤いワンポイント入りの鎧をつけた女騎士たちが囲いを立てて準備を始める。

「な、何ですかこれは」

「身づくろいの用意だ。我々も遠く離れるというわけにはいかんが、辛抱してもらおう」

 困惑するロゼッタさんを、女騎士たちが囲いの中に連れ込み、ほどなくしてバシャバシャと水音がし始める。

 僕がやったように魔術で水を生成し、ロゼッタさんを洗っているのだろう。

 ……まあ正直、結構匂ったからなぁ。冒険者的には仕方がない範囲とはいえ。

「マードさん、彼女の『眼』は、完治してますか?」

「さすがにあれは本来の肉体にないシロモノじゃからのー。ああもザックリやられたら治癒術で修復はできんわい。本来は摘出して直すか、新品に取り換えるかしたいところじゃ」

「そんなに壊れてますか……」

 まあ、斬られたわけだから、全損していないだけで幸いなのかもしれない。

 まともな目なら、剣で切られたらもう見えないのなんて当然だ。……マード翁の治癒術を受けることを考えれば、それでも治ったんだろうけれど。

「そういう修理はやっぱり本格的な職人がやらないと無理ですよね。でもここに呼ぶのは……」

「リリーちゃんなら、あるいはなんとかでっち上げられるかもしれんが。……あの子をここに連れてくるのも骨じゃしの」

「もう少しグレード低い素材で代用品作れねーか? 千里眼は便利だけどよ」

 ユーカさんの言に、しかしマード翁は首を振る。

「もともとロゼッタちゃんは視力が完全にないからの。あの『天眼』はただの目玉の代用品ではなく、直接頭に映像を送るタイプの魔導具じゃ。それを普段使いできるほど低消費で実現する魔導具素材というのは、控えめに言っても激レアじゃよ」

「そっかー……」

「そのへんで手に入るもんで代用できるなら、あのアーバインがやらんはずないじゃろ。それでもわざわざ『天眼』を求めたんじゃから、そういうことじゃよ」

 ……アーバインさん、か。

 その最期は……いや。ロゼッタさんも死んだとは言いきっていない。

 余計なことを言うのはよそう。

「ロゼッタちゃんにはしばらくこの眼で我慢してもらうしかない。一応見えてはいるようじゃ」

「……いずれまた『天眼』取りに行かなきゃいけねーかな」

「そのような話は後にしろ。差し当たっては急ぐことではない」

 フルプレさんが仕切る。

「今論じるべきは、あの者の希望通りにダンジョンから出さずに生活させるのは、多大な問題があるということだろう」

「それなー……」

「フルプレの権力でダンジョンひとつ出禁にするくらいはなんとでもならんかのう」

「それだけならどうにかなるだろうが……戦闘力のない者を、ダンジョン内で長期間生活させるのは無理がある。どうしたところでモンスターは湧くのがダンジョンだ。常人では生き延びるのもおぼつかんうえに、飲まず食わずともいかんだろう」

「誰かに食い物を運ばせる……ってのもなー。ロゼッタが取りに出ちゃ結局見つかる危険は変わんねーし、かといって一歩でも踏み込むならそこそこ腕は要るよな。入り際のラッシュが一番キツいんだし」

「冒険者に定期的に運ばせる……ってのもコスト高いのう」

「その上、安全という条件までつければ警備を切らすわけにもいかん。大ごとになるぞ」

 三人は揃って腕組みをして唸る。

 まあユーカさんだけちっちゃいので、見た感じマッチョの大男二人の間で同じポーズの少女という可愛い絵面なんだけど。

「吾輩としては、イチかバチか連れ出すべきだと考える」

「ロゼッタを追ってるのは数千人相手に平然と無傷で暴れ回った奴だぞ?」

「無論、承知している。だからこそ言っている。吾輩たちの戦力はその戦いに投入されたデルトール軍を上回り、何より最強のこの吾輩が先陣にある」

「それで負けたらいきなりヒューベル王国存亡の危機じゃねーか」

「その上、マードとユーカもいる。行方知れずのアーバインとクリス(なんじゃくものども)を欠くが、それでも迎撃態勢としては今のデルトールこそが、望みうる最高の状態ではないか」

「まあ……そういう了見なら……確かにそうだが」

「リリーちゃんは今回の相手には使いづらいしのう……それ以外に誰を、と言われても、おらんっちゃおらんか」

 ユーカさんとマード翁は説得されかけている。

 が、ロゼッタさんは「お待ちください」と、囲いの中から半裸で飛び出しかけながら叫んだ。

 びっくりしたが女騎士たちが何とか制止してくれている。セーフ。

「それでも早計です。……申し上げましょう。祖父とクリス様は、私を逃がすためにあの者に斬られました。おそらくもう、生きてはいないでしょう」

「っ……!!」

 ユーカさんが息を呑む。

 対してマード翁は、そんなところじゃろうな、と目を伏せるに留まり、フルプレさんは眉一つ動かさない。

 彼らと長期間連絡が取れなくなり、ロゼッタさんがボロボロで発見された段階で、覚悟していたのだろう。

「今はまだ、早い。もう少しだけ……今しばらくだけ」

「それで何が変わるというのだ。待っても何も変わらんだろう」

 フルプレさんが硬い声で言う。

 ロゼッタさんは首を振る。

「……アイン様がいます」

「何?」

「アイン様なら……今やドラゴンにさえ届き得る力を持ち始めた、アイン様ならば、かの者と戦う大きな力になるでしょう。ただ、まだ……早いのです」

「さすがにドラゴンってのはハッタリ大きすぎるよ!?」

 たまらず声を上げた僕に、ユーカさんは「いや?」と真顔。

「あの王都の水竜(アクアドラゴン)ならもうそろそろお前でも殺れるんじゃね? 魔力問題もだいぶ解決してるし」

「あの時、かすり傷つけるのが限界だったんだけど」

「今なら効くだろ多分。お前、あの時より相当強くなってるはずだぞ。あの時のお前、多頭龍(ヒュドラ)出たら勝てる気したか?」

「…………」

 ま、まあ……それまでで最大の獲物が、初メルタの時の雷撃サーペントだったしな。

 その時に比べれば、随分経験は積んだ。

 まだまだ半端な腕とはいえ、剣術も身につけている。「バスタースラッシュ」も「メタルマッスル」もある。

 一瞬でやられはしない……と思いたいけど。

「……よかろう。だが、いつまで待てというのだ? あてどなく何年も奴を放置すれば、被害はさらに増えるだろう。いつまで待てば話が進むのか、吾輩にもわかる基準を示せ、商人」

 フルプレさんは重々しく言う。

 ……確かに、僕を当てにするにしても、どこまで強くなれば話になるのか……ロゼッタさんはどう考えているのか。

 果たして、彼女は。

「『力』が、アイン様のものになる、その時こそ」

「『力』だと?」

「ユーカ様がアイン様に譲り渡した『(レベル)』……それは未だに彼の中で、解放の時を待っています。いずれ、それが解放された時には、かつてのユーカ様のように……あるいはそれ以上の強さを得られるはずではありませんか」

「その不確かな話に賭けろというのか」

「不確かではありません。その『力』の存在は、未だ私には視えています」

 ……僕も、忘れそうになっていた。

 まだ、あれ(・・)は……ある。

 僕に力をもたらした……いや、もたらしたと思っていたそれは、僕の中に放り込まれたままだ。

 クリス君の言う通りであるならば、僕が然るべき「器」となったなら、それは解放されるはず。

 その解放さえ起きれば、まさに「邪神」にも勝る最強の戦士となれる。

 それは最初から予言されていた話だ。

「……わかった。それを待てば貴重な戦力(コマ)が増え、勝ちが盤石となるのならばな。吾輩とて負けを許容するつもりはないのだ。……それを許される立場ではない」

 だが、と続ける。

「そうなると話は戻る。どうやって貴様を保護し続けるかだ。……今までのようにダンジョンをさまよい続けるというのも一案だろうが、それはユーカが許さんだろう」

「ああ。どこに行ったかもわからねーまま、お前が世界の果てまで逃げ続けるってんじゃ、自殺を見送るのと大差ねーだろ」

「それは……」

 ロゼッタさんは言葉に詰まる。

 ようやく大人しくなったので、女騎士たちが囲いの奥に押し戻し、服を着せる音がし始める。

 ……えーと。

「ちょっといいですか」

「む?」

「このダンジョンにモンスターが出ないようにすればいいんですよね」

「そうだが……いや、貴様、まさか」

「緊急事態でしょう。……それだけの価値はあると思いますよ」

 僕はメガネを押す。


「このダンジョンを、殺しましょう」

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