遠い戦い
数時間待ったが、助けはまだ来ない。
まあ、まだまだ焦る時間ではない。
今日は特に怪我する展開もなかったので体調は万全だし、食料は数日分はある。といっても乾燥食料だから美味いものじゃないけど。
無詠唱魔術で作った光も維持コストは大したことはないし、水も魔術で実質作り放題。「熱湯リング」もあるので、お茶ならいくらでも飲める。
……まあ、その程度の魔術なら、僕が無理にやらなくても、ロゼッタさんも使えるのだけど。
とにかく、待機してる分には問題ない。
そして僕らは今日は特に順調だったので、上がるにはまだ早すぎる時間だった。
町に戻ってもマード翁たちがダンジョンから戻ってきているとは限らない。
落ち合うのを待てば、今でもまだユーカさんたちは会えていないかもしれない、という時間だ。
そこからどうやって当局を納得させ、助けに来るのか……あの「邪神もどき」は、デルトール上層部にとっても怖い相手のはず。正直に話せばわかってもらえるかな。
いや、そんな柔軟なお役所なんてないだろう。
少なくとも僕は、今までの人生で、役人が聡明で柔軟だったのを見たことはない。
彼らは上の言うことに従順で、下の言うことは鬱陶しがる。決定に反することには、道理をどんなに説かれたとしても「上が言うことだからどうしようもないんだ」としか言わない。
難しい判断を彼らに求めるのは筋違いというものだ。
なら、その「上」と直接話すアテがあるかというと……これはなかなか難しい。
なんせこっちは冒険者。貴族や富裕層から見れば、浮浪者と何も変わらない。
話をさせろと言ったって「アホか」の一言で終わりだ。
それこそ、エラシオたちと共闘したクエント地下のダンジョン騒ぎみたいな、直接領主と関係のある依頼があるなら話は別だが、「お抱え」の冒険者たちがいるデルトールで、一般冒険者相手にそんな依頼などあるわけもない。
なら「お抱え」にコンタクトをとればいい……というのも一案だが、そもそも「お抱え」はそんなにいない。
クリス君たちのパーティが解散してしまった今、活動している「お抱え」は10名やそこらだという話。
それが1パーティなのか2パーティなのか、あるいはソロの凄腕を用意しているのか、そういったことも、そこらの冒険者には情報が流れてこない。
普通の町なら胴元である「冒険者の酒場」に多かれ少なかれトップ冒険者も足を運ぶので、なんとなくの見当はつくのだけど、ここの「お抱え」はわざわざ斡旋所に仕事探しに行くことはなく、領主側の予算で用意された住宅に滞在させられ、指示は役人がそこに直接持ってくる(と、前にクリス君が言っていた)。
ただでさえ斡旋所と溜まり場が隔離されているので、冒険者みんなが顔見知り、なんていう普通の町のような構図になりにくいし、そして町で行動域がかぶらないのでは、「お抱え」全体の実像なんて知りようもない。
だから、そちらに今からコンタクトを取って領主に直談判というのはまあ、とてもじゃないが現実的ではない。
じゃあどうするか。
……えーと、どうするんだろうね。
僕にはとりあえず想像もつかない。
「最悪、またロゼッタさんがあてもなくダンジョン移動するのを見送るしかない……のかな」
「マード様の治癒術を受けられるのなら、どうにか生き延びることもできるかと思います。超長距離の知覚は無理ですが、同一ダンジョン内での感知ぐらいはできますから……眼も治れば、ですが」
「マードさんなら治せると思うけど」
「生体器官型とはいえ、魔導具ですので。治癒術でまた完全稼働するとは限りません」
治らないとなると……ちょっと困ったことになるな。
「第三の眼」は、ロゼッタさんの生命線だ。ダンジョン内で「ひずみ」を使った緊急退避ができなければ、低難度ダンジョンでも生き延びることは難しい。
大きく傷ついた現在も一応、「ひずみ」の感知と通常程度の視界の確保はできるようだが、それは以前のように強い付加効果を持たない形だ。
というか、至近距離の僕の姿さえ滲む程度なので、たとえさらなる視覚効果があっても情報として確信できるものではない。それは見えていないのと大差ないのだ。
「完全に視えなくなってしまうよりはだいぶマシですが……痛みもありますし、正直、この眼がいつまで使えるかも不安なところです。もう一度新しい『天眼』を用意するのは、祖父のあの状況を思うに望み薄ですし……」
「そういえば結局、どういう状況まで行ったの? アーバインさんやクリス君と合流はできたの? 怪我は全部、奴にやられたの?」
「…………」
ロゼッタさんは表情もなく沈黙。
それが、どういう意味の沈黙なのかは僕にはわからない。答えたくない、という意味なのか、説明しかねての思考時間なのか。
ただ、時間はある。待ち続けるしかない。
近場の敵はもういない。迷宮のリフレッシュ現象で復活するとしても、数日くらいはかかるはずだ。
沈黙の真意を、彼女が明かすまで待つくらいの時間は、充分ある。
「まず、私の怪我ですが……確かに眼と腕は、『邪神のような者』にやられたものです。攪乱のための魔導具を用意していたのですが、使う前に近づかれて斬られました」
「……うん」
「眼は、その次に。その気になれば首ごと落とせたと思うのですが、何かしら聞くつもりだったのかもしれません。……私の眼による偵察……というより所在確認を、あれから二度ほど行った翌日のことですから、『天眼』の力を辿ってのことなのは間違いないと思います。眼の出どころを聞き出そうとしたのかもしれません」
「なるほど」
「……祖父とクリス様は、その時に私を救うために戦いを挑みました。……無謀なことです。ユーカ様やフルプレート様のような強力な前衛なしに、弓手と魔術師だけで剛剣の使い手に挑むなど」
「で、でも、あの二人はただの弓手と魔術師じゃない。アーバインさんは白兵戦含めて、およそあらゆる冒険者としてのスキルがあるはずだし、クリス君の無詠唱魔術はノーモーションで大魔術並みの威力だし」
「……そんな気休めのような二流の対応で、何とかなる相手ではありませんでした」
再び、ロゼッタさんは沈黙。
……いくら僕でも、彼女が口ごもる理由は、おぼろげに察せる。
だが、聞かないでいることはできない。
「……どう、なったの?」
「最後まで視たわけではありません。……祖父たちが時間稼ぎの戦いをしている間、立ちすくむわけにはいきませんでした。庇われたからには、それを無駄にしないのが誠意と、信じました」
「うん」
「近くにあった『ひずみ』に飛び込み、腕を魔術で止血して……壊れかけた千里眼で視た祖父とクリス様は、血だまりで倒れていました。そして奴は……その魔力伝いに、私をまっすぐに見返しておりました」
「……み、見返せるものなんだ」
「偵察で見た時も、遠く離れた場所にいたはずだったのです。奴が私と同じ移動術を使っているのは明白でした。……私は奴の手を逃れるために、多くの『迷いの森』で移動を繰り返し……ある時に、ダンジョンに逃げることを思いついたのです。ダンジョンは元々千里眼を拒絶しますから、うまく隠れることができれば最良の策のはずでした。……うまくモンスターに遭わずに行けるなら、ですが」
「……無茶だけど、やったんだね」
「入ったダンジョンはラウガン領のものでした。拙い魔術と、なんとか用意できた僅かな魔導具を駆使して、ダンジョン内の『ひずみ』に辿り着けたのは……我ながら奇跡的と言ってもいいと思います。……何度も足を挫いて、避けきれずに脇腹をやられ……それでも眼の力に頼ってなんとか生き延びてきましたが、正直、あと数日も何もなく逃げ続けていたら、自殺を考えていたと思います」
「……そっか。なら、なおさら助かる方法を探さないとね」
逃げて逃げて逃げ続け、僕たちに出会えるのは、どれだけの確率なのだろう。
それを掴んだロゼッタさんを見捨てることは絶対にしたくない。
「……重ね重ね、申し訳ありません。ユーカ様をなんとかお助けしたくて動いたはずが、祖父やクリス様といった重要な勝利のピースをも失う結果になってしまい……完全に足手まといとなってしまいました」
「まだ死んだと決まったわけじゃないよ」
……とはいえ。
「邪神もどき」が、あの二人を見逃してくれる理由は……うーん。
思いつかない。
そして僕は、この事実を……ユーカさんやマード翁に、伝えるべきだろうか。
なんだかんだで仲のいいパーティだった。
いくら「冒険者なら死ぬことだってある」というドライさが二人にはあるとはいえ……言ったら悲しむ、よなあ。
僕だって、ショックなことはショックだ。
……ただそれだけで済む自分が薄情なのは承知している。でも、今は冷静さを強みと思おう。
ユーカさんとマード翁が現れたのは、結局丸一日近くたってからだった。
まあ体感なので、もしかしたらもっと長いかもしれないし短いかもしれない。
たまに寄ってくるモンスターは例によって遠距離からあっさりと仕留め、もはや完全に気を抜くほどの状態だったが。
「おー。ちゃんと護衛できてたな」
「ユーカさん。……マードさん、早く彼女を」
「おうよ。任せろ」
マード翁がロゼッタさんに手を伸ばす。
「お役所、説得できたんです?」
「あー……最初はクロードやマキシムがどうにか領主を捕まえて話そうとしてたんだが、やっぱ当主でもないし冒険者ってなるとイマイチでなー……結局コイツに頼ることになっちまったんだわ」
ユーカさんが後ろを親指で示す。
ヌッと現れたのは全身鋼の鎧武者。
……って、アテナさんじゃ、ない?
「吾輩である」
……兜を脱ぐと、蜂蜜色の髪のハンサムが現れた。




