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助けを待つ

 ロゼッタさんの話によると、千里眼と「迷いの森」利用の移動はちょっと面倒な関係にある、らしい。


 ロゼッタさんの「第三の眼」、つまり「天眼」の能力として、空間のひずみの識別能力がある。

 これに触れるとどこかに強制的に飛ばされるらしいのだけど、同じ「ひずみ」に触れれば戻ってくることはできる。

 が、飛ばされる先が問題。

 高密度で色々な行き先の「ひずみ」が密集している場所が存在し、そこに当たると常人には自分がどの「ひずみ」で飛んだのかわからなくなってしまうのだ。

 ただでさえ知覚すること自体が難しい「ひずみ」が、ちょっと手を伸ばせば隣に届くような距離で密集する場所。

 それこそがロゼッタさん曰く、「迷いの森」の本体なのだという。

 下手にそこに踏み込めば、自分が転移していることさえ理解できずに延々と「ひずみ」に弄ばれ続け、いつ解放されるのかもわからない。

「ひずみ」を個別に認識することでその混乱を防ぎ、自分が動いた航跡を知覚しながら移動するために、「天眼」は必須なのだ。


 そして行き来をするメドを立てたところで、第二の問題がある。

「ひずみ」を複数経由して、安全に「迷いの森」から出たとして。

 飛んだ先の光景がどこなのかを理解するには、また膨大な手間がかかる。

 地図に現在地がピコンと出てくれるはずもないのだ。

 行った先が例えば街の真ん中で、そこらの人に「ここはどこですか」と聞ければ簡単だが、街の真ん中の「ひずみ」はかなりのレアケース。そんな危険な「ひずみ」があり、行方不明者が簡単に出かねないような場所には普通、人は住まない。

 王都の宿屋のクローゼットは、そのレアケースということだ。

 出口は大抵、人も住まない山中や荒野。

 見渡して何か見えればいいが、ちょっと視界を遮る丘や森でもあれば、人里に近いかどうかさえわからないのが実際のところ。

 そんな場所をいちいち探検して移動を確かめるのは危険だし手間が過ぎる。

 そこで、自分の場所を識別するのに「天眼」の本来の用途、「超広域視覚」が役に立つ。

 任意で遠い場所を見られるということは、周辺をその視野で見渡せば、自分の場所もだいたいの推測ができるということだ。

 いや、もっと言えば、「迷いの森」の密集域で自分の出入りした「ひずみ」を真面目に覚えていなくたって、適当に出入りして、狙いに近い場所に出られるまで動けばいい。

 ロゼッタさんが大陸のあらゆる場所に出没できるのはそのおかげで、しかし思い立ってすぐに行き来できるとは限らないのは、そういう試行錯誤があるせいだという。


「今回、私がここに出たのは……ダンジョンに逃げ込んでよりずっと、色々なダンジョンを『ひずみ』で渡り歩き、モンスターの少ない場所を逃げ回っていたせいです。たまたま出た場所でモンスターの気配が絶えていたので、気持ちの糸が切れて……」

「完全に偶然なのか……っていうか、別のダンジョンに『ひずみ』で移動すること自体はできるのか」

「ええ。『世界』としては、ダンジョンはどれも同じなのかもしれません。ただ『空間』としては繋がっていない……だから、千里眼が利かないのでしょう」

「難しい話だ」

 僕は、ユーカさんやハーディたちを先にデルトールに戻らせることにした。

 なので今はロゼッタさんの傍らには僕一人。

 ロゼッタさんはダンジョンに逃げ込んで推定一週間以上。正確な時間は(例によってダンジョン内で時間を計る基準はないため)わからないが、ときたま手に入る怪しい木の実などでなんとか凌いできたらしい。味も最低だったらしいが、僕たちの持っていた食料と水を貪って、ようやく落ち着いた。

 怪我はルリさんの治癒術では足の捻挫は戻せたが、脇腹の傷と額の傷は落ち着かせるのがやっとで完治には程遠く、特に切断された右手首から先は完全に手の出しようがない。下手に焼灼した傷口を癒してしまうと出血が再開する危険もあり、それはマード翁(か、ちょっとまだ怪しいけどファーニィ)に任せた方がいい、というところまでで、処置を終えている。

 そして、マード翁たちを呼びに行く役目は誰にするかというのはちょっと揉めたが、ここはダンジョン内なので、まだモンスターに出くわす危険を考えると、どう動くにしろ戦闘力を維持しないわけにはいかない。

 ハーディもルリさんも単独で戦うには向いておらず、ユーカさんは素早いが決定力を発揮するには条件が厳しく、援護なしに戦わせるには不安がある。

 ロゼッタさんを護衛なく放置するわけにもいかない。結局僕がそれをやり、残り三人がデルトールに戻ることになったのだった。

 いつ戻ってくるかはわからない。戻ってくるにしても、ロゼッタさんのダンジョン滞在を役人たちに知られるとまずいことになる。

 他はともかく、このデルトールのダンジョンは「管理」されているのだ。勝手に居座るなんて許さん、といわれる可能性もある。

 冒険者は身分としては限りなく弱い。お上が「お前たちにそんな権利はない」と言うなら、反論することは難しい。

 そうなると強引にロゼッタさんは外に連れ出され、「邪神もどき」に再び狙われることになる。

「でも、一週間って結構最近だね。もう少し前からまずいことになってるのかと思ってた」

「まずい、というなら、かなり以前からまずいことにはなっていたのです」

「?」

祖父(アーバイン)とクリス様の合流に何とか間に合うように動こうとしたのですが、先ほど言った千里眼と実際の移動の差により、なかなか追いつくことができず。例えばいつもの皆さんの旅なら、現在地から移動先を読んで先回りもできるのですが、あの二人の移動は……」

「ああ……空飛んだり、森の中強行軍したりできるから、落ち合えないんだ」

「そういうことです。私の方でもちょうどいい『ひずみ』に出会えるとは限りませんので」

「それで時間食ったのか。……僕たちの現況は?」

「ある程度は。千里眼では見てわかる程度の情報しか掴めませんので、マード様を一度メルタ付近まで迎えに行き、それからクエント周辺まで行ったことまでしかわかりませんが……」

「まあ、充分だと思う。……僕らも結構、強くなったよ。特にファーニィがマードさんの指導で、ぐんぐん実力を伸ばしてるんだ」

「……確か女性でしたよね? マード様の指導で強くなる……筋肉増強でもするのですか?」

「あ、いや、ごめん。紛らわしかった」

 マード翁の指導で彼女の治癒術が目覚ましい進化を遂げている、というのが、僕やクロードの実力の伸びよりもトピックとして強いので、つい話が混ざってしまった。

「強くなった、っていうのはパーティとしての話で。……ファーニィ、今は欠損再生もできるよ。僕が見たのは指一本だけだけど」

「……確かに、それだけでもできれば相場としては一流ですね。マード様のように手足をあっという間に作り直すのは、もはや奇跡の類ですから」

「マードさんの指導を受けて数か月で、普通の治癒師の七倍の治癒速度まで出せるようになったっていうし……案外、僕らの中で一番“邪神殺し”パーティに近いのは……おっと」

「?」

「ごめん。奥からモンスターが来てる。見えた」

「ッ! い、いざとなれば『ひずみ』に逃げられますので、アイン様もご無理は」

「いや、そんな大したことないよ。ハイオーク二匹だ。もうちょい近くまで来たら……よっと」

 壁にもたれて休むロゼッタさんに合わせ、壁際でしゃがんでいたので、少し勢いをつけて立ち上がる。

 手慰みに維持していた魔術光は届かないが、メガネの暗視機能が高まっているので、地形と敵の視認に支障はない。

 まだ数十メートルはあり、敵は魔術光の存在に警戒しているのか動きが鈍い。

 軽く膝を伸ばしてから剣を抜き、「バスタースラッシュ」の構え。

 普通の「オーバースラッシュ」でも斬れるだろうが、せっかくノーコストで威力が倍以上も上がるのだ。これにしない手はない。

 そして、振る。

 無属性の薄い魔力光が軌跡を引くが、到達速度もかなり速くなっているので、オーク系では見てから避けるのは無理。

 避けられるとしたら四足獣型くらいだろうな、このダンジョンでは。

 と、呑気に見ているうちに二匹のオークはすっぱりと斜めに袈裟斬り。いや、振り方向としては逆袈裟なんだけど、斬撃を飛ばしてるんだから関係ない。

 片方を盾にしようとでもしたのか二匹重なり、しかしその悪あがきは全くの無駄になって両方死んだ。

 また剣を収めてしゃがむ。

「で、“邪神殺し”パーティに一番近いのって案外ファーニィなんじゃないかって思うんだよね。あるいはアテナさんか。いや、アテナさんを出すのは反則かな……対人の腕前としてはもうフルプレさんにも迫るらしいし」

「……いえ、アイン様だと思います」

「僕はまだまだ。上には上がいるっていつも思い知らされてばかりだ」

「……今のは、かつてのアイン様が必死になって倒したヘルハウンドと同等以上ですよ。片方だけでも」

「ゴブリンに死闘してた時の話じゃん……さすがに今は、あんな武装で冒険してた自分の正気を疑うよ」

「そのレベルから、ダンジョンでそうまで笑っていられる腕にまで一年もかからず至った冒険者など、他には知りません」

「……ところで、おでこザックリやられてるけど見えるの?」

「魔導具ですので。壊れかけてはいますが、普通の眼とは機能の仕方が違いますから」

「なるほど……」

「まあ、通常時よりかなり魔力を使っていますし、お顔も滲んで見えますし、痛むのですが」

「駄目じゃん。いや無理しないで。痛いなら休めて」

「気を抜くと眠ってしまいそうなのです。久しぶりに充分な食事をいただきましたし」

「干し肉と堅パンだけだけどね……いや、寝ててもいいよ。僕が守る」

「……頼もしい限りです」

 社交辞令というやつだな。うん。まあ僕一人だしね。

 経験不足ゆえのポカがないとは限らない。そして緊張感に欠けている。

 ……我ながら酷いな。

 真面目な顔をしていよう。せめて。


「……何故、そんな強張った顔を?」

「いや、真面目な顔のつもり」

 難しい。というかロゼッタさん、眼を休めて。

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