ダンジョンの片隅に
「無詠唱魔術か……理屈だけはわかってるんだけど、まともな魔術師からすれば離れ業だ。それをあのアインが使うってのは……それもついこの間覚えたなんてのは、ますますデタラメだな……」
「あんまり実感ないけど、そういうものらしいね。まあ魔力低い僕にはできることも多くないんだけど」
ハーディに言って魔術照明係を代わってもらう。
今回みたいに「やれる」ということをド忘れしないための実践練習だ。
最初からこれをやっていれば、だいぶ難易度は下がっていただろう。
闇での行動に関しては、元々その環境で暮らすダンジョンモンスターに一日の長……いや絶対的なほどにアドバンテージがある。
メガネのことがなくとも、明かりのない視界でそれに立ち向かうというのは、片手を使わず戦うくらいに舐めた真似だ。
僕がそう認識し、ハーディの攻撃後にすばやく明かりを用意していれば、反撃ももっと余裕をもって対処できた。
普段使わないからそういう事態になるのだ。使おう。虚魔導石埋めたおかげで魔力に余裕もあることだし。
「てゆーかさ、あの石埋め込んだんだからお前、無詠唱魔術もクリスみてーに派手に使えんじゃねーの?」
ユーカさんの問いもごもっとも。
なのだけど。
「虚魔導石の魔力は、なんというか……あれだ、素の魔力がコインだとするなら、宝石とか指輪みたいなものなんだ」
「?」
「一度引き出してから両替する……自分の身体に馴染ませるのに、ちょっとかかるんだよ。取り出してそのまま使おうとするとダマになっちゃってる感じで、思ったように操れないんだ」
「感覚的だな……」
「そういう表現しかできない。ごめん」
実際、リノに魔力を貰い始めてから何度か試してみた。
引っ張り出していきなり使うのは、かなり難しい。
普通に持ってる魔力は手指のように自由に動かせるし、緩急自在で属性を与えるのも(魔術自体慣れないから多少手間取るとはいえ)難しくはないのだけど、取り出したばかりの魔力はなかなか意思に反応してくれない。
しばらく待っていると僕本来の魔力と溶け合い、だんだん扱いやすくなるのだけど、その過程を経て身体に馴染むのは(量にもよるが)最低1分くらいは必要だ。
その関係で、元々の僕の魔力量より大きな魔力は、結局、無詠唱魔術に使うのはほぼ不可能。
余力としては持っておけるが、魔術師としてのポテンシャルは上がらない……というのが現実のようだ。
……まあそもそも過大な魔力を使う魔術は知らないし、それは覚えるとしても、近い将来ではないだろう。
剣士としては、元々そんなに一気に消費する技はそうそうない。
こまめに取り出していればほぼ不便はない。ガッカリするような事実ではない。
「いよいよお前、ユーカさんの直弟子って感じになってるな……」
「いや、ユーカさんとはかなりタイプ違うから苦労してるんだけど」
「人間離れし始めてるってことだ」
ハーディに言われて首を傾げる。
……まあ、普通に考えたら「剣士が無詠唱魔術も使える」って、そういうものか。
ファーニィに出会った頃、魔術も治癒術も使えることに「そんなのアリか」と思ったことを思い出す。
その巧拙はともかくとして、「できる」というのは、できない側からすればズルいのだ。
「なんかできるというのは、それだけでアドバンテージ、ってわけか」
「器用で羨ましいよ。アタシなんか結局なんでもブッ壊すだけだからなー」
「そのブッ壊し方が山ほどあるのが他から見るとめちゃくちゃ厄介だと思う……」
「ま、他人の長所は何でも羨ましく映るってこったな」
そういうものかもしれない。
……いつかロナルドと、そして「邪神もどき」と戦う時も、この頼りない魔術が事態打開のカギになったりするかもしれないな。
油断せずに鍛えていこう。
しばらく探索して、襲ってくる敵を今度は無理せず「オーバースラッシュ」で迎撃して、植物多めのエリアを探して。
今回は囲まれてピンチにならないように、昨日編み出した「バスタースラッシュ」をじっくり撃って更地にしていく。
「普通の奴に輪をかけて凄い破壊力だけど、それ魔力大丈夫か……?」
ハーディがちょっと心配そうに声をかけてくるが。
「撃つ角度がこれじゃないと駄目なだけだから、消費自体はいつものと変わらないんだよ」
そう。
「バスタースラッシュ」の利点はそこ。
魔力消費は普通の「オーバースラッシュ」とまったく同じ。気軽に撃てるのに威力は大幅に高くなっている。
倍以上……もしかしたら3倍以上かもしれない。
ただ、しっかり同じ角度と力の入ったスイングじゃないといけないので、「スプラッシュ」は無理だ。そのため、一気に決めたい場面ではどっちを使うか、難しい判断になる。
まあ、よほど焦る場面じゃなければ「バスタースラッシュ」優先でいいと思う。消耗が少ないのは何より歓迎すべきことだ。
「適当に地形壊していってるだけなのに、物陰からどんどんモンスターの死体が出てくるな……」
「あ、焦れてなんか飛び出してきた。……けど死んだな」
ハーディとユーカさんがすっかり観戦モードになっている。
そして僕は、振っては構え直してまたスイング、をひたすら続けている。
「バスタースラッシュ」はいつもの「オーバースラッシュ」より到達も速く、かわされる率も低い。見てからヒラリと避けるのはよほどの高速でないと無理だ。
そういう意味でもありがたい技になっている。……同じ筋肉ばっかり使うから疲れるけど。
「これ、『パワーストライク』にも応用できないかな」
「アタシはやったことねーけどできるんじゃね? ……まあ『パワーストライク』通じない敵いたら試せばいい」
「……今まで居たっけかな」
殺しきれなかったのはいた気もするけど、全面的に通じない感触の敵はいなかった……かもしれない。
……い、一応、そういうアイディアもある……というのは覚えておこう。うん。
多少の斬り損ないはハーディとユーカさんが暇潰しのように片付けてくれた。
僕は虚魔導石の貯蓄に今回は手を付けずに済みそうだ。
「ふう。……そろそろ集めようか」
「そうだな。ここの素材集めりゃ今日は上がりでいいだろ」
ユーカさんに頷き、僕たちはすっかり草も木も岩も払い尽くされたエリアに散る。
「ハーディはルリから離れんなよー。なんか残ってるかもしれねーかんなー」
「はい。……だってさ、ルリちゃん」
「一応、ゴブリンくらいなら私でもやっつけられるんだけどな……」
「意外と戦えるんだね」
話しながら、どちらかというと入り口側のエリアで素材探しを始めるハーディとルリさん。
「……僕もちょっと前まで『これくらいは倒せる』の基準、ゴブリンだったんだよな……」
「まあ、ルリはあれで結構いい装備してるからなー。駆け出し戦士くらいには戦えんだろ」
「ちょっと複雑」
「あのクソ装備とヘボい身のこなしでよくやってたよお前。本当に」
……今となっては本当に「そうだね」としか言えないや。
命がけの戦いで取り乱さない、というだけの強みで、本当によく1年近く生き延びてたもんだ。なにも成長しないまま。
「……しかし、ああいうのは本当、うまくいってほしいと思うよ。……せめてそれくらいはハッピーな話もなきゃな」
「うん」
ユーカさんとちょっぴりしんみりした雰囲気になりながら、めぼしい素材を見つけては袋に詰めていく。
死と隣り合わせの職業。ハーディもルリさんも、先日もそれぞれ仲間が死んだばかりだ。
その悲しみを忘れるにはまだ早い。なのに色恋なんて、という見方もあるだろうけど。
また誰がいつ死ぬかもわからないんだから、喪に服してばかりもいられない。幸せになれるならなってもいいはずだ。
……そんなことを思いながらゴソゴソとやっていた時。
メガネの端で、何かが見えた。
「……?」
なんだ?
気になって視線を向ける。
なんだろう。
何もない。それなのに、何かある。
「……なんだ、これ?」
「どうした?」
「いや……メガネがおかしいのかな。何かそこがすごく気になって」
「ん? 何で?」
「わからないんだけど」
要領を得ない会話をしつつ、僕がその空間を見つめていると。
急に。まるで白昼夢のように、そこに人が現れた。
「!?」
「あ……? えっ? おま、今何がっ……!?」
僕の変な言動をあまり気にせず素材取りを続けていたユーカさんは、僕がビクッと反応したのを見て何事かと振り向き、そこに出現した人物……いや、出現したというか、忽然と倒れていた人物を見てさらに驚く。
それは。
「……ロゼッタ!?」
見るも無残なほどに傷つき。
しかし、それでも、生きている。
……あの神出鬼没の女商人の姿だった。




