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空飛ぶ絨毯作り

 持ち帰った素材はシルベーヌさんにすべて預ける。

 やる気を取り戻したシルベーヌさんは、街の魔導具屋の一角に作業スペースを構えて僕らを待っていた。

「今回の収穫はこんなところです」

「上出来上出来~。思ったよりいいペースじゃなぁい♥」

 それぞれの班から受け取った素材をテーブルに広げて並べ、シルベーヌさんは満足そうに微笑んだ。

「アーバインさんがいないっていうしぃ、もっとモタつくものかと思ってたわぁ」

「でもダンジョン豊富なデルトールですからね。素材の細かい種類に目を瞑れば、集まりますよ」

「でも繊維系の素材って鑑別しにくいからねぇ。属性とか見分けるの難しかったんじゃなぁい?」

「他のパーティの魔術師も何人か手伝ってくれましたから」

 魔導具素材として使えるかどうかは、魔術に対する反応性がモノを言う。

 その属性にどう反応するか、というのは、同じ属性の魔力を練り、通してみることが一番簡単な方法だ。

 が、それは意外と難しい。普通の冒険魔術師はそんなに多岐に及ぶ魔術を習得していないからだ。

 僕は幸い、クリス君に指導してもらったおかげで、初歩的な形でいいなら、ほとんどあらゆる属性に魔力を変性させられる。

 が、普通の魔術師ならそれぞれの属性に最低限ひとつの魔術を暗誦でき、なおかつ実効性を発揮する前の段階で詠唱を止めるという器用な真似ができるのが理想になる。

 宝石や金属などの鉱石系だと直接色に出やすいので、意外と適当に拾っても当たっていることが多いのだけど、繊維や生体器官だとそれで見るのはちょっと難しく、細かく種類を覚えるか、魔力を使って反応を試す必要が出てくる。

 幸い今回は僕の班では僕が見られた。ファーニィ班はファーニィとリノが合わせてほぼ全属性に対応できたので現地で鑑別できたし、マード翁は長年の経験で目当てのものを探り当ててきた。

 問題だったのはアテナ班。一応イライザ組の魔術師でもあるコゼットさんがいたのだが、彼女は魔術師としては一本勝負の雷系特化だったために現地で調べるというわけにもいかず、採取経験も豊富ではない。

 そのため、彼らに関してはわかりやすい鉱石系を中心に集めてくることになった。最悪、換金後にあらためて適した素材を買い足す、という作戦だ。

「鉱石系はどう使うんです?」

「金属鉱石なら針金にすれば編み込めるわぁ。宝石系だと砕いて貼り付けるか、錬金術的処理で繊維状に直す必要があるわねぇ……時間に余裕があれば、そう難しい話でもないんだけれど」

「できるだけ急ぎたいですからね……」

「まあ、なんとかするわぁ。明日もお願いねぇ♥」

 作るのは大型魔導具「空飛ぶ絨毯」だ。

 ベースとなるシンプルな絨毯にそれぞれの素材を刺繍のように縫い込んでいき、魔術文字状にすることで巨大な一枚の魔導書として機能させる。

 素材を多く使うことで、魔術を繰り返し発動する形にして少し破損しても大丈夫なように冗長性を担保できるし、増幅・補完の術式を隙間に編み込むことで魔力効率と安定性を上げていける。

「大物は素材を大量に使うけどぉ、小さいものと違って素材の代替がきくし、アドリブで色々できて面白いのよねぇ……♥」

「魔導具職人の経験もあるんですかシルベーヌさんって」

「長生きしてる魔術師なら魔導具は避けては通れないわよぉ。非術師に魔力を使わせる以外にも、決まり切った工程ならいちいち詠唱するよりモノを作る方がいいって場面も多いしねぇ。職人なんていうのは、どうやってお金を稼ぐかっていう形式の問題であって、魔術師としては特殊技能ってわけじゃないわよぉ」

 そういうものらしい。

「リノも時間があれば作れるってことかな。『重量物浮遊』は詠唱できるんだし」

「つ、作れないわよ。……ただ石に魔術文字刻むだけならともかく、こういうのは素材知識とか要るもの。さすがにそこまで勉強する暇なかったわ」

「うふふ。まあ、魔術は一生、勉強よねぇ♥」

 冒険するのが魔術師の本懐ではない、ということか。

 まあ、彼女の言う「魔術師なら特別ではない」というのも、エルフという長命ゆえの話かもしれないけれど。

 なんにせよ、僕には遠い話だ。

 ……でも、多分祖父さんはできたんだよなあ。職人のバルバスさんにその技術を授けたりもしてるわけだし。

 僕も……頑張ればその世界に入れる、のかな?

 いやいや。今は余計なことを考えないようにしよう。



 二日目。

 シャッフルはせず、また同じ班でダンジョンに挑む。

「今回は入り際、俺に撃たせてくれないか」

「いいけど……」

 ハーディの申し出にちょっと首を傾げる。

 僕がやる方がだいたいの場合安全だ。曲がりなりにも戦士なので叩かれても簡単にはやられないし、特に敵の多い入り際に「オーバースラッシュ」を惜しむつもりはない。

「マキシムから聞いたことあるかもしれないけど、俺の得意な魔術ってどうも大味でな。味方が前にいると巻き込んじまうんだ」

「ああ……なんか、言ってたっけな」

 正確にはマキシムとクリス君の会話を横で聞いてただけだけど。そしてクリス君はちょっと小馬鹿にしてた。

 イメージでいくらでも調整が利く無詠唱魔術の達人であるクリス君からすると、攻撃対象の選別ができないような魔術は「稚拙」の一言なのだろう。

 ……ハーディはルリさんをチラチラと気にしつつ僕に身を寄せて、耳打ちするように小声で。

「……いいとこ少しは譲ってくれよ。な? 俺、昨日も地味な事しかしてないし」

「あー……」

 そ、そういう話?

 ハーディはずっと彼女の隣にいたし、実際に敵は行かなかったけどちょくちょく庇うようなそぶりもあった。

 素材取りで気を利かせてくれた時もルリさんの反応はいい感じだったし、順調だと思うんだけどなあ。

「お前ばっかりカッコいいとこ見せてズルいぜ」

「そういうつもりはないんだけど……それに僕ら、近々『空飛ぶ絨毯』でシャムリアにすっ飛んでいくから、それからゆっくり交流を温めても」

「お前があんまりいいとこ見せ過ぎると、その前に完全にハート持ってかれちゃうよ」

「それは杞憂だと思うよ?」

 僕やユーカさんから見ても、ルリさんとハーディの接近は明らかで、僕の入り込む余地ないと思うんだけど。

 ……でもまあ。

「見せ場を譲るのはやぶさかじゃない。でも、危なかったらすぐ割って入るぞ。戦士より早く魔術師が殴られてちゃどうしようもないし」

「お、俺だって一応マキシムのパーティメンバーだぞ? そんなに間抜けじゃない」

「入り際に前に出るって、そういう無茶だと思うんだけどなあ」

 ボソボソと。一応ルリさんには聞こえないように。でも聞かれてる気がするな。

 でも、男子のそういう心意気を彼女に酌んでもらいたい。

「横にいるから、危なくなりそうだったらすぐ下がってくれよ?」

「後ろで見ててくれてもいいんだけどな」

 一応交渉成立し、ユーカさんにも手振りで伝える……いや、普通に聞いてたなあの顔。

 生ぬるい顔でユーカさんは頷いて、短剣を腰に収めた。

 そのあたりでダンジョンの入り口につく。

「入るぞ」

 ハーディが号令をかける。

 ルリさんは「えっ」という顔をする。僕やユーカさんが前に行かないのを不思議に思ったんだろう。

 そして、僕とハーディは並んで突入。


 いきなり見上げるようなトロールが二匹。

 ダンジョンで動きやすい大きさに留めているのか、いつかマイロンで戦ったような大物ではないが、人間の冒険者では下手に捕まったら潰される大きさなのは変わらない。

 そしてその背後にもハイオークやゴーレムなど、ごっついのがたくさん。

「げっ……」

「ハーディ、やれる?」

「……ま、任せろ!」

 予備詠唱して準備しながら入ったハーディもさすがに敵の密度に焦った様子だが、僕が落ち着いているのを見て気合を入れ直し、おおかた詠唱の済んだ魔術を改めて手の上で展開する。

「『インフェルノ』!!」

 炸裂。

 爆発が目の前の空間でランダムに連発され、直撃を受けたモンスターは吹き飛び、あるいは壁に叩きつけられる。

 思わず目も耳も覆いたくなるような派手な魔術だ。

 こんなの使えるならそりゃ「スローエリア」は不評だろうな……と思いながら、爆発がやむのを待つ。


 しばらくして、静寂に戻る。

「派手、だったね……」

「いつものパーティなら俺が合図したらみんな一斉に下がる手はずだったんだけど、今回は入り際くらいしか使いどころが……」

 ハーディが自慢げに語ろうとしたところで、僕は彼を突き飛ばす。

 闇の中で、巨体が動くのが見えた。

 仕留めきれてない……!

「!!」

 ゴオオオ、と地の底から振り絞るような声と共に、衝撃が僕の体を襲った。

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